第30話 『魔物使い』の<ギフト>
舞台の裏は薄暗い。だが、複数の人影があることは分かった。
会場から距離があったからか、閃光がわずかに遮られたようだ。目を押さえながらも床を這って動いている。
恐らく主催者である小太りな男性と、付き人らしき男。そして傍で青褪めている少女を見て、セスは目を見開いた。
「ロザリー・ダグラス……!?」
ワイアット家と敵対する魔法使いの大家、ダグラス家。ロザリーはその娘であり、彼女の父はセスの母親暗殺の実行犯である。セスの声に彼らは一斉にこちらを向いた。
「セス・ワイアット……!」
ロザリーが憎しみを込めてセスを睨みつけた。
「お前、いや、ダグラス家がこんな賭場の元締めなのか?」
「違う! わたくしは、ダグラス家は技術を提供しているだけよ!」
ロザリーが喉を震わせた。普段の、慇懃なほど上品な口調が乱れている。主催らしき男がセスとロザリーを見比べた。
「ロザリー! 知り合いか? 何でもいい、きみの力なら我々が逃げる時間くらいは稼げるだろう? きみの『魔物』を操る<ギフト>で何とかしろ!」
男の言葉にロザリーは唇を噛んだ。セスはロザリーを睨む。
「魔物を操る……お前、魔物がどうやってできるのか知っているのか……?」
「それがなんだというの?! 死体からできているそうだけど、どうだって良いわ! 魔物を用意したのはわたくしではないもの!」
「用意? 用意だって……?」
「兄ちゃん……?」
普段と違う雰囲気に、ルカは繋いでいた手に縋りついた。そこでロザリーは初めてルカに気付いたようだ。
大きな瞳をさらに大きくしてルカを見つめる。
「もしかして、ルカ・ワイアット……?」
「弟の名前を口にするな」
セスが低く唸る。ロザリーは顔を青白くしながら、それでもルカから目が離せないようだった。
「やはりあの占い師の言ったことは本当だったんだわ……! わたくしを殺しに来たのでしょう!?」
「意味不明なことを言うんじゃあない」
セスは彼女の視線から庇うようにルカの前に出た。
「嫌だ! 死にたくない! こんなに苦しんでるのに、どうして誰も助けてくれないの!?」
ロザリーは髪を振り乱して喚く。
「お前があの時ちゃんと死んでいればよかったのよ! 人殺し! お前の母も弟もみんな! どうしてわたくしを苦しめるのよ!」
彼女の言葉は支離滅裂だった。
ルカは息を呑んだ。繋いだ兄の手から、強い魔力の激流を感じる。
「いつまでも……」
セスは自身の胴を撫でた。ロザリーを取り囲むように風が巻き起こる。
「いつまでも僕の人生にへばりつきやがって」
「これがわたくしの運命だというの……?!」
「僕たちの顔を見るなんてできないくらい、恐怖を覚えさせてやる!」
「ひいっ! 嫌だ、死にたくない……!」
暴風がロザリーの身体を襲おうとした時──
「兄ちゃんッ!!」
「セス!!」
ルカが後ろからセスに抱き付くと同時に、スカーレットが飛び込んできた。状況を把握したのか勢いよくセスの前へ立ちはだかると、両手を広げて彼を抱きしめた。
セスの意識に隙ができる。ロザリーを取り囲んでいた風が弱まっていく。
完全に風が吹き止むと、ロザリーは声を上げて泣き出した。
「うわあああん」
応援に来た騎士たちが関係者を取り抑えるまで全員がそうしていた。
賭博に関係のある者は騎士たちに連行された。地下闘技場の主催者は、自分たちの雇った闘士を勝たせるために、保険として『魔物』を用意していた。そして魔物を制御していたのが、ダグラス家から指示を受けたロザリーであった。彼女は『魔物使い』の<ギフト>の持ち主だった。
「セス、落ち着いた?」
「はい……」
会場の端でセスは項垂れていた。魔物を見たこと、ロザリーに言われた言葉。咄嗟に魔法を使ってしまった虚脱感に、ぐったりと座り込んでしまった。
