第3話 竜人族の陰謀
俺は、宿を出ると、ランタンの灯りが向かった方向へ走った。
しばらくして、なにやら大勢の声の聞こえる辺りに着いた。街の端の方になるのか、あちこち破損した使われてそうにない建物の間の通路だ。
声の主たちに見つからない様に、建物の陰に隠れて様子を伺った。
さっきの兵士だろう一団が一人の女を取り囲んでいる。兵士達の隙間からしか見えなかったが、女性には頭に角の様なものが見えた。魔族のくるっとした形とは違って少し後方に向けて曲がっている感じの角だ。
「殺しましょう」
兵士の一人が言った。すると、他の兵士も続く様に言葉を発した。
「街の情報を調べに来たのだろうが、残念だったな」
「こいつらのせいで、どれだけ犠牲者が出たか、俺の家族だって…」
「俺も、なんでもいいから、怒りを思い知らせてやりたいです」
「エルフ族の分も我々が晴らしてやる」
どの兵士の言葉にも強い怒りと憎しみが籠っていた。女は竜人族ということなのだろうが、なぜ追われているのか気になった。
「待ってください、わたしは王女様にお伝えしなければいけないことが……」
女が必死な声で願う。
何か重要なことを言ってそうな気がするが、兵士たちは「うるさい」と言って押さえつけ、口に猿轡を付けてしまった。
「気を付けろ、力が強いぞ」
そう言って、女の手足を縛る。
「まずは、剥いちまいましょう。どうせ抵抗したから始末した事にすればよいですし」
「そうだなぁ、できれば生け捕りの指示だったかな。できれば、な……」
「ちょうどいい所に逃げ込んでくれてよかった」
兵士は、下卑た笑いを、押さえ付けられあがく女に向けた。
「はじめるか」
一人が言葉を発した時。
「何をしてるんですか」
俺は、兵士たちに声をかけていた。
全員が振り向く。その表情を見た。ああ、やってしまった。
「なんだ、貴様は。 冒険者か、事情も知らないやつが口を出すな」
リーダーらしき男が厳しい声で応じた。
「少し前から見ていたが、人道的で無いと思ったので声をかけさせてもらった」
「人道だと、こいつは竜人だぞ、人扱いする方がおかしい。いや、お前こそ人間じゃない」
ものすごい怒りを感じる。俺も魔族に抱いていた感情はそうだったかもしれない。それでも、人には、やってはいけないことがあると信じる。
「俺には人に見えるし、もし罪を犯したものであるなら、正式な手続きがあるでしょう」
「だから人じゃ無いって言ってるだろう」
体の大きな男が横から入ってきた。
そして、男たちは女の衣類を剥ぎ始めていた。
「あなたたちは、それでも国の兵士なのか」
もう、タガが外れてしまっている。俺の行為や物言いも逆に煽ってしまったと思えた。
「うるせえって言ってるだろうが……」
大男がそう言いながら殴りかかってきた。
俺はあっさり拳をかわし、腕を取って投げた。魔族の体を持つ俺には造作も無いことだ。できれば人間相手に使いたくは無かったが、仕方がない。いや、今目の前で起こっている事こそが人の所業では無い。
大男が地面に叩きつけられる音で、竜人女に夢中になっていた兵士達がこちらを向く。
もはや、彼らの視線は、強烈な威嚇に変わっていた。
「まずは、こいつをなんとかするか」
一人が言った。それを合図に数人が向かって来たが、俺には敵では無い、かなり力を抜いて打撃を加える。そのまま、女を押さえていた者も含めて全員を動けなくした。
誰かが動き出す前に、あられもない状態にされた竜人を有無を言わせずマントで包んで肩に載せて走る。
人さらいに見えなくも無いが、これも致し方ない。
全速力で走ったのもあるが、夜であることが幸いし、なんとか誰にも見られずに街を出て、近くの森に隠れられた。
「ああ、やってしまった」
俺は、つい後悔を口にしてしまった。正しいことをしたと自信はあるが、後のことを考えるとやはり後悔してしまう。ただ、もう動いてしまったのだ。今、後悔した分は次に活かせばいいと開き直る。
竜人の女をくるめたマントを肩から降ろすと、顔が現れ、怯えた目で俺を見つめる。 一瞬笑顔を作ろうと思ったが、俺の顔は月明かりを浴びて不気味さを増しそうだったのでやめた。
「何もしないから安心して」
そう言いながら直ぐに猿轡を解き、手足も自由にする。助けた俺を見る目は、怯えと共に明らかに警戒している。
俺は竜人族を初めて見る。前の世界では滅んでいたから。 角以外で違う部分と言えば、肌の一部にうろこの様な部分が見えるが、これは衣服を着ていれば分からないだろう。 そして、とても美しい人だと思った。
