- 30 -

 私だって、同じ。囮として利用されたのかもしれないけれど、そのことで相良さんを嫌いになったり、できない。

 負い目を言い訳にしないで告白してくれたことが嬉しかった。


「相良さん、私……」

 その時、ぐう、と相良さんのお腹の音が鳴った。


「……」

「……」

 相良さんがテーブルに突っ伏す。


「うわあ、決まらないなあ……ごめん」

「気にしないでください。私は、そんな相良さんが好きですよ?」

 勢いよく起き上った相良さんの顔を見ないようにして立ち上がる。


「何か、作ります。お夕飯、遅くなっちゃいましたね」

 冷蔵庫、何があったかな。急いでご飯、炊かなくちゃ。

「俺も、手伝うよ」

 相良さんも立ち上がって、キッチンに向かう私についてきた。

「あ、じゃあお米を……」

 言って振り向いた私の腕を相良さんがひいた。


 初めてのキスは、コーヒーの香りがした。


  ☆


「信乃ちゃん」

 改札を出ると、相良さんが待っていた。


「遅くなってごめんなさい」

「ううん、俺も今来たところだから。今日も仕事お疲れさま」

 私たちは並んで歩き出す。


 あれから私たちは正式に付き合いだして、こうやって仕事帰りは家まで送ってもらうようになった。

 相良さんの時間が合う時、という約束だったんだけど、結局ほとんど毎日ここで相良さんは待っていてくれる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る