第4話 イオルの危機


 俺が城で拘束されている頃、帰りの遅い俺を待てなかったのか、イオルは一人で宿屋の外に出て来ていた。

 俺の身の心配はしていないだろうが、置いてきぼりにされたと考えたのかもしれない。

 蜥蜴は、鞄に入ったまま部屋に置いて来ている。寝ていた様だ。ガーネットも生き物になったことで余計な弱点ができてしまったと思っていることだろう。


 そのイオルは、出てきたはいいが、どちらに行けば良いかさえわかるはずも無く、だから、てきとうに決めて歩き出す。

 普通の速度で歩けるのは、暗さに慣れているのかもしれない。聞いてなかったが実は夜行性か。

 少し歩いたところで、後ろから声を掛けられた。


「お嬢ちゃん、こんな夜更けにどうしたんだい?」

 振り向くと、五人のいかつい男が立っていた。討伐隊に参加する冒険者達だろう。かなり酒に酔っている。

「一人では危ないよ~。 誰か探しているのかな? 俺達が手伝ってあげましょう」


「貴様たちに用は無い、去れ」

 にやにやといやらしい顔を向ける男たちに嫌悪感を覚えたのか、イオルは冷たく答える。


 男たちは、さらに卑劣な顔になる。こういうタイプに強気な女は好まれる。

「片目見えないの? 眼帯かっこいいね」


「貴様らには関係無い、消えろと言っている」


 男たちは笑い始める。そして、

「まどろっこしいな、連れて行こう」

 その言葉が合図だったのだろう。男たちは手慣れた手つきで、イオルの口と動きを封じると抱えて運び始めた。

 夜分で人通りもほとんど無い道では、特に気付く者もいなかった。 もし誰か居たとしても日常茶飯事を気にする者などいなかったかもしれない。自己責任となるのだろう。



 拉致された後、さほど時間はかからずに目的地に着いたらしい。

 ここは、大きめの宿屋の一室で、部屋もかなりの広さがあった。


「お土産だ」

 扉を開けて入ると同時に一人がそう言うと、たばこの煙とアルコール臭の充満した部屋がざわつき始める。


 イオルは降ろされると自由になった。 だが、部屋に居た者も含め既に十数人の男に囲まれては逃げられる状態でも無かった。

 だが、囲む男たちは、品定めする様に眺めているだけで、直ぐに何かするわけでは無い。慣れているのだろう。長い夜を、この後有効に使う手段を考えているといったところか。


「貴様達、この様な真似をしてただで済むと思うなよ」

 その状況に飲まれ無いのはさすが元魔王であるが……いや、昼間の様子と比べると、空元気的なものか。


「おお、何をしてくれるのかなぁ?」

「俺からお願い」

「強気で可愛いなぁ」

「強がりだよね、俺の好みだ」

 嬉しそうな声があふれる。


「そうか、愚か者どもめ」

 イオルは、そう言うと、額に人差し指を当て「魔神石よ」と唱える様につぶやく。


 『愚か者ども』なんて超強気な言葉を聞いて、ますます歓喜する男たちの目は、次の瞬間閉じられた。


 イオルの全身が、まばゆい光につつまれていた。


「こいつ、魔法使いか」

「誰かやっぱり押さえろ」

「いそげ~」

 慌てた声が響く。


 だが、光はすぐに収まった。


「お」

「なんともないぞ」

「なんだ、コケ脅しかよ」

 と目をこすったり、まばたきをくりかえしながら、イオルの方を見ると。


 装備が、いや衣装と言うべきか、先ほどの光を凝縮したかの様なまぶしい白いドレス風に変わっていた。

 大きな宝石と羽をあしらった冠や、腰の大きなリボンなど、容姿と相まってとても可愛らしい。さっき買ったばかりの防具屋の装備と違い好い匂いもするに違いなかった。


「どんな芸当か知らんが、気が利いてて良いじゃないか」

 男が嬉しそうに言う。


「どうせ剥いちまうから意味無いけどな」

「せっかくだし、そのままずらしてってのも良いと思うぜ」


 そんな男たちの声が、イオルには聞こえているのかどうか、自分の変わった衣装を見てつぶやく。

「なんだこれは、魔鋼メイルはどうした?

 そして一向に力が沸いてこない……どうした、魔神石……どうした?」


「どうした、嬢ちゃん。芸はもう終いか?」

 ぶつぶつとつぶやくイオルに、最初に声を掛けた男が嬉しそうに聞く。


「あ、我は、あいつの魔法の能力を持っているはず……ああ、しかし、どうすれば……どうすれば使えるのだ。 呪文か、あの時、なんと言って使っていた? 全く覚えていない……」

 男の声など聴いてる余裕も無く、表情がみるみる焦りに変わっていく。


「そろそろはじめようぜぇ」

「やろう、犯ろう」

「俺も混ぜろ~」

「順番決めようぜ」

「お前が、仕切るなよ」

 イオルの動きが止まったのを見て、男たちの手が伸びて行く、どんどん数が増える。笑い声や嬌声であふれる。隣の部屋から文句は来ないのか。


「待て……やめろ……やめ……て……」


 数人がかりで人形の様に軽く持ち上げられ奥のベッドの上に放り出された。すぐさま、男たちが嬉々として群がる。せっかく出した衣装も、華奢な体の抵抗はむなしく引っ張られ着くずれて行く。


