第8話 赤薔薇の会
<魔法>とは<魔力>と<法式>からなる。
<法式>という、魔法を起こすための特殊な文字列に魔力を流せば魔法は発生する。
この国の多くの道具には、法式があらかじめ刻まれており、魔力を流せば誰もが魔法を使って道具を扱うことができるのだ。
では魔法使いとは何か?
<法式>の知識を修め、人々の生活を豊かにするよう努める者である。彼らが<法式>を整備、維持することによって、<法式>の知識のない人々も豊かな生活を送ることができる。
現在の魔法使いは、こういった技術職の面が強い。
セスは懐からペンを取りだすと、切っ先で台座に文字を刻む。錆と銅製の台座の表面が削れる。小指で屑を払うと、セスはランプをスカーレットに差し出した。
「どうぞ」
ぼんやりと作業を見つめていたスカーレットは、はっとランプに焦点を当てる。
「ああ。ありがとう」
ランプを受け取り、魔力を流した。炎を灯すのではなく、光魔法を生じさせてランプの中に閉じ込めるものだ。暖色の光に照らされ、スカーレットの頬が赤く染まった。
「すごいな、魔法使いって!」
「どういたしまして」
気のないセスの返事にスカーレットは不服そうに眉を寄せた。しかしそれを咎める間柄でもない。頭を振り、彼女は思考を切り替えた。
現場を照らしながらスカーレットがセスに問う。
「セス、今のところ、きみはどう思う?」
「魔石自体を目的としていて、被害者が子供や若い女性……。考えられるのは、一つは殺しやすいから」
殺す、という
「魔法使いが犯人なら話は別ですけど、普通に刃物で人を殺すなら自分より弱い相手を選びますよね」
スカーレットが頷く。
「もう一つは、若い人の方が魔石に含まれる魔力量が多いことです」
セスは自分のピアスを一つ外してスカーレットに見せた。金具に緑色の魔石がはめ込まれ、肌に直接触れるように加工してある。
「これは動物の死体から採集されたものです。生き物はすべて、体内に魔力を宿す魔石を持っています。だから人々はみんな、魔力を有していますよね」
セスは掌でピアスを転がした。緑色の光が反射する。
「あまり周知されていませんが、魔石に宿る魔力は有限です。この国の人は生活のほとんどで魔法を使っているので、本当は少しずつ魔力を消費しているんです」
「でも、それだと魔力が無くなってしまわないか? 私は日常生活以外にも、特別に魔法を使っているんだが」
特別な魔法については後程触れるとして。
セスは講義を続けた。
「完全に魔力がなくなることは滅多にないと思いますよ。人の魔石に含まれる魔力は、人の一生では使い切ることはできない程なんです。それでもやはり、子供と老人では含有量に差が出てきます」
スカーレットは彼の言いたいことを理解した。
「つまり、より魔力を多く含んでいる魔石が目的、ということか!」
「恐らくは。被害者にほかにどんな共通点があるのか分かれば、犯人が見えてくるかもしれません」
と、話している二人に、とある集団が押し寄せた。
「スカーレット様ぁ~~! お仕事お疲れ様ですぅ~!」
赤いバラを胸に差した、うら若き淑女たちだった。
彼女らはスカーレットに駆け寄ると、スカートの裾を摘まんで一礼した。号令もないのに一斉に挨拶を口にする。
「ご機嫌麗しゅう、スカーレット様」
スカーレットは口元に笑みを湛えた。それは先程までの親しげな表情とは違う、完璧な笑顔だった。
「ごきげんよう、私の薔薇たち」
そして上がる黄色い歓声。
異様だ。
セスは気付いたら数歩後ろに下がっていた。スカーレットは完璧な笑顔のままセスを振り返った。
「紹介しよう。彼女たちはいつも私の応援をしてくれているんだ」
「ごきげんよう。わたくしどもは『赤薔薇の会』。スカーレット様を陰ながらお支えすることを悦びとする、同志の集いですわ」
一言一句同じ内容をそれぞれの口が唱える。セスはもう一歩下がった。
「えっと、つまり、スカーレット卿のファンの人たちですよね」
「わたくしどもは『赤薔薇の会』。……スカーレット様、失礼ながらこちらの方は?」
彼女たちはセスを胡乱気に見た。
「彼は今回の事件の協力者なんだ」
まあ、そうでしたの。『赤薔薇の会』の同志たちは一様に微笑んだ。どこか安心したように胸を撫でおろす。
「スカーレット様。今回の連続殺人事件の被害者について、同志の皆さんで調べてまいりましたの」
「いつもありがとう」
上がる黄色い歓声。
「スカーレット様のお役に立てるのならこれ以上の喜びはございませんわ! 被害者について調べるのは難しくもございましたが──」
彼女たちの調査報告をかいつまんでまとめると、こうだ。
被害者は2区に住む商人の子供、貧民街の子供、観光で田舎からやって来た女性。彼らに共通点は無く、事件直前の目撃情報もバラバラだった。時計広場、劇場、ブティック……。
「これって、全て大通りを通らないといけませんね」
セスがそう口にした時、一人の騎士が息を切らして走ってきた。
「スカーレット! ワイアット! ルカくんが居なくなった!」
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