第37話 預け合う
慰霊祭本番はすぐにやってきた。
元々騎士団が行っていた儀式なので、スティリア城前の広場で行われる。ちなみに麓の住人たちはわざわざ祭りの為に山に登ってくる。
セスにマナーを仕込まれたアーノルドは、やや緊張した面持ちで姫を待つ。
「それにしてもセス、お前やたら女側のダンスが慣れてる感じだったな」
「昔友達に教えたことがあったし……色々あって」
セスは遠い目をした。いつもの懐旧の色ではなく、途方に暮れていると言うか、呆れていると言うか。
余談だがアーノルドへダンスを教えている様子を見た他の騎士たちも、自分にも出会いがあるかもしれないと、次々に教えを請うてきた。セスは複雑そうだが、アーノルドから見れば満更でもなさそうだった。
「それにしても遅ぇな」
アーノルドが呟いた。予定の時刻を過ぎても王女たちが現れない。
と、騎士の一人が広場の入口を指さして叫んだ。
「おい! 見ろ!」
声につられて皆が顔を向ける。
豪奢な馬車が砂煙を巻き上げ、優雅な外装に似つかない速度で疾走していた。その後ろには数匹の黒い影──獣の魔物が馬車を追いかけている。
馬車を引く馭者が叫ぶ。
「助けてくださ~~い!!」
恐らく王女が載った馬車が魔物に追われ、魔物を引きつれながら広場へ駆け込んできた。麓から来ていた住民たちが悲鳴を上げる。
「そんな、魔物が出るには早すぎる」
セスが呟く。
いち早く状況を理解した騎士団長が号を掛けた。
「馬車の安全を優先、後方支援班は民間人を避難させろ!」
セスが走り出した。
腕に触れ、風が巻き上がる。魔物と馬車の間に風の障壁が現れた。
その隙に熟練の騎士たちが馬車を誘導する。
若い騎士たちは初めて目にする魔物の姿に息を呑んだ。
アーノルドもまた、魔物の姿に足を縫い留められていた。
自然界では有り得ない異様さに、はっきりと恐怖を覚える。
(魔物と戦いたいか、なんて聞いておいてこの様かよ)
思わず歯を食い縛った。
自分には特別な能力はない。セスが信じるような可能性だって恐らくない。
だけど。
(騎士を名乗っておいて、ここで戦わなかったら──どこで生きようが、一生自分を信じることなんてできないだろ!)
剣の柄を握り、構える。
爪先に力を込め、駆け出した。
「オラァ!」
剣術などとは程遠い、力任せの攻撃。
アーノルドの振り下ろした剣先が魔物を叩き潰した。魔物は潰れて動かなくなった。
息をつく間もなく次々と魔物がこちらに向かってくる。
周囲に視線を遣ると、魔物の鋭い爪がセスの背中に迫っていた。
「セス!」
──間に合え!
空気が揺れる。
アーノルドはこめかみに強い痛みが走るのを感じた。
皮膚が張り詰める。
身体が熱い。
それを目撃した騎士は「変身した」という他なかった。
そこには大きな黒い狼の姿があった。
黒狼は魔物の四肢を押さえ付け、噛みちぎる。
「アーノルド、<
セスの声が聞こえる。
(これが<ギフト>?)
