七つのかいだん

じゅん

七つのかいだん 



聖清学園七不思議


・彼方と此方と架け橋を 

 このメールを同学年の友人5人に送らなければ不幸になる


・率直な自画像

 そこでもう一人の自分に心を晒すことで迷いを振り切れる


・愛を埋める池

 石に二人の名前を彫って沈めるとその愛は永遠に続く


・学業の得意な猫

 校舎のどこかにある猫の石造を撫でると成績が上がる


・そのお願いは此処へ

 旧花壇に願いを込めて花を植えれば願いが叶う


・あの場所で待つ人に

 一番大きなケヤキの木の下で告白すると成功する


・七つの階段はうる覚え

 その階段を昇ってしまうと記憶が曖昧になる


「えーっとこれ何?」


 昼休みのことだった。購買でメロンパンとコーヒー牛乳を買い教室に戻れば、俺の席ではインベーダーがお弁当を広げてにこやかに手を振っているではないか。しょうがないので空いていた隣の席を拝借し、いざ昼食を広げたところで見せられたメールがこれだった。


「はぁ!? もしかして水無瀬みなせには回って来てないんすかこのメール」


 信じられない! という表情を隠そうともしないこいつは結城優希ゆうきゆうきこんな口調だが一応女の子で、俺の数少ない友人だったりする。


「うん。ぜんっぜん知らない。見た感じチェーンメールだよな。なんか内容がファンシーだけど」


「これ今学年中で回ってる奴っすよ。ちょっと君のアドレス帳の登録人数が気になりますね」


 暗にお前友達少ないだろと言われたが、こんなメールを回されたところで同じ学年にアドレスを知っている奴が三人しか居ないのも事実だった。


「あれ、おかしいな目から汗がでてくるぜ。メールが回されなかったのは寂しいけど、来なくて安心してる自分がいるんだ」


「まぁ今は君の話なんてどうでもいいんすよ。私は今この学業が得意な猫が気になりますね」


 そうして再び差し出されるピンク色の携帯電話。俺はメロンパンを咀嚼しながら覗きこむ。

 学業が得意な猫==学校のどこかにある猫の石造を撫でると成績が上がる。うわぁ胡散くせぇ。


「いや、けどさ結城。俺この学校でそんな猫の石造なんて見た記憶ないぞ?」


「水無瀬もすっか。そうなんすよねぇ、このメールの七不思議って女子的には結構気になるツボを突いてくるんですけどいかんせん思い当たる場所が少なくて」


 箸を唇に当てたまま考え込む結城。思わずそのふっくらとした唇を意識してしまい焦る。

 普段は口調と性格のせいもあってコイツに女を感じることは少ないが、悔しいことに容姿としてはそこそこに美人なのだ。


 背は低くて顔のつくりは童顔。丸っこい輪郭に大きなたれ目と、低い鼻に少しぽってりとした唇。まるで中学生のような顔の造形をしてやがる。


 髪は一応染めてるが濃い茶色で、それほどの違和感はない。そんな茶色の髪はカチューシャで持ち上げられていて、コイツの活発なイメージとよく合う髪型だと思う。


「水無瀬~? どしたんすか、そんなに私を見つめてー」


「いや。まぁ、それで今三年の連中はこぞって校内探索にでてるわけかと考えてた」


 今俺の座ってる席の主も普段は弁当派だ。女の子らしい小さい弁当を食べる姿を隣でよく目撃している。思えば今日の購買でわりとすんなりと買い物できたのもそれが影響しているのかもしれない。


「まぁ私らも後半年で学園生活最後なわけですし、誰が出したのかは知りませんがこんな七不思議にでも縋りたいって気持ちは分かりますね」


「けど今までこんな七不思議なんて聞いたことあったか? どうも時期的に都合がいい感じじゃね」


「いいんですよ。人間なんて都合がいいことしか信じないんすから」


 確かに、願掛けなんていうのはそんなものかもしれない。

 万が一の可能性があるならば実行してみたくなるのが人心というものだ。現に教室を見渡してみれば俺と結城の他には五~六人程度が居るだけで、それ以外は皆この七不思議にお熱ということになる。


「それじゃあどうせお馬鹿な俺達だ、一つあやかってみるとしますか」


「うっは。そうこなくちゃ。じゃあ放課後から早速行動開始っすね」



 そして早くも放課後。


 なぜか教室には活気があり、放課後というよりは休み時間という印象が強い。かくいう俺達も帰宅の意思など微塵も存在せず、こうして机を挟んで会議中である。


「じゃーん。天才少女ユッキーはなんと授業中に地図を書き上げてしまいました。ああ、自分の才能が怖いっすね」


 学校の地図~とでもダミ声でいわんばかりに紙を見せ付ける少女こと結城優希。コイツが自身満々に開いたノートの切れ端には真ん中に校舎内の図が書かれていて、その他校庭や部室棟、駐輪場などがカラフルにまとめられていた。


「ほう。で肝心の猫は?」


「それが分かれば苦労しないと思わないっすか?」


 これだから水無瀬はと言わんばかりにため息をつく結城。その頭にチョップを叩き込んでから俺は提案をする。


「その点については俺も考えなかったわけじゃない。三年もこの学園に通っていて気が付かないんだ、よほど目立たないか印象に残らないものなんだろ。誰か学校に詳しそうな先生に聞いてみようぜ?」