見た目だけでは、やはり人間としてしか扱えない。だから、目を見て尋ねる。
「あなたの話を聞きたい」
怯えた目で俺を見ていた竜人女は、頷くと話し始めた。
「わたしは……」
だが、話始めたところで言葉はすぐに止まった。
「そうか、俺が信用できないよね」
顔も怖いし、さっきの立ち回りも含めて一般人とは思って無いでしょう。
「申し訳ございません。それから、遅くなりましたが、助けていただいたこと心から感謝いたします」
目には涙があふれていた。体も小刻みに震えている。よほど怖かったのだろう。
「王女様に話があるって言ってたね」
「はい」
「少し話は変わるけど、どうして今日なのかな?」
「え?」
不思議そうな目に変わった。知らないという事か、とぼけているのか……。
「明日はちょっと意味のある日なんだ。この街に冒険者がたくさん集められていて、明日、竜人族討伐に向かうらしい」
「そんな……」
「俺は、訳あって、ここに居る目的が違うけどね」
「明日の話は知りませんでした。教えていただいてありがとうございます。そうであれば、猶予がありません。お話させていただきます。できればお力をお貸しください」
「俺で力になれるなら。 だけど、悪いことだとだめだよ」
「はい」
「では、聞かせてください」
女は、涙をぬぐって、決心の顔を作ってから、話を始めた。
「わたくしは、竜人族の王女の側近です。今の竜人族は操られているのです。 正確には、王やそれに近しい者達だけですが……。
わたくしと王女様は異国でずっと暮らしており、先日、戻って参りました。
城内の者達の様子がおかしいことに気付き調べていた時に、ある者に理由を教えられ私だけ城外へ逃がされました。
人族に伝えるためです」
「途中で悪いけど、操ってるのは誰?」
「魔族だそうです」
俺は驚いた。魔王城に魔族は居なかった。ほんの三日前にだ。それに、俺パーティのしていた会話が重なる。
「なぜ?……魔族は、君たち竜人族に滅ぼされたのでは?」
「そこはわかりません」
「わかった。ごめんね、続けてください」
「この国の王女様を誘拐する計画があるらしいのです。それをお伝えしに来ました。そして、できれば、竜人族を救って欲しいと……。
王女様に直接お会いしにきたのは、幼少の頃に王女様どうしで会われた際にわたしも同行しておりましたので、信じていただけるかもしれない一縷の望みでございます」
「まいったな、いろいろ事体が違ってて……」
「違っている?」
「ああ、俺の予想とってことで」
「は……い」
一瞬、また不思議そうな顔をしたが、そこは流してくれたのだろう。
「でも、時間が惜しいね。直接お城に行ってみよう。捕まったとしても、中に入れればなんとかするから」
「そこまでご迷惑をおかけする訳には」
「話を聞くと言った時点で、俺のやり方で手伝うって決めていたから」
俺のパーティの運命に関わりそうだから、という理由もある。そして、魔族という単語が出たことも、真実に近づくきっかけになるかもしれない。
「というか、たぶん、もう俺もお尋ね者かも」
笑顔で冗談を言ったつもりだった。
「すいません」
また涙目になって謝らせてしまった。
「そういうつもりじゃ無いんだ、俺なら大丈夫だから」
冗談を言っていい場面では無かったと、また後悔していた。だが、この後悔は、次に活かせる自信が無い。
「名前を聞いてもいいかな? 俺はビス」
この時、ふと、本当の名前を使ってていいのかと思い略称で名乗った。この世界の自分に丸被りだからだ。だが、もう宿帳にも書いてしまった。まぁ、それを気にするやつはいないだろうとは思う。
「……アナゾニアス、アナと御呼び下さい」
一瞬、名乗りを戸惑った様だが、教えてくれたのは、助けてくれた者への礼儀かもしれない。
「素敵な名前だ」
「ありがとうございます」
少し照れた様にお礼を返された。
「では、行きましょう」
立ち上がって、手を伸ばす。
城は、街のどこからでも良く見えているので、そちらへ向かって進めばいずれ着ける。
だから、捜索している兵士の数が増えてる様にも見えたが、闇夜に助けられつつ、なんとかお城の前まで来ることはできた。
捕まるよりはこちらから出向く方が対応も変わるだろうと思ってここまで来た。その思惑通りならいいなと願いつつ進む。
「じゃ、行こうか」
「はい」
俺達は、城門の前に立つ守衛に両手を上げてゆっくりと近づいた。
「何者だ。そこで止まれ」
守衛の一人が強い口調でどなる。
言われた通りに止まり。そして言う。
「王女様にお知らせしたいことがあります」