ルカやスカーレットに説明しないといけないが言葉が出て来ない。そこへ騎士の一人が声を掛けた。
「シエンナ。ダグラスと言う少女がワイアット氏を呼んでいるが……って、なんだその恰好は」
騎士の言葉で彼女は自分の姿を思い出した。ウサギの耳こそ着けていないがバニーガールのままだった。
「え~~これはだな! 潜入の一環と言うか」
セスはのろのろと自身の上着を脱ぐと彼女に渡した。
スカーレットは今更照れてきたようで、素直にセスのジャケットを羽織る。
「えっとなんだっけ」
「ロザリー・ダグラスが全く大人しくならないんだ。暴れて言うことを聞かないし、ワイアット氏を呼べと喚いていて困っている」
よく見ると騎士の頬に引っかき傷がある。相手が少女ということで強引に行くこともできず、本当にロザリーが手に負えないのだろう。
「セス・ワイアット!! 出てきなさい!」
ロザリーが騎士に繋がれたまま叫んでいるのが聞こえた。セスは腹から息を吐いた。
「セス、行く必要はない」
「このままでは迷惑を掛けますから」
スカーレットはセスを正面から見つめた。
「分かった。それではすまないが、一緒に来てくれるかい?」
「お、オレも行く!」
ルカがひしと兄の腕を掴んだ。
「このまま騎士団に連行されたら、わたくしはダグラス家から殺されてしまいます」
騎士に繋がれたまま、暴れて髪が乱れたロザリーが泣きながら話す。
「だからわたくしをワイアット家で保護してくださいませ……!」
スカーレットは困惑して尋ねた。
「きみは自分が犯罪に関わってしまったと分かるかい?」
「だって指示に従わなかったら殺されてしまうもの!」
「きみは確かに未成年だし、指示を出した者が悪い。でも、まずは私たちの指示に従ってほしい」
「騎士団の中にもダグラス家は居ます! 信じられないわ、どこも信じられない。ダグラスの手が及ばないのはワイアット家だけなのです、分かるでしょう?」
ロザリーは必死に言葉を紡ぐ。セスを見て叫ぶ。
「あなたはわたくしを傷つけたのだから、わたくしを助ける義務があるでしょう!?」
「アンタいい加減にしろよ! 自分のことばっかりかよ!」
ルカが思わず声を上げた。ロザリーはひいっ! と過剰なほど肩を揺らした。セスはルカを後ろへ隠す。先程からロザリーの、ルカに対する態度が不快だった。
スカーレットはセスを窺った。
声が響くのか、彼は頭を押さえている。
「こうなると分かっていたのに、期待した僕が愚かでした」
セスは口を開いた。
「僕は、罪を犯した人でも私刑はいけない、と思っています。法に則って裁かれるべきだと」
スカーレットは安堵した。先程のセスの様子が尋常ではなかったからだ。
それでも、とセスは絞り出す。
「僕はお前を助けたくない。正しいことをしたいけれど、僕ではできない。だから、スカーレットが正しいことをしてください」
「セス……」
スカーレットがセスを見つめ、頷いた。
「分かった。ロザリー嬢の安心には遠いだろうが、シエンナ家が保護できないか掛け合ってみよう」
「それじゃあ意味がないわ!」
「ロザリー嬢」
スカーレットはロザリーの肩に手を置く。
「きみが辛い思いをしてきたのも分かるよ。私はもちろん王都騎士団の全員が、大人としてきみを守るつもりだ。でもきみも、言葉や態度、きみの行動で誰かを傷つけていないか考えてみてほしい」
ロザリーは涙を湛えたままスカーレットを見た。誰かにそんな風に話しかけられたのは初めてなのかもしれない。戸惑いながらも、ゆっくりと彼女は頷いた。
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