「それだ! やるじゃないっすか水無瀬。はは、なんか学園探検みたいで楽しくなってきたっすよ」


 学園探検か。悔しいがその通りだ。三年間我が物顔で通っていた学園のはずなのに、いざ学園の事となると俺達の情報は実に貧しい。


 朝登校して、昇降口で上履きに履き替えて三階の教室に向かう。そのあと移動する場所といえば、せいぜいがトイレだ。


 後は必要に応じて体育館や職員室、その他音楽室や科学室などの移動教室くらいだろう。部活や委員会をやっている奴らもそう大差ない移動範囲のはず。


「でもチョイ待ち。一応場所がわかってる奴もあるんすよ、ホラ」


「へ~さすがは女子。このての情報交換はお早いこと」


「ヤ、君に友達が少ないだけなんだぜ?」


「ちげーよ。短編だからむやみに登場人物増やさないだけなんだよ。俺が寂しい奴みたいにいうなよ」


 泣きそうになりながら結城お手製の地図を見ると確かに目立つマーキングがされた場所があった。


 体育館の前にある池=愛を埋める池


 校舎裏の並木=あの場所で待つ人に


 部室棟沿い=そのお願いは此処へ


 の三箇所だ。この三つが知れたとなれば校舎の外の七不思議は全部見つかったことになる。


「どうしたん水無瀬。何処か行ってみたい場所でもあったすか?」


「いや、とりあえずネーミングセンスのない七不思議だよな。どれも鳥肌が立つほどファンシーだ」


「そう? ロマンチックだと思うんすけどね。個人的に全部回ってみたいですけど、猫がまだだしなぁ。大体場所が離れてるんすよ、敷地内一周しろとでもいうんすかね」


 地図上を指でついっとなぞる結城。校門の右手にある体育館と池、校庭を挟み裏門の近くにある部室棟、そして校舎の裏の並木。それらは三角形で結ばれていて、確かに全部を回るなら学校を一周するコースだ。


「あれ? りょう? あんたが放課後に残ってるなんて珍しいじゃない」


 そう口を挟んだのは黒髪の女子だった。結城とは対照的な雰囲気の持ち主で、高い背に長く伸ばした黒い髪。目は若干の釣り目で、腕を組んで見下す構図がやけに似合う。この学校の美人生徒会長こと青峰摩耶あおみねまや女子であった。


「おおお! ここまで来てやっと三人目すか。登場人物数大丈夫ですか、短編だからって舐めてると泣かしますよ?」


「いやいや、結城。せっかくの登場人物を無碍にしてるのはお前だよ」


 机を挟みそれぞれのリアクションをする俺達を冷たい目で見下ろすのは俺の腐れ縁とでもいうべき幼馴染だ。


「何? ゆうきさんと一緒に七不思議を探してる最中? 二人で愛を埋める池にでも行くのかしら」


「ちょっとまった~生徒会長。私の名前の発音はユウキ↑ユウキ↓なんです。さぁ、リピートアフターミー」


「え? ゆ、ゆうきさん。いえ、結城さん?」


「オッケー!」


 やばい。正直うざいほどのハイテンションだが、摩耶に勝ってる結城が頼もしい!


「もう。そんなことはいいの! 綾と結城さんってその……」


「つか、摩耶も七不思議知ってるってことはメール着たのか。皆文面って一緒なの? ちょっと見せてよ」


「うわー。やるっすねぇ水無瀬。今のフラグを簡単にへし折るなんて私にゃできねぇ」


 チェーンメールなんだから文面なんて一緒よ。と言いながらも携帯を操作しメール画面を開く摩耶。その受信ボックスには七不思議のタイトルで十件以上もならんでいた。


 【彼方と此方と架け橋】==このメールを同学年の親しい友人5人に送らなければ不幸になる。


 そうかこれで学年の縛りがあるから何回も同じメールがくる可能性もあるのか。


「けど待てよ。このメール、同学年のってことは最初に送られてきた奴は三年生か。いや、このメール自体俺達を対象に作られた可能性もあるのか」


 そうだ。でなければ三年生だけに蔓延しているのはおかしい。学年縛りをした上で三年生だけに流されたんだ。


「そうっすね。けど別に悪意は感じないじゃないっすか。書かれてるのは夢が叶うとか、愛が続くとか七不思議というには優しい内容ばっかりだし。まぁ最後のを除けばの話だけど」


「というよりも、最後のだけは意味不明よね。階段なんて学園なんだから七つどころじゃないし、なにより昇れば記憶が曖昧になるなんて」


「ふぅん。何かは知らないけどこのメールを作った奴にも意図がありそうだな」


「あのー私、製作者の意図なんてどうでもいいっすから、早く不思議ちゃん見つけに行きたいの。だって女の子だもん」


 女の子ならばなぜこの七不思議の中で学業の得意な猫を選んだんだ結城。

 普通なら、【そのお願いは此処へ】==旧花壇に願いを込めて花を植えれば願いが叶う。

 や、【あの場所で待つ人に】==一番大きなケヤキの木の下で告白すると必ず成功する。

 あたりをチョイスするんじゃないのか乙女よ!