「それが通ると思っているのか?」
守衛は強い口調のまま答えつつ腰の剣に手を添える。
「難しいとは思いますが聞いておいた方がよいと思う、王女様でなくとも、側近の方でもいい。 いや、あなたでも構わない」
「とにかく、あやしいな。 そちらのマントの女性、フードを取ってみろ」
アナがピクリとして少し下がる。
「言う通りにして」
俺がお願いすると、アナは、ゆっくりとした動作でフードを取ってくれた。
「貴様、手配の竜人族だな。そして、それを幇助した者。 二人を捕らえろ」
指示を聞いて、詰め所から既に出て来ていた数人が動く。
「おとなしく捕まるから、手荒なまねはやめてくれ」
俺の言葉など、既に聞いてもいない。
だが、殺す気は無いと判断し、大人しくして手荒く縄で縛り上げられた。
「その娘のマントは取らないでくれ。頼む」
これもまったく聞く耳持たずで、アナのマントは剥ぎ取られ、先ほど兵士達にされた格好で緊縛された。
想定しておくべきだった。 時間が無かったのは言い訳だなと、また後悔する。
その時、
「お前たち、何を騒いでいるのです」
と、凛々しい女性の声で聞こえた。
「ハーシエル様、たった今お尋ね者を捕らえたところでございます」
守衛が敬礼のポーズで答える。
「例の竜人ですか?」
「はっ」
「そちらの凶悪な顔の男は?」
「協力者でございます」
「兵士達の邪魔をしたのは、あなたですか?」
俺の前に立つ若い女性、白銀の甲冑は装飾されていて、腰の剣の鞘も豪華な作り、かなりの身分であろう。甲冑は、ほぼ全身を覆い、肌が見えているのはスカートとロングブーツの隙間くらいだ。金色の長い髪もそれを束ねたアクセサリーも高貴さを醸し出す。王女自身では無いかとも思わせる。ただ、アナが反応していないから違うのだろう。
「たぶんそうだが、危険と分かっていても平和のためにやってきた女性に対して、もてあそぶ以上に卑劣な兵士達には当然の仕打ちだ」
「何を言っているのかわかりません」
「ハーシエル様だったか、話を聞いてくれないか?」
雰囲気から、王女に近い位置の身分と思ってお願いしてみた。
「この者の縄を解いてやりなさい」
「おお、伝わったか」
「何を言っているのでしょう。 ですが、わたしに勝てたら考えてあげましょう」
「良い条件だ」
「ただ、あなたが負けたら、この竜人の処分が重くなると思いなさい」
「後付けでそれは無いだろう」
「そちらにも条件があって然るべきでしょう」
「せめて俺の方にしてくれ」
「わたしは構いません」
アナが認める。俺に託してくれたのか、話を進めるにはちょうどいいが。
「よし、模造刀を二振り用意しなさい」
ハーシエルが指示を出すと、直ぐに兵士の一人が持って来た。
俺はそれを受け取り構える。剣の修業はしていないが、今の身体能力であれば大丈夫だろう。
だが、ハーシエルという女も、その口ぶりから、かなりの自信があるのだろう。慎重に行こう。
俺は、上着を脱いでアナに掛ける。
それを待ってくれていた様なタイミングで声が上がった。
「では、はじめましょう」
「いつでも、どうぞ」
俺も答える。
ハーシエルは、隊長と言うだけはあって、剣の扱いに長けている様で隙が無い。俺が剣の素人ということもあるのだろうが……。
そう、剣術を知らない俺は、受けに回る方が楽だ。だから余裕を見せて誘う。
「剣の扱いは素人の様ですが、おやめになりますか?」
バレバレだ。
「素人はその通りだが、続けさせてくれ」
そう、動かない俺の身体能力はわからないはずだ。
「わかりました。では、こちらから行きます」
ハーシエルは、素早い動きで一瞬に間合いを詰めると同時に突きが来た。
突きは想定外だったが、特に問題無い。ちゃんと見えている。
俺に当たったかの様に見えた突かれた剣は既に上空にはじけ飛んで居る。下から弾いたのだ。ほぼ同時の一瞬で鎧の右肩の継ぎ部分を速さと力に任せて断つ。肩を覆う鎧の一部が落ちたところで、心臓の前に剣先を置いてあっさりと決着した。
ハーシエルは、悔しそうな表情を一瞬見せるが、
「模造刀で……こんな……。 参りました。 部下の報告通りですね。たいへん失礼をいたしました」
確かに、あの人数がたった一人にやられたと報告すれば疑われもするだろう。 それを身を挺して証明したのだろうか。
「話が進むのならなんでも来いです」
「それから、あなたへの部下達の行為についてはお詫びいたします。 私の不徳の致すところです。 申し訳ございませんでした。 言い訳にもなりませんが、この国の兵士達の竜人族への思いはそれほどのものなのです。 人の心を無くすほどの……」
