第9話 贈り物の魔法
「うっ……」
ルカは体の痛みで目を覚ました。
体を起こそうとして、後ろ手に縛られていることに気付く。床にうつ伏せで転がされていて、身をよじるが足首も纏められていて動けない。
「えっ、何?! どこ!?」
慌てて辺りを見回す。暗くて分かりにくいが、小屋だろうか? あまり使われていないのか埃っぽい。それに、妙に生臭い。
「えっと、どうしてこうなったんだっけ?」
記憶を辿る。確か兄たちが事件を調査することになり、騎士団の詰所に預けられた。急に知らされた事実に戸惑い、気持ちを落ち着けるために外の空気を吸い出たのだ。
そこで声を掛けられ、振り返ろうとして後頭部を殴られた。
「おや、目が覚めましたか」
「!」
ルカは意識を目の前に戻した。伏せたまま顔だけ上げて相手を睨みつける。
「何これ! 占い師っていうのは嘘だったの!? おじさん!」
黒いベールを被った男は口元をいやらしく引き上げた。
それは大通りで声を掛けてきた、路上占いの男だった。
「嘘ではありませんよ。俺は人の魂の輝きが見える、特別な力を持っているんです。その輝きを見て人の今後を占っているんですよ」
男はルカの身体を蹴飛ばす。ルカの身体は転がり、仰向けになる。
のしっ、と男はルカに跨った。懐からナイフを取り出し、ルカの胸に突きつける。
喉奥から悲鳴が漏れた。
「知っていますか? 魂の輝きが強い人ほど、魔石は美しく大きいのです。私は美しい魔石を愛しているのです。だから魂の輝きが強いものだけを、ほんの少し頂いているんです」
男はナイフの切っ先でとんとんとルカの胸を叩いた。
「……ギ、ギフトだよ」
「はい?」
歯を鳴らしながらルカが声を上げる。男は首を傾げた。
「ひ、人にはそれぞれ、<法式>を使わなくても本能的に使える魔法があるって。魔法使いはそれを贈り物の魔法、<ギフト>って呼ぶんだ。……そう、に、兄ちゃんが言ってた」
にいちゃん、と口にする時、ルカは舌が震えた。
この話をした時、兄はやけに真剣な眼差しだった。大切な話なのだと、魔法に関心が薄いルカでも記憶に残っていた。
「お、おじさんの言う特別な力ってのは、きっと、相手の魔石が直接見える魔法なんだよ」
会話をするふりをして、ルカは男にのしかかられたまま顔を上げる。視界が滲むが、なんとか視線を自身の胸元へ向ける。それが胸ポケットにきちんと入っているか確認したかったのだ。
「ほう、それは素晴らしい。まさにあなたは私への贈り物という訳だ」
男がナイフを振りかざした。
──いざというときのお守りだから
ルカは目を強く閉じ、胸元に入れた兄からのお守り──<法式>が書かれた紙に魔力を注ぎ込む。
突き刺さるほどの閃光が、周囲を真っ白に染めた。
◆
同時刻。王都の空に光が伸びる。
一瞬周囲を真っ白に染めた閃光は、小屋が立ち並ぶ路地が光源のようだった。
「ルカッ!!」
光に向かってセスは走り出した。あまりにも強烈な光に呆然としていたスカーレットも慌てて追いかける。
「今のは!?」
「ルカに渡した<法式>の光魔法が発動したんです!」
路地に入り、窓の隙間から光が溢れる小屋を見つける。ドアに手を掛けるが内側から施錠されている。
「クソッ!」
「どきたまえ」
スカーレットがドアノブを掴むセスを制し、右手を握り締め、振りかざす。
「私の特別の魔法は、<豪腕>と呼ばれている」
そのまま木製のドアを殴り抜けた。
爆発でも起きたのかと思うような音だった。砂埃と共にドアが内側へ吹き飛ぶ。
小屋の中で、閃光を正面から受け、男が目を押さえて悶絶している。その傍らに転がる、縛られた弟を見つけてセスは駆け寄った。
「ルカッ!!」
「にいちゃん!!!」
転がされた体を起こしてやって、怪我が無いか確認する。ルカが身をよじるので急いで縄を解いてやった。腕の拘束が解けた途端ルカはセスに飛びついた。
「にいちゃんっ!!! めっちゃくちゃ恐かった!!!!」
ルカの瞳からぼろぼろと涙が零れる。
セスはその小さな頭を掻き抱いた。間に合って良かった。
「ルカ、良かった……。よく頑張ったね」
ルカは今度こそ号泣した。大声で泣いて顔をセスの身体に埋める。脚まで使って全身でセスにしがみついてきたが、セスはそのまま弟の背中を撫で続けた。
そんな彼らの後ろで、スカーレットは占い師の男を縛り上げる。兄弟の様子を見てほっと胸を撫でおろした。
破壊されたドアから他の騎士たちも駆けつけてくる。
その後、小屋の中からこれまでの被害者の物であろう魔石が発見され、男は騎士団に連行された。
男は大通りで道端占いをしながら人々を観察し、ターゲットを物色していた。「魔石を直接見ることができる」という特別な魔法を使って、魔力量の多い相手を見つけると、占いと称して路地へ連れ込んでいたのだった。
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