黒狼──アーノルドは声の方へ視線を向ける。一瞬、誰かの目を通したような視界に戸惑った。
だが確かに胸裡にあった恐怖心が消えて、敵を倒すという真っ直ぐな本能で頭が冷えた。
今まで五感だけが奇妙に鋭くなっていたのが、手足に馴染む。
そこから残りの魔物を討伐するのは早かった。
魔物が完全に動かなくなったのを確認し、騎士たちはほう、と息をついた。
セスがアーノルドの黒い毛並みに飛び込む。
「アーノルド、戻り方が分かりますか? 呼吸をして、自分の姿を思い描いて。魔力の調節は任せてください」
奇妙な感覚だった。体の表面が整えられてられいるような──
言われた通りに呼吸をすると、霜焼けを摩擦されるように、血管が張り詰めるような熱が引いていく。するすると身体が人間に戻る。
「狼に変化する、変身魔法の一種ですね」
「疲れた……」
倦怠感がどっと襲う。アーノルドはセスの胸板に頭を預けた。
「夜闇の月の方!」
その声にアーノルドは思いきり崩れそうになった。
夜闇の月の方? というセスの視線から顔を背ける。
馬車から王女が飛び降り、瞳を輝かせてアーノルドの元へ駆け寄った。
「夜闇の月の方! とても勇敢でございました」
「ああ、王女さま、ご無事で何よりです」
アーノルドの言葉に彼女はうっとりと頬を染めた。そして乙女は爆弾を投下した。
「ねえ。わたくしの騎士になりませんこと?」
◆
不慮の出来事により、今年の慰霊祭は中止になってしまった。
スティリア城の客室へ王女を送り届け、アーノルドの自室に戻った。セスはまだ部屋に帰っていないようだ。
アーノルドは机に向かう。
細く息を吐く。
引き出しから真っ白な封筒を取り出す。
インクとペンを引き寄せ、彼は手紙を書き始めた。
暫くしてセスが部屋に戻ってきた。机に向かい腕を組んでいるアーノルドに声を掛ける。
「あれ、起きていたんですね。今日はお疲れ様でした」
「おう」
「それにしても王女付きの騎士に勧誘されるなんて……」
「ああ」
生返事をするアーノルドにセスは怪訝そうに表情を変えた。
「ん」
アーノルドはセスに封筒を差し出す。セスは差し出されるままに白い封筒を受け取った。不思議そうに見つめてくる。裏返してみるが差出人も宛名も無い。
「これは?」
「遺書」
セスの顔面から血の気が引いた。彼に構わず続きを一息に言う。
「【厄災】と戦って俺が死んだら、俺の家族に渡してくれ。それまでお前が預かっていてほしい」
「アーノルドッ!」
セスは悲鳴のように声を上げた。
アーノルドはセスをなだめるように肩に手を置く。
「俺は多分どちらを選んでも後悔するんだ。騎士を続けても家族のことが心配だし、逃げようが、隣国に行こうが、残ったお前たちのことを気にする。一生、ずっと引っ掛かるんだろうな」
「それは」
「だからなあ、死ぬなら俺の見える所で死んでくれよ。生きてたら死ぬことも有るだろうから、それは仕方ないけどよ。ここでお前を置いて行ったら、どこで何をしようが一生自分を信じられない。お前が期待するような人生なんて歩めない。……でも俺は一人じゃ踏ん切りがつかねえから、お前に預かって欲しいんだ」
アーノルドはセスの薄い胸を叩いた。
「魔法使いは人に分け与えるんだろ? こういうのも分け合うってことなんじゃないのか」
セスは目を見開いた。薄い唇を噛み締めている。
暫くそうしていたが、彼は白い封筒を受け取った。
「ありがとう」
それからじっと考え込み、再び口を開いた。
「大切なものを預けてくれたから、僕もきみに委ねます。……【厄災】を倒す方法を考えていたんです。僕と一緒に前線に出るとしたら、恐らくきみでしょうから、きみにも知ってもらいたい」
セスは徐にシャツのボタンに手を掛けると、服の下──這うように紋様が彫られた皮膚を曝け出した。
アーノルドが息を呑む。
セスは自身のことを話した。
魔力が無いこと、不足した魔力を魔石で補っていること、身体の維持のために<法式>を身体に刻んでいること。刻んでいるのは回復魔法と攻撃魔法であること。
「<法式>に触れて魔力を流すことで魔法は起こる。だからアーノルドが僕に触れて魔力を流せば魔法が発動します」
「お、おう」
「【厄災】は回復する能力を持っているけれど、魔物には必ず魔石がある。魔石の魔力は有限です。【厄災】が魔力切れを起こすまで攻撃し続ける。遠距離から攻撃し続けることが、【厄災】を倒すのに有効なはずなんです」
もちろん武装の強化はしますけど、とセスは付け加えた。
「僕が死んだら僕の身体で魔法を使って。決して攻撃を止めないでください」
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