ハーシエルは、アナに向かって頭を下げ詫びを伝えた。
「わたくしは、覚悟のうえで参りました。 両種族の関係は理解しております」
アナは頷き、本心だろう言葉を返した。
だから、この世界の事情に無関係な俺には、口を挟む権利を見つけられなかった。
「この方達を、尋問室へ連れて行ってください。 男はもう一度拘束してください」
「アナさんには服をお願いできないか?」
「もちろんです。 囚人服になりますが、あなたの再拘束と合わせてご容赦ください」
ハーシエルは、申し訳なさそうに応じてくれた。
「ありがとう」
一連の対応にお礼を言う、なんとかなりそうだ。
指示された、兵士達は、敬礼とともに「はっ」と返事を返しすぐに動き出した。
今、ハーシエルが負けたことについては、誰も何も言わない。それどころか、お怪我はありませんか等、その身を心配する声を皆が発していた。それが、ご機嫌取りでは無く、心からの敬いであることは見ていれば分かった。
連れて行かれた尋問室では、二人とも椅子に拘束されたが、アナは約束通り囚人服を与えられた。贅沢は言えないが……。
以降、数人の兵士に囲まれているだけで、まだ、特に何かを聞かれてはいない。
しばらくすると、ハーシエルが部屋に入ってきた。
鎧は脱いだのか、中に着ていた布の服のみになっていた。鎧の装飾も美しかったが、あちこちに入った刺繍は負けずと美しい。
そしてその美貌、見とれてしまいそうだが、そんな場合でも立場でも無い。
「お待たせしてすいません。 私は、近衛隊隊長のハーシエルです。 ビス殿、アナゾニアス殿でよろしいですか?」
「ああ」
「では、早速ですが、お話をお伺いしましょう」
近衛の隊長が尋問とは少し違和感を覚えるが、関わった責任だろうか。
それとも、アナの話したい内容が切迫したものであると察し、余計な中継を省いたのかもしれない。
「竜人族が王女様を誘拐する計画がある」
だから、俺も単刀直入に切り出してみる。
そして、アナに顔を向けてパスを送る。
「その通りです。わたしはそれをお伝えしに来ました」
「何時でしょうか?」
「すいません、それは分かりかねます」
「なぜそれを竜人族のあなたが伝えるのでしょう?」
「それは…………」
アナは、さっき俺に話した内容を説明した。
「魔族が……」
と、ハーシエルは少し思案して、俺に顔を向けて聞く。
「あなたが手伝う理由がわかりません。あなたは何者ですか? あなたほどの手練れであれば、無名とも思えません」
「山に籠ってたからな、それに、ただ、あの状態の女性を放っておけなかった」
「それだけですか?」
「ああ、この街にきたのも、たまたまだ」
「討伐軍に加わっていただけるのでは?」
「いや、連れとの旅の途中で立ち寄っただけで、本当にたまたまなんだ」
「そうですか。 では、あらためて討伐軍への協力をお願いできませんか?
討伐軍の方であれば、すぐの釈放も容易です」
「俺も宿で話を耳にして思案していたけど、まだ決められない。 ただ、話を信じてくれたと思っていいのか?」
向こうの俺パーティに付いて行こうかと思案していたところではあったが、魔族の話の方が気になっている。
「この様な話を、わざわざ危険をおかしてまで伝えてくれました。 嘘とは考え難いです」
そう言って、後ろにいる兵士に耳打ちで、城内の警備を増やす様に指示を出した。
「あなたが、聡明な方でよかった」
「お褒めにあずかり光栄です」
ハーシエルは美貌に美笑を足して返してくれた。
気持ちが討伐軍への参加に傾きそうになったその時、頭の中に声が聞こえた。
(戻れ……)と……。
声には聞き覚えが無いが、強制に近い重さを感じる。イオルに何か起こったかもしれない。そう思えた。どうしようも無く焦りが沸く。
「すまない、すぐに拘束を解いてくれ」
「どうされた?」
ハーシエルが俺の様子の豹変に気付いたのか、訳を聞き返す。
その時、体にこれまで以上、いや尋常では無いほどの力が沸いて来るのを感じた。
「時間が無い、わるいが自分で解く」
加わった力もあり拘束している縄を一瞬で引きちぎる。 兵士を押しのけ扉を出る。そこで一瞬止まり、
「そのお嬢さんは丁重に扱ってくれ、頼む」
と、お願いを残す。
「待て」
ハーシエルは当然制止する。 が聞いて居られない。
「後で、必ず戻る」
本心から申し訳無いが、その言葉を返すのさえ惜しむほどに急いで走り始めた。
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