「どちらにせよ先生が帰らないうちに猫の場所を聞きにいくのは正解かもな。まだ四時だし、いまからでも探す時間は結構あるぜ」


「ふ、ふぅん。アナタ達は猫狙いなんだ。私には関係のない話だし、せいぜい頑張って探しなさいよ」


 ふいっと、背を見せて教室を出て行く摩耶。気づけば教室には俺達しかいなくなっていた。


「アイツ結局何をしにきたんだよ……」


「言いたいことは言えなかったみたいですけど、聞きたいことは聞けたって感じじゃないですか、あの生徒会長」


「ふぅん。じゃあ俺達も聞きたいこと聞きにいきますかね」


うぃと俺に続いて席を立つ結城。目指すは二階中央の職員室だ。



「失礼します。三年C組の水無瀬です。近藤先生はいますか?」


「いますかー?」


 職員室の入り口で先生を呼び出すと、お茶を啜っていた中年は渋々と立ち上がった。


「おう水無瀬と結城か。どうした? 進路相談ならぶっちゃけ他の先生のほうがいいと思うぞ」


「うん。先生に進路を相談する勇気は俺にはないから大丈夫だ。今結城と猫の石造を探してるんだけど先生見たこと無い?」


 こくんこくん、と隣で頷く結城。


「ああ、お前らもやってるの! けど悪いね。他の生徒にも結構聞かれたんだけど、記憶にないんだよねー。猫の像なんてあったかなー? すまないが自分達で探してみてよ」


「ねぇねぇ近ちゃん。ちなみ聞きたいんだけど、一番最初にこの話聞きにきたのって誰だったすか?」


「ん? 誰だったかな。もしかしたら横山あたりだったかも知れない」


 誰だよ横山!なんて心のなかで突っ込んでるうちに結城に裾を引かれていることに気が付く。


「ありがとうございました。それじゃあ、失礼します」


 頭を下げて職員室でる。扉を閉めたところで、俺は結城と向いあった。


「で、どうした結城。やけに大人しかったじゃないかお前」


「うん。いやちょーと思ったすよ。猫、ちゃんと私達の力で探しません?」


「うん? そりゃあ俺にしたら暇潰しだし、お前がいいならそれでいいけど」


「それじゃあ決まりっす。あ、人手は多いほうがいいんで会長呼んでくださいよ」



「それで、私が呼ばれたわけ? 私別に成績に困っていないのだけど」


「そう言いながらも来てるじゃないっすか、このツンデレ。いいんすよ、学園探索なんておもしろげなことなかなかできないんだから思い出づくりとでも思っとけば」


 とりあえず昇降口に集まった俺達は一旦外履きに履き替えて、場所のわかってる七不思議から回ってみることにした。一番近いのは体育館前にある池だ。


 そこにあるのは石に二人の名前を彫って沈めるとその愛は永遠に続くというカップルご用達の場所。いや、そんなのメールでのでっちあげなのだけど。


「うわー。体育館に行くときはいつも見てたけど、実際にくると案外しょぼいな」


 反論が聞こえない当たり、他の二人も同様の意見なんだろう。池といえば聞こえはいいが、五メートル四方の小さな場所だ。


 周りには気持ち程度に砂利が敷かれていて、大きさの不揃いな石が池を囲んでいる。獅子脅しまではさすがに無いが、三匹の鯉が泳いでいるだけましだろう。


「さっさっ。水無瀬、リア充共がくるまえに底の石をいくつか拾うっす!」


「なっ! そんなの駄目よ! だいたい貴女は開口一番それなの!?」


「よし結城、良いこと言った。見張りはまかせたぜ」


「綾お前もか!」


 適当な石の上に立ってみる。小さい池だけあって深さもそんなになさそうだ。これなら手を突っ込めば底に届くだろう。


「もう結構それらしい石が沈んでるな。7個はあるぜ」


「くっ。少なくとも学園に七組はカップルがいるということっすか。ええい魔人水無瀬よ、早くそのクソ羨ましいやつらの名を明かすのだ!」


「駄目よ、駄目。駄目なんだから……」


 摩耶は口でこそ駄目というが、邪魔をする素振りはしなかった。だれそれが付き合っているという噂を聞くことはあるが、噂は噂。ここに確たる証拠があるのなら気にならないわけがない。


「んじゃ、一発目行きマース。えっと三宅良治、藤崎理子!? 嘘だ、三宅の奴巨乳にしか興味ないなんて言っときながら」


「藤崎さんってあの大人しそうな眼鏡っ娘っすよね。彼氏持ちとはやるでねーの」


「うそっ、あの子から彼氏の話なんて聞いたことないのに」


 場に訪れる沈黙。知ってはいけない秘密を暴いてしまった気まずさに俺達は静かに石を戻すと愛を埋める池を後にした。



 その足で向かったのは駐輪場を越えた先にある。ケヤキ並木だ。ケヤキ並木といっても生えてるケヤキは数本である。ケヤキ自体が大きな種なので印象に残りやすくそう呼ばれているだけなのだ。


 さて、校舎裏と目印たりうるケヤキ。七不思議なんてなくても告白スポットになりそうなものだが、実際はどうなのだろう。少なくとも俺はこんな場所で告白をした奴を知らない。


「なぁ摩耶。こういう場所で告白されたらやっぱり嬉しいもんなの?」


「ふぇえ!! や、私は雰囲気がないよりはあったほうがいいとは思うけども、やっぱり大事なのはお互いの気持ちというか、その……」


「ちょい水無瀬。やばいっす。先客いますよ隠れましょう」


「ってマジかお前!」


 間髪入れる間も無く腕を引っ張られて地面に倒れこむ俺達。幸い木の陰に隠れられたようで気づかれた気配はない。しかし、あのケヤキの下にいる男女の目的がわかりきっているだけに罪悪感がつのる。


「ちょっと、これだけは洒落にならないでしょ。早く消えましょうよ。もし目の前で振られたりでもしたら気まずいじゃない」


「それは俺だって思う。だが身動きをとって見つかったりしたら余計に気まずくなるとだけいっておこう」


 俺の言葉を聞き、青ざめた摩耶はコクリと頷くと耳を塞いだ。どうやら見なかったことにする覚悟を決めたらしい。それは俺も結城も同様で、結果がどうあれこの場から二人が早く去ってくれることだけを祈る。


 だが、倒れた時の格好がよろしくなかった。俺の腕に張り付く形で一緒に倒れる結城。その微妙な胸の膨らみが腕に伝わり、おまけに顔は吐息がかかるほどに近い。


 一方摩耶も俺が引き込む形で倒れたために、俺に被さるように倒れていた。正確には両足の間に摩耶が納まる体勢で、そのお尻は俺の股間に押し付けられ、甘く香る黒髪が鼻腔をくすぐる。なんだこの嬉し恥ずかしイベント。


