二章 恋人たちと試練の舞踏会

第11話 試練

 騎士団の執務室はじんわりと蒸し暑い。

 スカーレット・シエンナは祖父からの手紙を読み返して溜息をついた。


 彼女は騎士の名家に生まれ、怪力を操る<豪腕>のギフトを持つ、根っからの騎士である。彼女は騎士を天職と思っているが、周囲は彼女に別の生き方を求めているらしかった。

 祖父が彼女に突きつけた難題はこうだった。


「今度の舞踏会に恋人でも連れてきなさい。それができないなら、そろそろお見合いを受けたらどうか」


 スカーレットにとってくだらぬ価値観である。しかし祖父は引退しているが未だ騎士団に影響力を持つ人物だった。孫娘が王都で騎士を続けられないよう手を回すことも容易だろう。それに、全てを切り捨てるには祖父に対する愛情もあり、無視することもできなかった。


(こんなことを相談できる相手も居ないし……)


 いや、本当は一人だけ思い当たる人物がいる。

 たった一日しか一緒に過ごしていないのに、何故か頭から離れない男。

 きっと、あんな後味の悪い別れをしたからだ。


「よし!」


 スカーレットは腹を決めた。どちらにせよ動かねばならないのだ。

 彼女はペンを握ると、銀髪の魔法使いに手紙を綴った。


 ◆


 スカーレットから訪問の報せを受けワイアット邸は騒然とした。

 というより、メイドのキャシーとルカが勝手に盛り上がった。「セス坊ちゃんに女の子のお知り合いが!」「脈ありだったんだね兄ちゃん!」という次第である。

 ひとしきり歓迎され、応接室のソファーで居住まいを正すとスカーレットはこう切り出した。


「今度騎士団で舞踏会が開かれるんだが、恋人役として一緒に参加してほしい」


 スカーレットは事情をかいつまんで説明した。騎士を続けるためには舞踏会に恋人を連れて行き、祖父を納得させなくてはならない。


「事情は分かりました。しかし、何故僕に?」


 セスはさすがに疑問を呈さずにはいられなかった。彼女と関わったのは先の連続殺人事件の、たった一日である。

 スカーレットはやけにスラスラと理由を述べた。


「騎士の同僚に頼むと後々やっかいだろう。下手するとすぐに結婚の運びになってしまう。その点、君は魔法使いの家系だから祖父も口を出しにくいし、年齢的にも丁度良いし、条件が良いのだ」


 なるほど。セスは納得する。


「……お見合いを受けないのですか?」


 一等好きな女性に聞きたくないことだが、本当に嫌だが、セスは確認した。


「騎士をやることに理解のある男なら良いが、こんな条件を出す祖父が連れてくる男がそんなはずないだろう」


 なるほど。


「お見合いだけ、と受けて、そのまま結婚させられるかもしれない。もしそんなことになったら私は……」


 スカーレットは未来を想像して拳を握った。


「家を飛び出すかもしれない。騎士を続けられる場所を探して」


 セスはわずかに瞠目した。


(こういう経緯だったのか)


 回帰前もスカーレットは王都騎士団を経て北部の騎士団に転属していた。その理由が祖父からの結婚の圧力だったのだ。ということは……。


「ということは、今回お祖父さんを納得させられれば、王都で騎士を続けられるのですね?」

「そういうことだ」

「スカーレット卿は、王都騎士団で、ずっと働きたいんですよね?」

「だからこんな頼み事をしてるんだが」


(お見合いを回避できれば、スカーレットは北部に来る必要はなくなる!)


 そもそも北部の騎士にならなければ、【厄災】と戦うこともない。そうしたら【厄災】に殺されることもない。

 セスは震えた。手の震えを誤魔化すために膝の上で拳を固める。


「是非、是非、協力させてください」

「本当か!? 我ながら無茶なお願いだと思ったんだが……! ありがとう!」


 スカーレットは飛び上がって喜んだ。身を乗り出してセスの手を取る。セスはぎくりと身を固くした。それに気付かずスカーレットは浮かれている。


「恋人らしく振る舞う練習もしなくてはいけないな! 出会った経緯も口裏を合わせよう」

「は、はい」

「それから、私のことはスカーレットと呼び捨てにしてくれ」


 セスは一瞬呼吸を止めた。スカーレットの期待するような瞳に見つめられ、勇気をもってその呼び方を口にする。


「──スカーレット」

「うん。よろしく、セス」


 スカーレットは満足そうに微笑んだ。












 ちなみに、ルカたちに「恋人として舞踏会に行くことになった」と端的に結果を告げると、「展開早っ!?」とひっくり返った。


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