「これどうやって脱がすんだ?」

「破れねえし」

「適当にずらせ、ずらせ~、へへへ」

 不思議な力で現れた衣装は、普通の衣類では通用しない構造と強度を持っているらしく、男たちをてこずらせ、逆に楽しませていた。

 既にいくつかの手は素肌をまさぐっているものもある。

 そして、一人が言った。

「なんだこの印は」

 露出した肌にある魔隷紋を見つけられたのだ。

「お、奴隷の印じゃねぇの」

「そうだな、じゃ、こいつ買っていこうぜ。俺気に入った」

「持ち主が居ればな」

「偉そうな言葉使うし、主人にそういう風に調教されてるのかもな」

「そいつはいい」

 奴隷と思い込んだからか、急に男たちの手の動きが荒々しくなった。


「あ、び……ビス……た…す…け……」


 その声が聞こえたわけでは無いが、今、謎の声によって扉の前に誘導されてきた俺は、直観的に炎の魔法を放つ。ドンと言う爆発音とともに扉が炎を伴って中へ吹き飛んで行く。

 すかさず中へ飛び込む。

「待たせた」

 どこに居るかも確認せず、イオルに向けて声をかける。

 すぐに男たちの隙間から涙目でこちらを見るイオルを見つけた。

 頭に血が上るのが分かった。


「貴様たち、その娘から離れろ」

 俺としてはあり得ないほどの大きな声でどなる様に言い放った。


 男たちは、驚いた表情でこちらを向いていたが、すぐに怒りの表情に変わり、またすぐに笑いに変わる。

「あんちゃん一人か? 良い度胸だな~」

「助けにくるなんて、かっこいいなぁ」

「扉焼くくらいだから、ちょっと強いんじゃね」

「そんな怖い顔して、俺達より悪い人なんじゃねぇの」

「奴隷飼って調教してるくらいだしな」

 男たちは、あざ笑い罵る。


「早く離れろ」

 声のトーンを落とさずに言った。だが、その程度はお構いなしなのか、男の一人が山賊刀を取り出しイオルの首に当てて言う。


「どうする? あんちゃん」

 他の男達がイオルの四肢を押さえてベッドに固定する。


 こちらは一人なのだ。相手の圧倒的有利は当然だ。普通の人間相手なら。


「女性に対するその仕打ち、許すわけには行かない」


「じゃ、どうするんだ?」

 男は、イオルの頬を山賊刀で軽く叩く。その間にじりじりと他の男が俺の周囲を囲む様に動いている。


「ウインドアロー」俺が小さくつぶやくと、ひゅっと風の鳴る音がしたと思うと、山賊刀を持つ男が頭に何か当たった様に吹き飛ぶ。

 同時に一瞬でベッドまで移動し、四人を蹴り飛ばす。直ぐにイオルを片手で抱きかかえ仁王立つ。

「動くな、俺は魔法使いだ。 ここを炎や水で満たすことも簡単だ」

 実は水は無理なんだが、言い様だ。

 だが、人質を取り戻し、今、こちらが圧倒的有利を得た。


「魔法使いだと? あの動きでか」

 ぼそぼそと倒れている男が頭を振りながら言う。


「お前たちは、明日の討伐遠征に参加するんだろ、この辺にしておかないか?」


「わかったよ。あんちゃんも行くのか?」

 リーダーなのか、意外と判断が早い。今の数手で実力差を理解したのだろう、腐ってても魔族と戦える者達なのだ。


「まだ決めていない」


「なんだそりゃ」


「本当は詫びもさせたいところだが、お前たちの詫びには価値も感じない。だから求めはしない」


「いい気になるなよ」

 周りの男の一人が言う。


 それを睨んでから、ベッドを降りて歩き出す。


 手の平を上に向け炎をともす。


 入口の方に居た者達も道を開ける。


 俺はその間を歩き、扉の無くなった部屋の入口を抜けた。


 騒ぎに駆けつけた他の部屋の客だろう野次馬達も迷惑そうな言葉をもらしつつ戻っていく。その中をかき分ける様にして急いで外へ向かった。早く場所を変えてやりたかった。



 宿屋の外に出たところで、いったんイオルを降ろして聞いてみた。

「怖かったか?」


「怖いはずなかろう」

 とイオルは涙目で答える。


「そうか」と頭を撫でてから、お姫様だっこで抱えなおす。そして気になっていたことを聞く。

「その衣装は着替えさせられたのか?」


「いや、これは……では無い、それを聞くのか?」


 少し元気になった様だ。

 その時、頭の中に声が聞こえた。さっき誘導してくれたのと同じ声だ。

(今の状態で無ければ、お前と話ができない。お前の方からは、声に出すのではなく思考してくれれば伝わる)

(わかった。誰か知らないが、まずは知らせてくれたことにお礼を言わせてくれ。ありがとう)

(礼は、姫を救っていただいたこちらの台詞だ)

(姫? ああ、魔族のね)

(そうだ。私は、魔神石、姫が覚醒を望んだ時のみ、お前ともつながることができる)

(まじんせきさん? おお、魔神石か。 ん、覚醒?)