「水無瀬、めっちゃ鼻のした伸びてるっすよ?」


「ああ。女の子の体の柔らかさを色々と堪能してるからグフッ」


 喋り終える間も無く、摩耶の肘がわき腹に突き刺さっていた。


「ぐぉぉ。摩耶いい功夫だ」


「ちょっと、喋るな綾。息が首筋に当たってくすぐったい」


「お二人さん。いちゃこらするのもいいですけどお静かに。あのカップルこっち来ますよ。どうせ愛を埋める池にでも向かってるっす」


 結城の言葉から二分弱。腕を組んで歩く二人の背中が消えるまでの間死体の用に無言無動作を貫いた。


 そして完全に気配が消えた後、摩耶を起こし、続いて俺、結城の順番で起き上がる。それでもどこか気まずかった俺達はしばらく無言のまま制服についた汚れを払っていた。


「おおう。確かにこのケヤキはデッカイっすね。三人で手繋いでも囲えないんじゃないすか?」


「まぁ無理でしょうね。とりあえず結城さんは名前彫ってあるか探すのやめなさい」


「ふぅん。確かに大きい木だな。でも七不思議なんて信じて良くもまぁ告白に踏み切るもんだよな。成功してたみたいだけど」


 待ち合わせの目印としては申し分ないのだろうけど、場所が校舎裏のど真ん中。人気がないのは確かだけど、お世辞でも綺麗な風景とはいいがたい。そんな疑問に答えるように結城が話しを継ぐ。


「水無瀬の言う通り普段ならここで告白なんてまずしないでしょうね。でも今は違うんすよ。必ず成功するなんて胡散臭くて根拠もなくて、途方もなく無責任な噂ですが存在します。告白に踏み出す勇気をこの噂が与えているんなら、私この嘘はすごく優しい嘘だと思うんっすよね」


 普段軽口が得意な結城からは信じられないほど、それは真摯な言葉だった。男女で馬鹿言ってて、色恋なんて興味もないと思っていた相手が、実は恋愛というものをちゃんと考えていた事実に俺は少し置いていかれた気分になる。


「結城、お前も案外乙女らしい思考もってんだな」


「まぁそこの会長ほどじゃないっすけどね。ところで水無瀬さん? 今私が告白したら成功率は100パーセントすかね?」


「え……俺は」


「わ~!!! わ~っわっわ~!! ちょっと二人共、そういうのは私の居ないところでやってくれない? 一日で二回も人の告白みてたまりますかっての」


 顔を真っ赤にしながら摩耶が叫ぶ。結城は結城で普段通りの軽薄な笑みをニヤニヤとうかべながら俺の反応を楽しんでいた。クソ。冗談だってわかっていたのになんでこんなにドキドキしてるんだよ。


「んじゃ、人来る前に次行きましょ。今見られたら三人で修羅場やってるようにしか見えないっすからね」


「誰のせいだよ!」


「誰のせいよ!」


 俺と摩耶のつっこみは綺麗に重なった。



 外で最後の七不思議、そのお願いは此処へ。


 それは今は使われていない花壇に願いを込めて花を植えると願いが叶うというものだ。その花壇は部室棟の前にあるらしい。


 ここに居る三人はもう部活をしていないこともあり、少し近寄りがたい場所になるのだけども、感想を言わせて貰うならば今までで一番ましだった。


 旧花壇と聞くから花壇の跡地のようなもの想像していた俺だが、どうやら今は花を植えていないだけの花壇のようで、土は適度に湿り気があり雑草もあまり生えていない。


 実は園芸部が種や球根を埋めていて今でも手入れをしているのではないかと疑いたくなってしまうほどだ。


「なぁ摩耶。ここの花壇って本当に使われてないのか?」


「ええ、園芸部は校舎の前の花壇しか使ってないわ」


「つーか、私も花持ってくれば良かったっす。誰か分けてくれないっすかね」


 うん。なんというかここだけ異様に活気があるんだ。


 七不思議が広まったのは今朝の話のらしいが花壇に植えてある花の数はすでに20以上。放課後になってすぐに花を買いに行ったとしか思えない手際の良さである。


 加えて現在も土を掘り返す女の子のグループが三組ほどいる。花壇の容量てきにはまだまだ花を植えられるようだが、初日でこの様子ではここが花で埋め尽くされる日は近い。


「なぁ花ってあんなに種類とか気にせずに植えてもいいものなのか?」


「さぁ。けどあまりよくなさそうよね。あまり混むようなら花に詳しい子に相談してみるわ」


「そりゃ混むっすよ。花を植えて願いが叶うなんてロマンチックですし、なにより私達は今年で卒業するんですから植えた花が学校に残るかもっていうのも何だか楽しいじゃないっすか」


「ああ、いわれてみれば記念になるよな。んで、卒業してふらりと学園に立ち寄った時に自分の花がまだ咲いてればそれは嬉しそうだ」


 時刻は五時になろうとしていた。まだ日は高く、夕暮れの気配はない。


 軽快なフットワークを持つ結城が女子のグループに突撃すると少し話し込んだ後で手を振りながらVサインをする。


 どうやら交渉して三つのバーベナを手に入れたらしい。そんな様子の結城に俺と摩耶は呆れながらも苦笑する。


 俺がやっちまいますか、と言うと摩耶もやっちゃおうと返してくれた。結城に急かされ、俺は腕まくりをすると右手を地面に埋めて十センチ程度の穴を掘る。


 結城が言った。


「どうか卒業できますように」


 お前はそんな心配をしているのかと笑いながら俺も続いた。


「みんなと同じ大学にいけますように」


 最後に摩耶が照れながら締める。


「いつまでも仲良くやってけますように」


 七不思議探検初日はこうして猫の石造とはまったく無縁のまま幕を閉じる。


 進展があったようで、実は進展なんてまったくなく。むしろ俺達は何がしたかったのかすらよくわからないけど、意味不明に楽しくてはっきりと記憶に残るそんな一日だった。



 水無瀬綾と分かれたあと、私と青峰摩耶はまだ学園に残っていた。体育館脇の自販機で飲み物を買い、ベンチに腰を降ろしている。


 目の前には愛を永遠に続かせるという伝説をメール一本で騙られた池が広がっている。


「それで結城さん。私に話っていうのは何なの?」


 青峰摩耶の反応は若干緊張したものだった。それはしょうがないだろう。クラスメイトとしての面識はあるがそれほど深く知った中ではないのだから。放課後を一緒に行動できたのは水無瀬綾というホストがいたからに他ならない。


