真理の誓い

@cardinal_eleven

第1話


暑すぎず寒すぎず、心地よい気温。

 照り付ける太陽は暑いくらいなのに、吹き抜ける風が冷たくてバランスが取れた日だった。

 大きな木の傍にある敷物。

 そこに、三人の子供が座っていた。

「私たちの住んでいるハンミールは、ゴーレム様によって作られ、守られ、育まれた大陸なのよ」

 三人の中で一番大きな子供、ランがそう言うと、彼女の弟妹であるリンとリナは不思議そうな表情を浮かべた。

 白い着物に赤い袴。

 オーソドックスな巫女服を身にまとったランは、ここ、サオリの巫女だ。

 年は十三。

 巫覡の血筋に生まれたために幼い頃から修行を積んではいたけれど、正式に巫女になったのは十三歳の誕生日。

 つい四日前のことだ。

「ゴーレム様?」

 まるで聞き慣れない言葉を反駁するように呟いたのはランの妹のリナ。

 年はまだ四つの、甘えたい盛りの女の子である。

 今も、巫女としての講義の内容よりも、講師役の姉、ランの膝に乗るタイミングを窺っている。

 リナが虎視眈々とランの膝を狙っている横で、ごそり、と影が動いた。

「こらっ、リン!」

 影の正体は、講義から逃げ出そうとした弟のリンだ。

 ランは、リンの首根っこをすかさず捕まえる。

 ランの弟でリナの兄であるリンは、六歳。

 大人しく座って講義を受けるよりも、野山を駆け回りたい年頃であることは確かだ。

「ちゃんと真面目に聞く!」

 普段は年の離れた弟妹に甘いランだが、さすがにこの講義ではそういうわけにはいかない。

「リン、わかってるの? 十三歳になったらあなた、禰宜になるのよ?」

 まったく、とランが嘆息したけれど、リンはランに首元を掴まれたまま、逃げ出そうとバタバタと暴れた。

「もー、わかった、わかったから。今日はもう、ゴーレム様のお話をしたらおしまいにするから。だからそれまで、ちゃんと聞いてなさい!」

「ちぇっ。わかったよ。はやく喋って」

「お話聞くなら、リナはお姉ちゃんのお膝がいいっ!」

 トテトテと駆け寄ってきたリナが膝の上に乗ると、ランは困ったように溜息を吐いた。

「私がお母さんに講義を受けてた頃は、こんな風に困らせたりしなかったわよ」

 そんな風に小言を言いながらも、ぷにぷにと柔らかなふたりの頬をつついてしまうランにも問題はあるだろう。

「じゃあふたりとも、ちゃんと真剣に聞くのよ。明日、試験をするからね」

 リンが「ゲッ」と呻くのと、リナが「やったー!」と歓声をあげるのは同時だった。

 試験の成績がよかったら夕食に好きなものが出てきて、悪かったら嫌いなものが出てくる。

 ランが面白半分ではじめたそのルールは、なかなかに効果があるようだ。

「はいはい。ちゃんとお姉ちゃんの話を聞いていれば、難しい内容じゃないわ」

 ランは膝に抱いたリナの髪を撫でながら、同じ言葉を繰り返した。

「私たちの住んでいるハンミールは、ゴーレム様によって作られ、守られ、育まれた大陸なのよ」

「お姉ちゃんは、バウ様の巫女なんだよね」

「えぇ、そうよ」

「バッカみたい。ゴーレム様なんて、いないじゃん」

 ちぇっ、と舌を打ったリンの頬を、ランは両手でむにゅりと潰した。

「いないはずがないでしょう? ゴーレム様は、眠っていらっしゃるのよ」

 ランは敷物に座ったまま、上半身だけで背後を振り返った。

 その視線の先には、ぽっかりと口を開けた洞窟がある。

 この洞窟の奥に、バウ……岩を司るゴーレムの眠る社がある。

「ハンミールの資材はすべて、ゴーレム様たちが与えてくださったものよ。岩のゴーレム様は岩を、木のゴーレム様は木を、水のゴーレム様は水を。それぞれ司っておられて、私たちが生きていくために資源を生み出してくださっているの。ゴーレム様たちは私たち人間やこの世界を守ってくださる存在でもあるから、世界の守護者、とも呼ばれているわ」

