五章 恋人たちと試練の武闘会

第28話 天下地下一武闘会


 冬枯れの街に軽やかな声が響く。


「兄ちゃん、スカーレットさん、あれは何?」

「うむ、あれは中に挽き肉が入った饅頭だな。肉が大きいものが私は好きだ」

「美味そう! あれは?」

「あれはドーナツと言って、油で揚げた丸いケーキみたいなものだ」

「なにそれ美味しそう! 兄ちゃん、買って良いよね?」


 ルカは傍らの兄を見上げた。セスは聞いているだけで胃もたれしそうだ。ワイアット兄弟はスカーレットを伴い、王都キルクスバーグ第二区を散策していた。

 これは、最近すっかり自立心の芽生えたルカが、両親に外出の許可を掛けあった結果である。保護者と護衛を同伴するなら、と許可が下りたのだ。

 という訳でルカは兄の手を引いて自由を謳歌していた。


「食べきれるの?」

「任せてよね! 成長期の食欲は凄いんだから」

「分かった。じゃあ買ってくるから、」


 セスは繋いでいたルカの手をスカーレットへと渡した。


「ルカをお願いします」

「うむ! 責任重大だな」


 スカーレットはルカと手を繋ぐ。ルカは年上の異性と手を繋ぐことに照れているのか、急に押し黙った。セスはそれを見届けて屋台の方へ向かった。

 スカーレットはもじもじとしている少年に微笑みかける。


「きみたちは本当に仲が良いね」

「そ~かな? 兄ちゃんが心配性なだけって言うか、弟離れできてないだけだし」


 ルカの物言いにスカーレットは噴き出した。普段淡々としている印象のセスが「弟離れできていない」と表現されるのが可笑しかったのだ。ルカはそれからやや躊躇った後、こっそりとスカーレットに耳打ちした。


「……あのね、スカーレットさん。実はオレの家庭教師はね、昔めっちゃ嫌な奴でさぁ。その時はか弱い美少年だったオレは結構いじめられてたんだよね。その時教師を追い出してくれたのがメイドのキャシーって人と兄ちゃんだったの」


 スカーレットはびっくりしてルカの顔を見つめた。言いにくいのか、唇を尖らせている。


「だからオレ、兄ちゃんは絶対オレの味方って信じてるんだ。えっと、だから、つまり……」


 スカーレットは続きを待った。


「スカーレットさんが兄ちゃんのこと好きになってくれて嬉しい! 兄ちゃんもスカーレットさんに出会ってから楽しそうだし!」

「そうだと良いのだが……」


 スカーレットは言葉を濁した。自分とセスは「契約上」の恋人同士だ。何やら事情がありそうなスカーレットの物言いにルカは恐る恐る尋ねた。


「スカーレットさん、もしかして無理して兄ちゃんに付き合ってる……!?」

「いや! そんなことないぞ! 安心してくれ」


 スカーレットは慌てて笑顔を作った。彼女の本心で言えば、彼と過ごす時間は楽しい。むしろ、魔力が無いという特殊な体質を知り、ますます放っておけなくなってしまった。


(私が力になれたら良いのに……)


 彼女は心の中で独り言ちた。






 ドーナツを片手にルカは上機嫌で街を歩く。


「美味しいかい?」

「うん! チョコレートがかかっているのが好きだなぁ。スカーレットさんも美味しい?」

「美味しいとも」 


 スカーレットは肉饅頭を頬張っている。一口が大きいのにどこか上品なのは流石だ。蒸したてを熱がらずに大口でいけるなんて、とセスは密かに感心した。


「それにしても、兄ちゃんも自分の分を買い忘れるなんて、天然だよねぇ」


 セスは返答に迷った。

 ルカやスカーレットが好きそうなもの、と思って食べ物を買ったのだが、自分が食べるという発想が無かった。二人分しか買わなかったセスに二人が驚いて、初めて失敗した、と思ったのである。


(こういう時は自分の分も買うんだな)