「とりあえず摩耶っち、ケータイのアドレス交換しましょ!」


 想像した内容とはあまりにかけ離れていたのか、青峰摩耶の返答は若干遅れてのものだった。


「ええ、それなら喜んで。参った、貴女本当に行動が読めないわ」


「そうっすか? 彼方と此方と架け橋をっすよ。何、摩耶っちは水無瀬の事で話があるとでも思った?」


「今度は突っ込んでくるのね。そうよ。なんというか貴女、綾と仲良いみたいだし幼馴染とか気に入らないんじゃないかなって……」


 なるほど、そうくるのか。私が水無瀬を好き好きで近寄る女に牙を剥いていると思われているらしい。構図的に逆だと思うのは私だけだろうか。


「まっさか。私摩耶っち大好きっすよ。摩耶っちみたいな優しい人見たことねーっすもん」


「私、そんなにあなたの評価が上がるようなことしたかしら?」


「うん。聖清学園七不思議。この意味に気づけば摩耶っちを嫌いになれるわけがないじゃないっすか」


 最初は職員室での先生の対応だった。七不思議を知っているにも関わらず黙認し、あろうことか探索を促してくるのだ。


 別にそこまではいい。生徒のくだらない噂だと思っていたのかもしれない。だけど、池に石を沈めることや花壇に花を無断で植える件はどうだろう。これにはさすがに苦言を提する先生もでてくるはずだ。


 そして、実際に旧花壇に行ってみて確信する。


 丁寧に雑草が採られ、ほどよく耕された土はまるで花を受け入れる準備がしてあったみたいだった。いや、実際にしてあったのだろう。つまりは今回の出来事は学校の公認なのだ。


 あらかじめ計画がされていて、教員の許可をとり、その上での準備となれば生徒会長が関わっていないとは思えない。


「へぇ感がいいのね結城さん。そうよ、この七不思議は生徒会からのレクリエーションなの。これから進路で悩む前の息抜きよ」


「建前はそうっすよね。七不思議が学園の敷地内を一周するようになってるのも、そもそもが見つけづらいのも、学園を探索してあらためて思い出を作ろうっていう計らいっす」


 そう。どれも七不思議はこの学園での思い出作りのためのものだった。


 そう思えば最後意外は納得できる。


「ああ、そっか。本当に全部気づいちゃったんだ。これは予想外。ちょっと早すぎたね、恥ずかしい」


「いえ、別に言いたいことは理解できるんで構わないっす。ただ摩耶っち、摩耶っちはちゃんと水無瀬に告白する気あるんすか?」


 青峰摩耶は顔を赤くして俯き、上目を遣いこちらをみてくる。


「や、やっぱり分かるよね。うん。できるなら卒業までにしたい。ここまでは腐れ縁でなんとか来ちゃったけどさ、同じ大学に入れる保障なんてないじゃない? 幼馴染っていう関係から進むいい機会なんだと思う」


「そうっすか~。カッコイイすね摩耶っちは。そしてやっぱり優しいっすね」


「結城さんはどうなのよ! 貴方も綾のこと……その好きなんでしょ?」


 その言葉を受けて私は少し考える。私はどうなのだろう。


 水無瀬は友達という距離でつるむには楽しい奴だ。容姿はまぁ及第点。ノリはいいし、行動力もあって中々に頼もしい奴だと思う。


 なにより一緒いても緊張せず、疲れないというのはポイントが高い。でも、それは友人としての好きであり私は水無瀬を恋人にしたいと思っているのだろうか。


「わっかんねぇっす。なんか一緒にいるの楽しすぎてその先に進むとか考えてもみませんでした。いえ、きっと臆病なんすよね。この関係壊したくなかったっす」


「そう。そっか、そうだよね。みんな一緒なんだ。変わりたいのに変えるのが怖い。その気持ちすごく分かるわ」


「けど、卒業したらいつまでも一緒にいられるわけじゃあないんすよね。あと半年とか余裕こいてて結局全部台無しにする可能性もあるんすよね」


「ええ。だから私は一歩進むわ。そしてみんなにも、貴女にも進んで貰いたい。だからこその七不思議。私が生徒会長の間に送る、卒業生への大嘘よ」


「そうっすか。敵わないわー、女として以前に人間としてかなわないわー。生徒会長さん、腐れ縁卒業おめでとう」



「さーて、今日こそ猫ちゃん見つけるっすよ水無瀬」


「別に私は興味がないのだけど、貴方達が行くっていうならしょうがないから付いていってあげるわ」


 学園に登校してすぐのこと。俺の机の周りにはすでに結城が待機していて、ツンデレ生徒会長までもがいらっしゃった。


「とりあえずおはよう。お前らそんなに仲良かったか?」


 その発言に対して昨日アドレス交換したっすとは結城の話。教室を見渡せば花を持参している女子の姿が多く見られ、男子共は猫の石造の場所をリークしあっている。


 いまだ猫の石造は発見されていないようなのだが、難易度が上がると燃えてくるのが男の子。

 簡単に見つかるよりご利益があるに違いないと鼻息を荒くして探した場所の地図を塗り潰しているのだ。


「なんか誰かが見つけるのを待ったほうが速そうじゃないか?」


「アイツ等出し抜いて一番になるからいいんじゃないっすか。そして勉学のご利益は私の一人占めにしてやるっす」


「いまさらだけど、この子の性格も大分歪んでるわね。とりあえずホームルームが始まるみたいだし席に着きましょ。詳しい方針は昼休みにでも」


 応と返事をすると、結城と摩耶はそれぞれの席に戻っていった。日直の号令の後、教壇では担任が出欠の確認をとっている。


 名前が呼ばれ、適当に返事を返した俺は昨日結城が作成した地図を眺めこんでいた。猫の石造ねぇ。石造のありそうな所で考えるなら、やはり美術室の線が強いだろう。


 しかしそんな発想はきっと誰でもするはずだ。それでもまだ発見されていないのなら美術室ははずれなのだ。


 俺はこの七不思議が思い出作りのために流されたと、昨日七不思議を巡っていて感じた。ならばこの猫の像はそう簡単には見つからない。それこそ、学園全体を隈なく探してやっとみつかるレベルのものなのではないだろうか。