 サオリは岩のゴーレムであるバウが眠る地だ。

 宝石や鉱石など、石にまつわる資源が豊富にある場所である。

「ある日のことよ。理由はなにもわかっていないけれど、ゴーレム様たちは一斉に深い眠りにつかれたの」

「眠かったんじゃねぇの?」

 からかう口調のリンに、ランは穏やかな声で「そうねぇ」と相槌を打った。

「ハンミールの生まれたその時からずっと、私たちのために頑張ってくださっていたのだもの。疲れて眠たくなってしまっても、仕方がないわよね。……一斉に、と言ったけど、ゴーレム様たちは一緒に眠ったわけではなくて、ハンミール中の色んな場所で散らばって眠ったのよ」

「それが国になったって話だろ? もう聞き飽きたよ」

「あら。じゃあ明日はきっと満点ね」

 つん、と唇を尖らせたリンに自信がないことを見抜いて、ランはクスクスと笑う。

「ゴーレム様が眠られてから三十年程は、平和な日常が続いていたわ。資源を多く残してくださったこともあって、生活に不安もなかったそうだし。……でも。ある人が、声をあげたの。すべてのゴーレム様が同時に、それもこんなに長時間眠っているだなんておかしい、と。そしてその人は、こうも言ったわ。ーーこのままゴーレム様が目覚めなければ、いつか資源は尽きて人間は生きていけなくなってしまう」

 サッ、とリナの顔色が悪くなるのに目敏く気付いたランは、リナを安心させるように優しくその背を撫でた。

「お姉ちゃん。人間は本当に、生きていけなくなっちゃうの……?」

 不安そうな瞳で見上げられて、ランはそんな場合ではないとわかっていながら、少し笑ってしまった。

 リナと同じくらいの年の頃、ランもリナと同じことを母に聞いたのだ。

 あの時、母がクスクスと笑った理由が、ようやくわかった気がした。

「いいえ、大丈夫よ。ゴーレム様は眠っていても、こうして私たちに生きていくために必要な資源を与えてくださっているわ。でも、ずっとずっと昔のお話だもの。今のリナのように不安を感じた人たちは、思ってしまったの。ーー少しでもたくさんの資源を自分のものにしないと、とね」

「独り占めはダメっ!」

「えぇ、そうよね。でもその頃はみんな、岩を、木を、水を、色々なものを独り占めすることに一生懸命だったの。たくさん血が流れたわ。たくさんの命が失われてしまった。百年が経つ頃には、ハンミールの人口はゴーレム様が眠る前と比べると半分にまで減っていたという話よ。そしてようやく少しだけ冷静になれた人たちは、殺し合って奪い合うのをやめることにしたの」

「なんでもっと早く気付かなかったんだろうね」

 リンの問いかけに、ランは「うーん」と唸った。

 かつてランがそう聞いた時、母は笑顔で「人間が愚かだからよ」と答えたけれど、それを聞いた時にショックを受けた身としては弟に同じことを言いたくはない。

「じゃあ、どうしてだったのか考えるのが明日までの宿題ね」

「ゲッ」

 質問をしたせいでーーリンとしては感想を言っただけで質問のつもりもなかったかもしれないーー宿題が増えたと悟ったリンが眉を顰める。

「そのあとは、リンが言った通りね。ゴーレム様の眠る地を中心として国を興して、お互いの国の資源の強奪を禁じたのよ。それを大前提とする不戦協定……つまりは、他の国の資源を勝手に奪わないことを約束する代わりに戦わない、っていう約束をしたの。だから今、ハンミールでは争いがないのよ」

 それがあくまで表面上のことで、実際は水面下で虎視眈々と資源を狙っている国々が、裏切り者になりたくないがゆえに牽制しあって駆け引きをしている冷戦状態であることはさすがに六歳児と四歳児相手には告げないでおく。

「そして、小さな国々が同盟を組み合って、ゴーレム様たちが眠られてから千年かけて今のハンミールになったの」

「お姉ちゃん、同盟ってなぁに?」

「あなたが困ったら助けに行くから、私が困ったら助けてください、っていうお約束をした国同士のことよ。例えばサオリで困ったことが起きたら、ミリネやバンディソールが手を貸してくれていることになっているわ」

 サオリ、ミリネ、バンディソールなどの同盟国から成るのが、大地連邦国だ。

 比較的温和な人間の多い大地連邦国の中でも、とりわけ静かで平和だと言われているのが、ランたちの生まれ育った国、サオリである。

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