第10話 帰着

 すっかり日も暮れてしまった。

 騎士たちから謝罪と感謝を受け、ワイアット兄弟は家へと送り届けられる運びとなった。


「危険な目に遭わせてしまって本当に申し訳ない」


 騎士団から出された馬車の中、スカーレットはルカに頭を下げた。当のルカは未だに顔を伏せている。もう泣き止んでいるのだが、女性に泣き腫らした顔を見られるのが恥ずかしいのだ。


「別に、オレも一人で外に出ちゃったから、気にしてないです」

「ありがとう。二度とこんなことがないように努めるよ」


 馬車が緩やかに止まる。


「きみとお兄さんのお陰で事件を解決することができた。これ以上悲惨な被害を出さずに済んだんだ。本当にありがとう」


 やっと落ち着いたらしいルカが、不安そうにスカーレットを見上げた。


「うん。それ、うちの母さんにも説明してほしいんだけど。母さん結構心配性だから……」

「もちろんだ! 夫人には先に報せを送っているけれど、直接説明しなくてはいけないな」


 セスが玄関を開く。


 重い鉄扉が動き、その隙間から、セスの顔めがけてティーカップが飛んできた。


 ガチャン! 


 音を立ててカップが扉にぶつかる。砕けた破片がセスの頬をかすめた。

 スカーレットは何が起きたのか理解できなかった。

 室内から金切り声が響く。


「ルカを連れまわすなんて何を考えているのッ!! セス!! 私への嫌がらせのつもり!?」

「母さん!? やめて!」


 ルカが声の元へ走る。その背中を見ながら、セスは未だに硬直しているスカーレットへ声を掛けた。


「スカーレット卿。ここまでで結構です」

「しかし!」


 室内で食器の砕ける音がする。この家の中に彼を帰してよいのか、スカーレットは躊躇った。


「今日は色々とありがとうございました。……不謹慎だけど、実は少し楽しかったです」


 そう言ってセスは中に足を踏み入れた。

 鉄扉が閉ざされる。スカーレットは立ち尽くすほかなかった。

 夜の闇の中、ワイアット邸は不気味なほど静かに佇んでいた。





 ◆

 ルカやメイドのキャシーがワイアット夫人をなだめ、一日の終わりがようやく訪れた。そんな折、セスの部屋の控えめに扉がノックされる。

 扉を開けてセスは目を見張った。


「……ルカ?」

「兄ちゃん、一緒に寝て良い?」


 こんなことは初めてである。しっかり枕を持参してきた弟を、セスは戸惑いながらも迎え入れた。いそいそとベッドに乗り上げる弟に不思議な気持ちになる。布団を掛けてやりながら思わず口にしてしまう。


「小さい子供みたいだな」

「オレ、もう11歳だよ。来年には寄宿学校行くんだから、めちゃくちゃ大人だし」


 セスはしげしげとルカを見つめた。もうそんな歳だったか。ルカはわざとらしく溜息をついた。


「今日分かったけど、兄ちゃんって結構適当だよね。繊細な弟心をちっとも分かってないよね」

「それは本当にごめんなさい」


 騎士団の詰所でのやり取りを思い出し、セスは素直に謝った。よろしい、とルカは鷹揚に頷いた。

 セスは寝台に上がり、サイドテーブルの明かりを消す。暗闇の中しばらく沈黙が落ちる。


「……ねえ、母さんが兄ちゃんに当たりが強いのってさ」


 ルカは言葉を探しながら口火を切った。セスはどこから説明したものか悩む。


「僕のお母さんは、権力争いに巻き込まれて、ワイアット家とは別の魔法使いに殺されたんだ」


 ルカは息を呑んだ。


「魔法使いの家は後継者争いで手段を選ばない所が多い。だからあの人も神経質になるんじゃないかな。ルカは後継者だし、危険が付きまとう」

「でもあんなに兄ちゃんに冷たくしなくても良いのに」

「僕の見た目が不良だから、大切な息子が誑かされると思ってるんじゃない?」

「だから言い方さあ!」


 あんまりな言い草にルカは思わず笑ってしまった。それから今日考えていたことを口にする。


「オレさ、魔法に興味無かったんだけど、今日魔法に助けられたでしょ? みんなが誰でも魔法を使えるようにするって、すごいことかもなぁって」


 それから決意をもって続きを言葉にした。


「魔法の勉強頑張ってみようかな」


 セスは何も言わなかった。

 ルカも自分の考えを言って満足したのか、瞼を閉じた。






 それからワイアット家に大きな変化はない。家庭の中にはやはり繊細な空気が漂っており、お互いがそれに触れないようにしている。

 ただ変わった点を挙げるとすれば、後継者である次男が魔法の授業を抜け出さなくなったこと。そして、兄の部屋を尋ねる時に窓を使わなくなった、ということである。

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