「あ。いや、まてよ。七不思議だろ」


 そうだ、猫の石像以外にも校舎の中にはまだ七不思議ある。


 まずは一つめが最初のチェーンメール。彼方と此方と架け橋を、だ。


 そして昨日回った外の三つ。愛を埋める池にそのお願いは此処へ。そしてあの場所で待つ人に。


 そして残る三つが校舎の中にあるはずだ。確か、率直な自画像に、勉学の得意な猫、七つの階段うる覚え。


 その内容は、迷いを消す、成績が上がる、記憶が曖昧になると外の七不思議に比べてどこか内向的なものな気がする。


 そしてやはり、この中で一番異質なのが七つの階段うる覚えだ。


 これだけ恋やら願いやらメルヘン溢れる設定のなかで階段を昇ると記憶が曖昧になるだなんもはや怪談である。


「やべぇ分かんなくなってきたぞ。思い出作らせたいんじゃないのか七不思議」


「いやぁいいとこ突いてると思うっすよ。最後のは洒落なんで気にしなくてもいいんっす」


「おい、さらりと会話に混ざるなよ結城」


 と、頭を上げると授業の風景はどこにやら。先生は教室からすでにさった後であり、なんというかその。


「とっくに一限目は終わったわよ、綾」


 やばい、今年受験生なのにまったく授業聞いてなかったよ俺。つか誰だよ、こんな時期にこんな七不思議流した奴。



 割愛をしまくって放課後の話になるのだが。昼休みに結城達と話あった結果バラバラに行動するよりも皆で探したほうが見落とさないだろうという話で落ち着いた。


 要するに探索する場所が校舎の中に変わっただけの話である。


「俺は案外校長室とかが怪しいと思う。どうだろう?」


「いいんじゃないっすか? じゃあ水無瀬、校長室行って猫の石像ありますかって聞いてきてくださいよ」


「ごめん俺が悪かった。正直それはキツイ!」


「馬鹿言ってないで回れるだけ回りましょう。いい? 私は付いていくだけなんだから」


 そうして結城を先頭に俺、摩耶と謎のRPG風の陣形が出来上がる。これ効率悪いよね絶対。


 そう思いながらも先頭がガンガン先に進んで行くので仕方なく後を追うパーティー。作戦はどうやらガンガンいこうぜ。


 廊下に出て、階段を下がり、気になる部屋を物色してまた次の部屋へ。放課後になって三十分程度しか立っていないこともあって、三年生以外の学年もまだ結構な人数が残っていた。他の学年の廊下を数多くの三年が通りすぎていくので好奇の視線を当てられる。


「なんかさぁ恥ずかしいのって俺だけ?」


「そうね。たった一階下がるだけでこれほどテリトリーから外れるとは思わなかったわ」


「えっ嘘。ちょー楽しいじゃないっすか。道なんか皆譲ってくれて王様気分っすよ」


 一人へんな感想のやつが居たが、摩耶のテリトリーという表現は実に正しい。


 体育館などの共有施設なら得に意識することはないが、三年は三階、二年は二階と分かれているものだから、他人の領土に足を踏み入れてしまった感覚がある。これは違うクラスなどに入っても味わうことがあるのではないだろうか。


「なんか懐かしいな。一年生の頃は三階にある音楽室に行くとき俺ちょっと怖かった」


「ああ、トイレになんて入っちゃうと周りみんな年上なんっすよね、あれ気まずいわー」


「だからと言って最上級生になって威張り散らすのも人間小さいわよ結城さん」


 わいわいがやがやと歩きつつ、学校を一回りしてしまった俺達。


 調べた教室は音楽室に美術室、視聴覚室に科学室、家庭科室だって回った。それなのに目的の猫の石像はなかったのである。


「嘘だろ。これだけ探してないとか……」


「ぬがー。どっかに校内案内とかないんすか? 絶対どこか見落としてますって」


「!?……さぁ私にいわれてもわからないわ」


「けどいい案だぜ校内案内。保護者が来るときのために絶対あるはずだ。そこで地図写して調べたとこを消してけば……」


「猫はそこにあるっすね!」


 そして俺達が向かったのは事務室だった。事務室は俺達が使う下駄箱とは別の職員や来客が使う入り口の前に設置されている。場所は二階にある職員室の隣で、外からは直通の階段がついている所だ。