 でも別に何も食べたくないし……と心中で言い訳してしまう。


「しょうがないからオレの一口あげる」

「えっ」

「はい口を開けて~」

「いや、えっと」

「早く!」


 セスは言われるまま口を開け、その中にルカは千切ったドーナツを放り込んだ。甘い。


「美味しいでしょ?」


 セスは咀嚼しながら頷いた。ルカは満足気である。

 それを見ていたスカーレットはふむ、と手元の饅頭に視線を落とした。


「セス、私もあげようじゃないか」

「え、いいです」

「なんでそうなるんだ!」


 流石にそれは何と言うか、恥ずかしい。スカーレットは眉を吊り上げたまま、ずいと饅頭を差し出した。


「ほら」


 セスは思わず顔を逸らした。しかしスカーレットは全く引く気が無い。その上、セスの腕をがっちりとホールドしてくる。

 ええい、ままよ! とセスは饅頭に嚙みついた。一口食い千切って急いで顔を離す。


「美味しいかい?」

「たぶん……」


 それどころではなくて、全然味が分からなかった。それでもスカーレットは満足気に目を細める。そこで彼女は顔を背けているルカに気付いた。


「ルカくん?」

「さすがに身内のそういうのはキツイなって……」

「ルカくん?!」


 スカーレットは驚愕した。

 手元の、小さく齧られた饅頭と俯くセスとを見比べて、カッと頭に血が上る。


(いや、これ、か、間接……! 間接キッスが肉まんって……! もっと可愛らしいものにすれば良かった!)


 スカーレットは今更になって悶えた。二人のやり取りをぼんやりと眺めていたセスは、内心ちょっぴり後悔した。


(やっぱり僕も買えば良かったな。そうしたら二人にあげられたのに)


 二人だったらきっと思い切り齧り付くんだろうな、と想像して、セスは考えるのを止めた。




 露店では様々なものが売っている。

 商品自体も目を引くものが多いが、店主の<ギフト>を活かしたパフォーマンスも新鮮だった。物を拳一つ分ほど浮かせられる力なんです、と笑いながらアイスクリームを浮かせている者など、実に商魂たくましい。

 ルカはふと兄を見上げた。弟の視線に気付いてセスは首を傾げる。


「そういえば、兄ちゃんの<ギフト>ってどんなのなの?」


 ルカの何気ない問いにセスは身を固めた。


(僕は『模倣』の<ギフト>を持っているはずだけれど……)


 彼が本当に子供だった頃、彼は変身魔法として『模倣』の力に目覚めた。騎士として戦いに身を投じる中で、他人の<ギフト>を模倣することも可能になった。

 しかし時が戻ってからは、なんとなく<ギフト>を使う気にならず、この身体で『模倣』ができるのか試してすらいない。前回の人生において、変身魔法でキャシーを傷つけてしまったことから、変身魔法自体が苦手になってしまっている。

 セスが答えないことにルカは何かを悟ったらしい。


「ごめん! デリカシーがないよね! オレだって最近使えるようになったんだもん、<ギフト>が目覚めるタイミングなんて人それぞれだよね」

「えっと、まあ、そうだね」


 どうやらセスが<ギフト>に目覚めていないと受け取ったようだ。どう説明するべきか迷っていたので、セスは彼の勘違いをそのままにしておくことにした。


「それにオレ、個人が使える特別な魔法より<法式>の方が気になってるんだよねぇ。皆が誰でも同じ魔法を使えるってすごいことじゃん」


 話していて照れてしまったのか、ルカは無理やり話題を変えた。


「えっと、それより! もっと他のこともしたいな。え~っと、ほら、これとか面白そうじゃない?」


 適当に目に入った張り紙を指差す。地下への階段を差した張り紙を見て、スカーレットは眉を寄せた。


「『天下地下一武闘会。優勝者には豪華賞品が待ってるよ』……?」

「なんですか、その胡散臭いやつ」

「だってこう書いてあるんだもの!」スカーレットは弁明した。改めて張り紙を見つめる。「どうやらこの下で行われているようだな」


 丁度そこへ、彼らの横を人相の悪い男たちが通り過ぎた。

「今回は俺が勝つぜ」「誰に賭けるよ?」「今回は珍しい宝石もあるらしいぜ。超でかいって!」「マジかよ」などと話している。そのまま地下への階段を下りて行った。

 彼女は眉を顰めて男たちを見送ると、張り紙を眺め、何事か考えているようだった。それから兄弟を振り返って意味ありげに微笑みかけた。


「行ってみようじゃないか」


 セスは首を横に振る。


「それはいけません。明らかに怪しい」

「私が君たちを守るから大丈夫だよ」

「僕はルカだけではなく、あなたのことも心配しているんですよ。スカーレット」


 セスの言葉にスカーレットはぐっと言葉を詰まらせた。頬を染め、セスから視線を外す。


「それでも……どうしても行きたいんだ。お願いだよ、セス」

「兄ちゃん、良いじゃん! スカーレットさんが一緒に居て危ないことなんて無いって!」


 セスは眉根を寄せたままだ。スカーレットは痺れを切らした。


「~~~っ分かった、私だけで行く! 先に帰ってくれ!」

「スカーレット!!」

「スカーレットさん!」


 そしてそのまま地下へと駆け下りていった。ルカはセスの手を引き、慌てて後に続いた。




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