第29話 謎のバニーは大いに番狂わせを為す
そこは一見すると只の舞台だが、豪奢な舞台には不釣り合いな無法者たちの歓声と、むせ返るような汗と煙草の臭い。
事情を知る者からは地下闘技場と呼ばれている。『天下地下一武闘会』とは、不定期に開催される賭けを伴った、勝ち上がり制の決闘だった。
ルカはその異様さに、セスと繋いだ手に力を込めた。
「おいおい、お嬢ちゃんたち。間違えてきちゃったのかなあ? 女子供の遊び場じゃねぇぞ」
明らかに場違いなセスたちに男たちが揶揄する。じろじろとスカーレットを眺められるのが不快で、セスは男たちの視線の間へ割り込んだ。
「スカーレット、何故ここへ?」
セスはスカーレットへ耳打ちした。彼女はそれには答えず、司会と思しき眼鏡の男へ声を掛ける。
「今からでも参加できるかい?」
「はあ、まあできるけどなぁ。どこの坊ちゃんか知らんが、慰謝料を請求されてもこっちは責任持たねぇぞ」
司会者はセスを見て面倒くさそうに言い捨てた。スカーレットはにこやかに微笑む。
「闘うのは私だ」
司会の男が目を見開く。そして改めてスカーレットの容姿を確認したのか、にやりと口角を上げた。
「スカーレット!」
「スカーレットさん、マジ?! 見るだけだと思ってたのに、参加はやばいって」
ルカとセスが慌てる。彼女はちらりとセスに視線を遣った。
「私が負けるとでも思っているのかい?」
「思いません。が、そういう問題ではありません」
「大丈夫だよ。黙って観てて。応援してくれるならもっと嬉しいけどね」
彼女は意味ありげに微笑むと、進行の男に従い舞台の奥へと入って行った。
「兄ちゃん、どうしよう? 今からでも他の騎士の人を呼ぶ?」
ルカが泣きそうな声を上げる。セスは逡巡した。ルカをこんな場所に居させるのは嫌だ。しかしスカーレットから目を離すこともできない。そんなセスの肩を、背後から巨躯の男ががっちりと押さえた。
「おいおいおい、連れないこと言うなよ嬢ちゃんたち。最後まで観て行こうぜ?」
みし、とセスの肩が軋む。男はそのままセスを観客席へと引き摺った。無理矢理席へ座らされ、両側を柄の悪い男たちに陣取られる。
「大丈夫。スカーレットなら負けない。暴力が怖いなら目を瞑っていると良いよ」
セスの身体には攻撃用の魔法も刻まれている。魔法を使えばここを脱出するくらいはできるだろう。ほとんど泣きが入っているルカの手を離さないよう、セスは力を込めた。
◆
「第一試合は天下地下一武闘会の常連! 見ただけで強い! 怖い! カッコイイ!!」
舞台が照らし出される。司会の男が声高に出場者を紹介し始めた。まず出てきたのはスキンヘッドの大男である。体中に傷痕があり、いかにも猛者という風格だ。
会場が声援とヤジで沸く。
「最初の挑戦者は電撃参戦! ボディーがグンバツの謎のレディーだ!」
おおおおお!
そう紹介されて舞台袖から現れたスカーレットの姿に、会場が歓声を上げた。
黒を基調とした、ぴったりと身体に沿った衣装。普段は高く結っている髪を下ろし、その頭にはウサギの耳を模した飾りが付けられている。所謂バニーガールと呼ばれるものだった。
彼女は腰に手を当て、その完璧な肉体を惜しげもなく観衆に晒していた。男たちは興奮して声を上げる。
ルカは彼女の大胆な姿に戸惑いつつも頬を染める。
「はぁ……?」
セスの口から出た低い声に、ルカがびくりと体を揺らした。
──それは違うんじゃないか? 彼女の服装に口を出す権利はない。でも、何がとは言えないが、何か! 『赤薔薇の会』にもそんな姿見せないだろ! セスはどこにぶつけて良い怒りなのか、自分でも分からなかった。
スカーレットは舞台の上からセスたちを見つけたのか、こちらに向けて手を振った。ルカが小さく手を振り返す。セスが睨んでいるのに気付くと、スカーレットはきまり悪いのか舌を出して笑った。あざとい。
そんな彼らをよそに司会が高らかに宣言した。
「ファイッ!」
カァン!
という鐘の音と共に、スキンヘッドの男が垂直に吹き飛んだ。
スカーレットの衣装に釘付けになっていた男たちは一瞬何が起きたのか分からなかった。ただ、拳を振り上げたのがスカーレットで、床に落ちたスキンヘッドが起き上がらない。この状況で初めて彼女が男を殴り抜けたのだと分かったのだ。
おおおおお!!!!!
男たちは絶叫した。
カァン!
カァン!
カァン!