 ほどなくして事務室の前に着た俺達は受付の横にある校内案内を発見した。


「あったあった。なんか願書を出すときに眺めた記憶があったんだよね」


「水無瀬……今なんていいました?」


「…………」


「え? 願書だしに……お前だって来たろ?」


 おもむろに来客用出口から外に出る結城。その背中を追いかけると入り口の手前にしゃがみこみ、体を震わせている。


「あったっすよ。猫……」


「おいおいおい。まじかよ、確かにぎり校内だけどさ」


 まさかこんな来客用出入り口なんて入学してから一回も使っていない場所にあるとは。生徒には使う必要がないわけで意識からは完全に忘れ去られていた。


 そして付け加えるなら教職員の連中は毎日この像をみているはずだ。


「やられた。完全にやられた。ええい結城、そろそろ俺にも撫でさせろ。こうなったらその猫思いっきり可愛がってやるぜ」


 わしゃわしゃと結城と二人で猫の石像を撫でるだけ撫で回した。


 去り際近くを探索していた奴に見つけたと報告したので、今頃は猫の取り合いが行われているだろう。


「さぁーて猫見つけたし、残りの七不思議は明日でいいだろ」


「……そうっすね。私も満足ですし、先帰りますね」


 結城がローファーに履き替えて先に行く。俺も上履きを脱ごうとしたところで、摩耶の声が聞こえた。


「綾。ちょっといい。私、もう一つ七不思議見つけたからさ。少し私に付き合ってよ」


「え?」



 摩耶に誘われてやってきたのは三階にある音楽室だった。ピアノは部屋の入り口にあって、音響の関係か部屋は奥に行くにつれて段差がついている。


 机の間を歩き、部屋の隅まで昇っていく黒髪の背中。摩耶が立ち止まったのは壁につるされた額縁の前だった。


 縁の中にはバッハもモーツァルトも入ってはなく、ただ銀箔で埋められている。


「それが七不思議?」


「ええ。吹奏楽部ではわりと有名な話なのよ。これ鈍い銀色だからちゃんと真正面から立たないと自分が見えないの」


 なるほど。縁の中に自分が映りこむように見えるなら確かに自画像だ。


 それも真正面から立たないと見えないなんて、自分と向かい合うという内容の七不思議としてはピッタリだろう。


「率直な自画像か」


 どれと、摩耶と場所を入れ替わり、銀箔に自分の姿を映しこんでみる。そこにあるのは少々歪ではあるが、よく見慣れた自分の顔だった。


「綾。そのまま振り向かないで聞いて欲しいの」


「うん、なんだよ?」


 振り向くなという言葉に動揺するも、しょうがなく前を見ると随分とマヌケな顔した男がたっていた。俺だった。


「私ね……ずっと前から綾が好きだった! 笑っちゃうよね。今更だよ。何時からかは分からない。中学の時には好きだった。だからその、今からでも遅くなければ・・・私と付き合ってください」


「や。……だってさ摩耶、俺だぜ? お前とは腐れ縁だったけど、そんな好きとか嫌いとか関係なくって」


「関係あるよ! 幼馴染っていっても男と女だよ? 思春期真っ只中なのに相手が嫌いでずっと一緒に居られるわけないじゃない!」


「そうか、そうだな。俺もお前の事嫌いじゃない。どちらかというと好きだよ! けど」


「私じゃあ……駄目?」


 学園生活三年間目で始めて女の子に告白をされてしまった。


 それも相手は昔からよく知る幼馴染が相手だ。正直こんな予想してなかったやっばい。超嬉しい。


 そうだよ。性格こそ若干棘があるけど、そんなの照れ隠しでめちゃくちゃいい奴じゃんコイツ。真面目だし、生徒会長やるほど人望だってあるし、尊敬だってできる。


 こんな彼女ができたら残りの学園生活は素晴らしだろ、絶対。心臓がばくんばくん跳ねていて、摩耶の声が聞こえるだけでドキドキする。


 だから……こんな時に鏡なんてみたくなかった。


 嬉しいはずだ。摩耶が好きっていうのも嘘じゃない。それでも俺の顔は笑ってくれない。眉に皺なんて寄せちゃって歯まで食いしばってるよコイツ。


 率直な自画像? いいネーミングセンスだよ。


 質問、何んで泣きそうな顔してんのお前? 決まってるだろ、こんな時でもいつも隣でニヤニヤ笑ってる奴のことが頭から離れないからだよ。


 当たり前だろ、これから大好きだって言ってくれた幼馴染を振るんだからよ!


「ごめん。俺好きな奴がいるからお前とは付き合えない。これからも仲のいい幼馴染でいてくれ」


「うん。はは、悔しいなぁやっぱり駄目だったかぁ。縁が腐る前に告白できてたらなぁ。何してんのよ、早く出て来なさいよ。呼び出す相手居るんでしょ? 私これから泣くんだからさぁ」


 摩耶の顔は見なかった。いや、見れなかった。ただ音楽室に木霊するすすり泣く声だけがすべてだと思う。



 告白した。振られた。


「そりゃそうだよね。アイツの隣、いつの間にかあの子がいるんだもん」


 綾も結城さんも自覚がなかったようだけど、傍から見ればお互いが意識しているのは丸わかりだ。


 そして綾の奴は今回の七不思議をなぜ追っているのかすら気づいていない。


 暇つぶし? 違うよね。結城さんが見つけたいっていったから、結城さんのために探してるんだよね。最初から好き合ってるって言ってくれれば良かったのに。


 愛を埋める池には行かないって、猫を探すなんていうから変に期待をしてしまったじゃないか。


 ううん。違うか、これはケジメ。七不思議を作ったときに最初に決めていたことだ。


「あーあ。とんだピエロだ、心が痛い。けど、卒業するってきっとこういうことなんだよね」


 最初に学園を居なくなるということを実感したのは生徒会の引継ぎの時だった。


 これまでの資料をまとめ、ノウハウと共に次世代に渡す。つまり、この学園での私の役目は終わった。だが、同時に疑問が残る。本当にこのまま卒業していいのだろうか。


 心残りは、やり残した事は? そしてまだ、私にできることは?


