第7話 僕の母さん


「オレもついて行く!」


 ルカは物語のような冒険のにおいに大いにはしゃいだ。セスはバッサリと切り捨てる。


「駄目に決まってるでしょ」

「なんでぇ!」

「殺人事件なんだよ。ただでさえルカはワイアット家の後継者で危険なんだから、騎士の皆さんとここで待ってるんだ」


 やだー! ルカは地面に転がって暴れた。本気の駄々をこねている。

 だってこんな機会、もう二度とない!

 ルカは、兄が自分に大概甘いことを知っている。本気で押せば今朝のように折れてくれるはずだ。


「駄目だ」

「えっ」


 想定よりずっと冷たい声音で断られ、ルカは動きを止めた。恥ずかしくなって身を起こす。セスも、自分が思ったよりも冷たい声が出てしまい反省した。屈んでルカと目線を合わせる。


「意地悪で言ってるんじゃない。本当に命の危険があるんだ。……そもそも僕の母さんが死んだのだってワイアット家だからで」

「は?」


 ルカはセスの言葉を遮った。


「えっ? なになに? ちょっと待って」


 二人は瞬きをして見つめ合う。


「えっ、なに? 『僕の母さんが死んだ』って何? えっとぉ~、だって母さんは生きてるじゃん」


 あっ、とセスは引き攣った。ひんやりとした空気が詰所に流れた。


(やばい、ルカはまだ知らなかったのか)

「なんかその言い方だとさ、兄ちゃんの母さんが居る……みたいじゃん?」


 ルカは、兄が不謹慎な冗談を言ったのかと思った。しかし本気で困り果てている兄の表情を見て、段々血の気が引いていく。

 騎士たちは自分たちの詰所で急に始まった、センシティブな家庭の事情に固唾を呑んだ。

 セスはできるだけ衝撃が少なく説明できるように、言葉を探した。


「僕とルカの母親は違います」

「なんだよそれ!! 言い方があるだろ!!」


 それはそう。

 しん、と騎士たちは静まり返る。セスは立ち上がり、うずくまるルカを手で示した。


「では、ルカをお願いします」


 王都騎士団たちは丸投げされた。




 ◆

「きみ、繊細そうな顔して随分とデリカシーがないな」


 セスに続いて詰所を後にしたスカーレットが思わず突っ込む。ぐうの音も出ない。


「私から頼んでおいてなんだが、弟君を置いてきて良かったのかい? 二人で話し合った方が良さそうだが」

「いずれは分かることですから。これでルカが僕を嫌いになるなら、それは仕方のないことです」


 スカーレットは意外な気持ちでセスを見た。仲の良さそうな兄弟に見えたのに、結構複雑な家庭なのかもしれない。


「そうか。他人様の事情に口出ししてすまない。現場に向かおう、ワイアットくん」

「僕のことは……セスで結構です。スカーレット卿、事件について詳しく教えてください」


 二人は先程の現場に向かいながら事件について話す。







 事件はここ二月ほどで発生している。被害者の遺体は路地に放置されており、発見されることで事件が発覚している。すべて鋭利な刃物による切り傷があり、直接の死因は出血多量だ。魔石を抜き取られていることと犯行の手口が同じことから同一犯と見なしている。

 被害者は10歳前後の子供や若い女性ばかりだ。


「今回の件を入れて4件目だ。今回の被害者は、親についてきた商人の男の子のようだな」

「なるほど。……あなたから見てこの事件はどんな印象を受けますか?」


 スカーレットは暫く黙り込み、考えを述べた。


「遺体は出血が多いものの、損傷自体は少ないんだ。遺体を見える所に放置しているが、決まった置き方やメッセージなども無い。こちらを逆撫でしているか、あるいは『本当に必要ないから』すぐに手放したように感じた」


 スカーレットの言葉を吟味して、セスは頷いた。


「魔石自体が目的の犯行ということですね。抜き取られた魔石が他の場所で見つかったりはしていませんか」

「騎士団も流通を調べてはいるんだ。少なくとも表の市場で不審な動きは無かった」


 と言っても、とスカーレットは続ける。


「魔石は一人に一個しかないだろう? 市場に出ていたとしても、数個の魔石を特定するのは難しいんじゃないか?」


 話しながら二人は足を止めた。今回の遺体発見現場となった路地に着いたからである。すでに遺体は片付けられ、血痕なども清掃された後だった。仕事が速い。

 宝石商店のそば、大通りから裏道へ続く路地だ。

 昼間でも薄暗い路地を照らそうとスカーレットはランプを掲げた。


「む?」


 明かりを灯そうと魔力を流すが、反応しない。スカーレットはランプを揺らす。……反応しない。


「見せてください」


 セスはスカーレットからランプを受け取った。ひっくり返し、台座を確認する。

 ランプの台座には環状に文字列が刻まれていた。


「<法式>が欠けていますね」




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