第31話 餞別
後処理を応援の騎士たちに引継ぎ、スカーレットはワイアット兄弟を送り届ける運びとなった。
「スカーレットさんと居るといつもこうじゃない?」
ルカが疲れた顔で言う。春先の連続殺人事件のことを思い出したのだろう。
「うッ。すまない……!」
「冗談だし。でもさぁ、どうして戦いに参加したの?」
「それはだね……」
スカーレットはちらりとセスに視線を遣った。懐に手を入れ、取り出したものをセスに見せる。
「これは」
「あの魔物の『魔石』だ。地下へ向かう男たちが「大きく珍しい宝石が賞品」と話していたのを聞いて、『魔石』だと当たりをつけたんだ。まさか魔物が持つものだとは思わなかったが……」
黄色い輝きを持つ『魔石』は、確かに流通しているものより大きい。スカーレットは魔石をセスへ差し出した。
「きみに贈りたいと思ったのだ。受け取ってほしい」
セスは目を見開いて魔石とスカーレットを交互に見た。
「え、いやです」
「なんでだ!!」
スカーレットはびっくりした。この流れで断られると思わなかった。
「持ち帰って良いものですか、この魔石って。僕のせいでスカーレットが騎士道に反するなら全然嬉しくないです。そもそも、あなたを危険に晒してまで魔石なんて欲しくない」
「セス! でも、私は……」
スカーレットは言い募りたい気持ちをぐっと抑えた。
躊躇いながらも魔石をしまう。
「きみの気持ちを考えなくて、すまない」
(スカーレットは優しいから、人の為に無茶をしてしまう。分かっていたのに……)
セスは肩を落とす彼女を見て考える。
(やっぱり深く関わってはいけなかったんだ)
【厄災】と戦った日に思い知ったはずだ。スカーレットは人の為なら自分を犠牲にしてしまう人だと。セスは拳を固く握った。
◆
「ここが、あの人の家……」
その日の遅くにロザリー・ダグラスはシエンナ家の門をくぐった。堅牢な建物が纏う冷え切った夜の空気に、少女は怖気づいた。
彼女の扱いは、表向きは保護観察対象者である。
魔法使いの大家であるダグラス家が、魔物を使って賭場に関与していた。これは魔法使いの信用にかかわる話である。調査が必要だが表立ってはできない。
重要な証人であるロザリーの安全を守るため、そしてロザリーという少女個人を保護するため、シエンナ家は彼女を受け入れた。
彼女は地下闘技場からそのまま騎士と共にシエンナ家へ来たのだった。
「あら、あなたがロザリーね! スカーレットちゃんから聞いているわよ」
少女のような軽やかな声が掛けられた。
燃えるような赤い髪の小柄な女性である。ロザリーは慌てて姿勢を正した。
「えっと、あの、ロザリー・ダグラスです。えっと、スカーレット……様の、ご姉妹?」
「やだもう、嬉しいわぁ! スカーレットちゃんの母のアリス・シエンナです」
ロザリーは絶句した。ともするとスカーレットの妹と言っても通じそうな雰囲気である。彼女はくすくすと小動物のように笑うと、ロザリーの手を引いた。
「さあ、寒いでしょう? 中に入って、お茶にしましょう」
「わたくしっ……」
ロザリーは声を詰まらせた。アリスは小さな手をロザリーの肩に添える。
「大丈夫よ。不安もたくさんあるでしょうけれど、これからゆっくり解決していきましょうね」
ロザリーは肩を震わせ、小さく頷いた。
◆
穏やかな午後。
ルカは兄の部屋の隅にまとめられた、最小限の荷物を見た。
「兄ちゃん、ほんとに良いの? スカーレットさんに話してないんでしょう?」
「うん」
「絶対怒ると思うけどなぁ……。北部に行った、って知ったら」
「そうだね。ルカもできるだけ黙っていてほしいな」
「え~~? 絶対面倒なことになると思うけどなぁ。スカーレットさん可哀想」
ルカは大きく溜息をついた。魔法使いの義務とはいえ、恋人に伝えずに北部に兵役に行くなんて、兄は何を考えているのだろうか。
妙な所で頑固だから、ルカが何を言おうと意志を変えないだろう。
ルカは仕方なく頷いた。
「浮気はしちゃ駄目だからね。あと、オレには手紙書いてよね。あとお土産もいっぱい買ってきてね。あと友達出来たら紹介してよね。北部の名産品買ってね」
「注文が多いなあ。ルカの方こそ春から寄宿学校じゃないか。楽しんでおいで」
兄の言葉にルカは鼻頭を掻いた。
「まあね。オレなら成績優秀で飛び級で卒業しちゃうかもしれないけどね!」
「それは勿体ないな」
弟は本当に嬉しそうに笑った。それから兄に向って手を差し出した。その掌には、編まれた紐の先に樹脂でできた飾りのついたペンダントが載っていた。樹脂の飾りには模様が刻まれている。
「兄ちゃんみたいにうまくできないけど、お守りみたいなものかな」
「ルカが作ったの? 本当に器用だね」
「へへ。まあね!」
「ありがとう、ルカ」
セスは不思議な気持ちになった。前の人生で北部へ行ったとき、こんな風に送り出してくれる人はいなかった。
ルカはセスにとって不思議な存在だ。前の人生では居なかった弟。セスは弟のヒヨコのような頭を眺めた。
「行ってくるね」
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