 だから私は嘘をついた。結城さんのいう優しい嘘だ。


 けど違う。本当は嘘で塗り固めただけの無責任なおせっかいだった。進める人は勝手に羽ばたいていくのに、臆病な私が踏みとどまっただけ。なんて情けない自作自演だろうか。



「結城、お前いま何処にいる?」


「水無瀬? 今電車に乗るとこっすけどどうかしました?」


「そうか。じゃあすまないが、電車には乗らないで学校まで来てくれるか? 待ち合わせ場所は……校舎裏のケヤキの木」


「ちょ、それ冗談キツイっすよ。この間の意趣返し、なんかじゃないっすね。摩耶っちになんか言われましたね」


「ごめん、待ってる」


 そういって俺は通話を切った。


 ケヤキの木の根っこにしゃがみ込み、空を見上げる。時刻は六時半過ぎといったところか、空はうっすらと闇がでて、真っ赤な太陽は山沿いに沈もうとしていた。


 何をやってるのかなぁ俺。幼馴染の告白を蹴って、そのまま告白をしようとしていやがる。しかも相手はあの結城優希だ。


 超絶テンション系意味不明少女。俺はアイツが宇宙人だっていわれても信じることができるし、むしろ納得する。


 口をひらけば馬鹿なことしか言わないし、行動力の塊で考えるより先に動きやがる。そして困ればいつも水無瀬~と寄ってきて、少しは人の迷惑ってもんを考えろてんだ。


 それでもアイツと一緒にいるのは楽しくって、心地よくって。隣に誰がいて欲しいって言われたら、俺は間違いなく結城を選らんでしまうんだ。


「馬鹿。こんなとこ、呼び出された側だって緊張するっすよ」


「そりゃそうだ。なんて言ったって告白が必ず成功する場所だからな」


 結城は少し距離をとっていて五メートルは離れた場所から話かけてくる。


「私、無理っすから! 摩耶っちの気持ち知ってるから、無理っすから」


「俺、摩耶に告白されたよ。でも断った。俺、結城の事が好きなんだ」


「だから馬鹿なんすよ。何断ってるんすか! あの子がどんな思いで告白したのかも知らないくせに」


「わっかんねーよ。だってさ、この学園に入ってから一番長く傍にいたのはお前だぜ? そりゃ、摩耶とも仲は良かったけど、俺が一番傍にいて欲しいのは結城だよ」


「私だって水無瀬の事嫌いじゃないっす。けど、けど」


「結城優希さん。好きです、俺と付き合ってください」


「私、明日どんな顔して摩耶っちに会えばいいんすかぁぁ」


 結城の返事は無かった。ただ、俺の腰に手を回して頭を胸に押し付けてくる。一瞬躊躇ったが、俺も結城の背中に手を回し彼女が落ち着くのを待った。



 すっかり日も沈み、辺りは暗くなっていた。俺達は腕を組んで体育館前の自販機に足を運ぶ。そこでスポーツドリンクを二本買うと、片方は結城に放り投げた。


「さんきゅ水無瀬。ついでにそこらの石適当に拾ってくださいよ」


「ここまで来たらやっぱりやってくしかないよな、七不思議」


 ベンチの目の前に広がる池の手前で手ごろな大きさの石を拾って結城の元に運ぶ。石には安全ピンで名前を彫るらしく、石を渡すと結城は結城優希と語呂の悪い名前を書き込んだ。


「そういえば水無瀬は最後の七不思議にもう気づいたっすか?」


「? いや、まだだ。率直な自画像なら見つけたけどな」


 へへんと薄ら笑いを浮かべた結城は得意げに携帯の画面を開く。


「いいっすか? 七つの階段ってのがそもそも比喩なんすよ。率直って卒直とも書くじゃないっすか? それでですね、卒を頭にこう階段になるように並べかえるんっす」


 卒 直な自画像

学 業 の得意な猫

その お 願いは此処へ 

愛を埋 め る池

あの場所 で 待つ人に

彼方と此方 と 架け橋を 

七つの階段は う る覚え 

   

「卒業おめでとう?」


「はい。これは卒業する私達に向けての優しい嘘っす。卒業という階段を昇ればいつかその記憶は薄れていってしまうから、思い出に残るように、後悔しないように、やり残しがないように。まったく、どうしようもなくおせっかいな七不思議っすよ」


 彼方と此方と架け橋を 

 このメールを同学年の親しい友人5人に送らなければ不幸になる。

 将来、ちゃんと連絡が取れる相手がいるように。


 率直な自画像     

 そこでもう一人の自分に心を晒すことで迷いを振り切れる。

 自分自身と向き合って、後悔のない道を歩めるように。


 愛を埋める池     

 石に二人の名前を彫って沈めるとその愛は永遠に続く

 卒業してもずっと一緒にいられるように。


 学業の得意な猫    

 校舎のどこかにある猫の石造を撫でると成績が上がる。

 ちゃんと希望の進路を取れるように


 そのお願いは此処へ  

 旧花壇に願いを込めて花を植えれば願いが叶う。

 夢を忘れることないように。


 あの場所で待つ人に 

 一番大きなケヤキの木の下で告白すると必ず成功する。

 秘めた思いを遂げられるように。


 七つの階段はうる覚え 

 その階段を昇ってしまうと記憶が曖昧になる。

 そしてこの七不思議は卒業しても記憶に残るように。


「なるほど。でっかいでっかい大嘘だ。お節介で無責任で、だけどもやさしい大嘘だ」


 こんな根も葉もない話に学年の何人が乗せられただろうか。


 そしてその内何人がその真意に気づいただろうか。


 けど、すくなくともこの嘘は何人かの心を救った。夢を携え花を植える少女がいた。ケヤキの木の下で思い人を待つ少年がいた。愛を刻み、石を沈めるカップルがいた。


「じゃあ、俺達もそんな七不思議にあやかりますか」


「もちっす。これきっと聖清学園の伝統になるっすよ」


 俺達は手を繋いで静かに石を愛を埋める池に沈めた。


 進路は結城と相談し、摩耶の志望校を一緒に受けることにする。花壇での約束を嘘にしないためだ。正直成績は厳しいが、猫のご利益があるのでなんとかなるとは結城談である。


       

END

   

 

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七つのかいだん じゅん @kakakanoka

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