鐘の音と同時に対戦相手たちが吹き飛んでいく。
突如として地下闘技場に現れた謎のバニーガールは、文字通り拳一つで大男をなぎ倒してしまった。
ステゴロ。徒手空拳。素手喧嘩。いつの世も男たちの憧れである。結局最後は己の肉体が武器なのだ。会場は異様な盛り上がりを見せた。
「に、兄ちゃん! スカーレットさんすごく強いね!」
「うん。スカーレットは強いんだ」
彼女は『豪腕』の<ギフト>を持っている。だが彼女の強さは<ギフト>だけに依らない。鍛え上げられた身体が彼女の努力を物語っている。
セスは彼女が戦う姿が好きだった。
彼女自身も戦うことが好きなのだと見ている。だけどその力を人の為に使おうとするところが、もっと好きだった。
だから彼女が戦うのを見ると、清々しい心地がするのだ。
スカーレットは汗を拭い、彼女を見つめるセスに向かって手を掲げる。セスも思わず手を振り返してしまった。スカーレットは驚いたようだったが、すぐに笑顔でいっぱいになった。
セスはふと疑問に思った。
(それにしても、こんなに買ってしまって良いんだろうか? こういう賭場は、主催者が勝つようにできている筈だけど)
そうして勝ち上がり、スカーレットが次の相手を待っていると、なかなか次がやってこない。司会の男がなにやら関係者と思しき者たちと話し込んでいるようだ。
話がまとまったのか、司会の男が会場に声を上げた。
「え~~、謎バニーの活躍が凄い! 大番狂わせだァ! 大番狂わせには大番狂わせをぶつけろということで、次の相手は特別ゲストだ!」
司会が手を振り、舞台の奥を指し示す。
舞台奥に張られていた幕がゆっくりと上がり、のしのしと舞台を震わせて、それは現れた。
会場が静まり返る。
人の形はしていた。しかしその背丈は人の二倍ほどあるだろうか。異様に長い胴体をしている。肌の部分は全て闇のように黒く、光を反射しない。
北部でそれと出会った時の恐怖が蘇る。
──魔物だ。
「スカーレット!」
セスが叫んだ。その声に会場内が意識を取り戻し、歓声と悲鳴が轟く。
(そこまでしてスカーレットに勝ってほしくないのか!?)
「スカーレット! 魔物です、逃げてください!」
セスは声を振り絞った。
舞台上のスカーレットは、ウサギの飾りを外して放り投げ、魔物から目を離さずにセスへ聞いた。
「セス! ──これはどうやって倒せる?」
セスは目を見開く。だが驚いている暇はない。
「とにかく身体を破壊してください!」
「それなら得意だ」
スカーレットは不敵に口角を上げた。不気味な異形を前に拳を構えながら近付いた。顔の位置に目はないが、魔物がスカーレットを見た。
「スカーレットさん!!」
ルカが悲鳴を上げる。
パン!
乾いた音が響いた。
燃えるような赤髪が揺れる。スカーレットの拳が魔物の腹を打ち抜いたのだ。真っ黒な身体にこぶし大の孔が開き、魔物はあっけなく崩れ落ちた。魔物の身体から黄色に輝く魔石がごろりと転げ出る。
うえええええ!!???
一瞬で勝負がつき、観客の男たちは顎を外して驚いた。
司会の男が驚愕する。
「そんな、あの魔物を呼ぶのに高い金払ってるんだぞ……!?」
スカーレットは司会を睨みつけた。
「魔物を所有するなんて! 何を考えているんだ!」
「ひいぃッ! お、俺が決めたんじゃない! 俺はただ雇われてるだけで……」
魔物すら破壊する拳である。司会は青褪めて後退った。
「魔物を使うなんて、もはや王都の平和を脅かす存在だ。騎士団を呼ぶ!」
「あ、あんたに関係ないだろ! 出て行ってくれ!」
司会の男が叫ぶ。スカーレットは髪をかきあげた。
「私は王都騎士団が一人、スカーレット・シエンナである!」
「はああ!?」
マジかよ! やべえ、逃げるぞ! 会場の中で後ろ暗いところがある者は慌てて駆け出した。
「セス! ピカッとしてくれ!」
スカーレットが舞台上から呼ぶ。
「ああ、もう!」
セスは親指を噛み切って血を滴らせると、光魔法の<法式>を手に書きつけた。それを見てルカが自身の目を覆う。
視界が白で覆いつくされた。
「ギャーっっ!!!」
閃光が逃げ惑う男たちの目を焼いた。ごろごろと地面を転がり回って悶えている。今の閃光は地上にも届いている。じきに騎士団が駆け付けるだろう。
セスは塞いでいた目を開け、視界が戻ると舞台に目を向けた。
(普通は、魔物を地下まで連れてくることができるはずがない。何か仕組みがあるはずだ)
「ルカ、危ないけどついてきて。行かなくてはいけない」
「う、うん!」
セスはルカの手を引き、会場が混乱している隙に舞台裏へ向かった。
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