(暫くこちらの話を聞くがよい)


 魔神石の話は、

 本来、魔王であったイオルが魔神石の力を覚醒させると、魔鋼メイルという鎧が現出して防御を固め、内なる力が溢れ攻撃力を超強化する。というものらしい。

 しかし、今は人であるために、白い衣装、神幸のローブというのが現出したらしい。そして力は俺の方に湧き出た。

 こちらの世界に体が再構築される際に、魔神石が意図的に、外向けの繋がりをイオルに、内向けの繋がりを俺にしたらしい。つながりと言っても、俺の方には魔法的なもので物理的に存在はしていない。


 そして、ついでと言ってはなんだが、元の俺の魔法使いとしての能力について、イオルに宿っていると思っていたが、肉体に依存する物理的力と違い、魔法は精神というか魂に依存するために、それも俺の側にあるらしい。とっさに癖で放てた炎の魔法はそういうことらしい。素手で発動できたのは、手の甲に痣のような模様ができていて、右手に杖、左に本の様な形になっている。これが、装備分解の際に理の痣として定着させたものなのだそうだ。


 つまり、俺は魔族、いや、魔王の体で体得していた魔法を使えるというものすごい者になっていた。

 そしてイオルは、ある意味、本当にただの人間の非力な少女ということになる。魔神石の超再生はあるのか。

 なお、魔鋼メイルは、俺達と戦った時に付けていたものでは無く、もっと強力らしい。どのみちそれが出て居ても普通の非力な少女に何かできるわけでも無かったろう。


 魔神石の話は続いた。

(ここからは、私のお願いになる)

(願い?)

(お前に姫を守って欲しい)

(俺は、人であれば誰でも守りますよ)

(今はそれでかまわない)

(一つ聞いていいかな?)

(答えられる内容であれば)

(俺を魔族にして力を与えたのは、そのためか?)

(そうだ)

(そういうことか。では、あなたにもお礼を言わせて。 俺を助けてくれてありがとう)

(お前を利用するためにしたことだ)

(それでも、命は大事なんだ)

(ふふ、お前はやさしい。 やはり、お前であれば話しておこう)

(ん? ちょっとずれてたと思うけど)

(姫は人間になりたかったのだ。 理由については、いずれ本人がお話になるかもしれない)

(魔族が人間に?)

(それから、姫は人を殺したことは無いどころか戦った事も無い。加えて配下に指示をしたことも無い。お前達との戦いは、挑まれたためと同族を多く倒されたため……。

 事の全ては、魔将軍と闘将軍の二人が行っていたこと。 話せるのはここまでだ)

(十分です。その話だけで、俺は迷いなくイオルを守れる)

(そろそろ魔力が枯渇し覚醒状態が解ける。いずれ、また話をすることもあるだろう。くれぐれも姫のことを……)

 その言葉の後、俺の力は戻り、腕の中でなんか暴れていたイオルの衣装が昼に買ったものに変わった。


「どうした?

 さっきからぼうっと突っ立って、声をかけても返事が無かった」

 イオルが問いかける。


「そうか、すまなかった。魔神石と話をしていたんだ。そのうち教えてやる」

 後半部分を話す気は無いが。


「なんで、貴様が魔神石と話せる? それより、お前、もっと心配しろ、我が、いろいろ……」

 言いかけて、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


 なぜか、いつも以上に可愛く見えたのは、魔神石の話を聞いたからということにしておこう。

 そして、思い出した。

「あ、お城に戻らないと」


「城? 何しにだ?」

 さらに不機嫌気味に聞き返された。いや、不機嫌だけでは無く眠たそうだ。時間もそうだが、安堵したのが大きいのだろうか。


「お前は宿に連れていってやるから、寝てなさい」


「やだ、我も行く」


 また一人になる不安を抱いているのだろう、だから、連れて行くのはかまわないが、経緯を説明するのが面倒だなとは思ってしまった。

「わかった。その代わり、背中で寝てなさい」


「なんだ、その……子供扱いは」


「なんかそういう風に見えたもので」


「少しくらい妻扱いしろ」


「イオル、もしかしてデレてるの?」


「なんのことかわからんが、違う。絶対に違う」


「急ぐから、背中に移すぞ。いつでも寝ていいからな」

 持ちかえて背中に移すと、頭をぽこっと殴られた。殴っても痛くないのは知ってるだろうに。

(こいつ、意外と性格もかわいいやつだなぁ)


 そして、もう一発殴られた。それを合図に走り出す。


(魔神石よ、あなたの恩に報いるためとか頼みとか、人だからとかでは無く、俺はこの娘を守るよ)



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