第12話 舞踏会
舞踏会当日。
夕方になり、セスを迎えに来たスカーレットはドレス……ではなく、騎士団の式典用の制服だった。
白い燕尾服のような形で、手には白手袋を嵌めている。前髪を撫でつけ、豊かな赤毛はきっちりと三つ編みに纏められている。男でも並ぶのを気後れするほど貴公子然としていた。
「正装だからな。気合を入れてきた」
「綺麗だな。格好いいですね」
セスはうっかり本音が零れた。
「ありがとう。恋人のフリが板についてきたんじゃないか?」
セスが恋人役に徹していると解釈したようで、スカーレットはほんの少し照れながら笑う。
セスはほっとした。
自分の、彼女に対する気持ちが重いことをセスは自覚している。正式な恋人でもない相手からこんな感情を持たれていると知ったら、さすがのスカーレットでも気持ち悪いだろうと考えたのだ。
向こうが勝手に良いように解釈してくれる恋人役という立場は、なかなか便利かもしれない。セスは気持ちを切り替えて腕を差し出す。
「さあ、行きましょう」
「ああ」
セスの腕を取り、スカーレットは「それから」と続けた。
「きみも格好いいぞ」
「どういたしまして」
気のない返事にスカーレットは唇を尖らせた。
「きみがスカーレットの恋人かね」
会場で紹介されたスカーレットの祖父フェルディナント氏は、まさに「老いてなお健在」という雰囲気の老人だった。白い口髭が天を向き、鋭い眼光がセスを観察している。
「お初にお目にかかります。セス・ワイアットです」
「彼は魔法使いで、えっと、仕事でも色々お世話になっているのよ」
スカーレットは組んだ腕を引き寄せてセスに密着する。ふむ、とフェルディナントは口髭を撫でる。
「なんと……か細き生き物!」
「か、か細き生き物」
初めて形容された言葉に思わず復唱してしまった。
「いや失礼。今までの男とは違う雰囲気だったので驚いてしまった。……ところで、婿殿」
むこどの。さっき恋人として紹介されたはずなのだが。
「きみはスカーレットの職業についてどう思う?」
セスは硬直した。
これはどう答えるべきだろうか? フェルディナント氏が封建的な考えの持ち主なら、彼の意に添うように答えた方が賢明だろうか。
隣のスカーレットに視線を遣る。不安そうにこちらを見上げている。それを見ていたら自然と言葉が出ていた。
「僕は、……騎士として働いている時の彼女が、一番美しいと思っています」
セスは連続殺人事件の時を思い出しながら続けた。
「初めて彼女と会った時、他の騎士と意見が対立した彼女は「誰の味方なんだ」と聞かれて、間髪入れず「市民の味方だ」と答えたんです。彼女にとっては何気ない言葉だったのでしょう」
セスは老騎士を正面から見つめる。
「そういう答えが自然に言える人だから、僕は彼女が好きなんです」
フェルディナントはセスの言葉に目元を和らげた。
「そうか。……頑固で無鉄砲だが可愛い孫娘だ。よろしく頼む」
そう言ってセスの肩に手を置き、スカーレットに視線を送ってから去って行った。
詰めていた息を吐く。納得してもらえたのだろうか。スカーレットを向くと、顔を真っ赤にして震えていた。
「き、きみは……! 恥ずかしげもなく!」
「すみません。あの、これで大丈夫なんでしょうか。なんか婿殿って言われたんですけど」
「それも! うまく否定してくれ! ややこしいことになるだろうが!」
「すみません」
スカーレットは大きく息を吐いた。手で扇いで頬を冷ます。
「いや、こちらこそすまない。取り乱してしまった。ひとまずお祖父さまは納得してくださっただろう」
それなら良かった。セスは胸を撫でおろした。
これでセスの任務は終了したわけだが、どうしようかとスカーレットに視線を送る。プログラムで言えばこれから楽団たちによる演奏が始まり、ダンスが始まるのだが。そんな二人の元へ近付く集団があった。
「スカーレット様ぁ~~!」
胸に薔薇を差した淑女たちがスカーレットの前に並んだ。
スカーレットのファンクラブ『赤薔薇の会』の淑女たちである。ドレスをつまみ、彼女たちはスカーレットに一礼した。
「ご機嫌麗しゅう、スカーレット様」
「ごきげんよう、私の薔薇たち」
『赤薔薇の会』の同志たちはうっとりとスカーレットを見つめた。薔薇色に頬を染め、瞳を潤ませている。
「いつも凛々しくいらっしゃるけれど、本日はより一層、麗しくいらっしゃって……! わたくしども、感極まっておりますの」
「スカーレット様の冴えるような美しさと、華やかさの黄金律!」
「薔薇の貴公子と呼んでも過言ではありませんわ」
同志たちは口々に褒めそやした。彼女たちの勢いに半歩引いていたセスだったが、概ね同意である。
『赤薔薇の会』の一人が、もじもじと指を遊ばせている。意を決したのか、スカーレットへ一歩近づいた。
「スカーレット様! どうか、わたくしと踊ってくださいませ!」
ダンスの申し込みをされたスカーレットはセスに視線を送った。
セスは「どうぞ」と手で示す。騎士道精神に溢れる彼女なら、勇気を出した女性を断ることはしないだろうと考えたからだ。
スカーレットの瞳に、傷ついたような、どこか繊細な色が過ぎった。
しかし彼女は、すぐに完璧な微笑みを作る。
「喜んで、お相手させて頂こう」
淑女たちから歓声が上がった。
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