- 28 -

「浅木さんですね。はじめまして。これの上司で、庄司と言います」

 突然のことに頭の切り替えができず、私はぽかんとしたままだった。そんな私を気にするでもなく、庄司さんは相良さんに言った。

「お疲れ、太陽。証拠がとれたおかげで、今回は無事に小野を検挙できたよ」

「ここまでやって逃したら、俺、この仕事やめますよ」

 相良さんは、なぜか少し怒ったような口調だった。庄司さんはそんな相良さんの睨みを気にもせずに私に視線を移す。


「悪かったね、浅木さん。あまり太陽を責めないでやってくれ。君をおとりに使うことを決めたのは、私だ」

「あなたが?」

「ええ。太陽は最後まで反対していた。そんなことしたら、もう君を口説けなくなるってね」

「え?」

「そんなこと言ってない!!」

 相良さんがあわてて立ち上がった。


「似たようなことは言っただろ? そう言うわけだから浅木さん、非難するなら私だけにしておいてくれ。じゃあ太陽、明日はいつも通りに。新しい案件だ」

 最後の言葉に、相良さんが顔をひきしめた。

「はい」

「では」

 私に向かって優雅に挨拶すると、庄司さんは帰っていった。


「何しに来たんだ、あの人」

 隣でぶつぶつ言っている相良さんの声が聞こえた。


 ようやく私が立ち上がれるようになると、とりあえず二人で部屋に入る。お湯をわかしてコーヒーを入れる間、二人とも無言だった。

 コーヒーを飲みながら、相良さんがぽつりぽつりと話し始めた。


「俺、時々あのスーパーの私服警備員をやってるんだ。ある時、君を見かけた」

「私? いつです?」

「4月のある夜だった。やけに挙動不審できょときょとしているから、最初は万引きでもするのかと思ったんだ」

「えっ?!」

「しばらく見ていたら、君は覚悟を決めたように、ある女性に声をかけた」

 いつの話だろう。全然覚えていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る