第147話 カイツ達がいない間に

 町も酷いことになっていたが、支部の方は更に酷い有様だった。建物を隠していた岩は粉々に砕け、支部の建物はあちこちに穴が開いたりしていた。


「おいおい。ここも酷いことになってるな」

「ちょっとお。私とカイツがいない間に何があったのさ」

「色々ありすぎました。詳しいことは中にいる奴らの方が知ってるかと」


 中に入ると、沢山の団員が布団のような布の上で寝かされていた。明らかに絶命してると思われる人も多く、重症者は100人は確実にいた。医者と思われる人があわただしく動いている。何か手伝いをしたいが、素人の俺が出しゃばっても迷惑にしかならないだろう。


「おや。カイツじゃないか。ずいぶんオーラが変わったね」


 今度はダレスだった。彼女は腕をやられてるようで、ギプスで固定しているが、それ以外は特に何ともなさそうなのは良かったと言えるかもしれない。


「ダレス。お前の怪我は大丈夫なのか?」

「これぐらいなんてことないよ。数日もすれば完治するさ」

「そうか。それにしてもこれは一体」

「ヴァルキュリア家が攻めて来たのさ。眼鏡の男となんか高貴な服を着た女、偽熾天使フラウド・セラフィムも大量に見かけたね」


 眼鏡の男はプロメテウスだろうな。だが高貴な服を着た女ってのは心当たりがない。新しいメンバーだろうか。どれだけの新メンバーを補充してるのやら。それに加えて大量の偽熾天使フラウド・セラフィム。ヴァルキュリア家はずいぶんと戦力を貯めているようだ。


「にしても、まさかヴァルキュリア家が攻めてくるとはな」

「参ったよねえ。読み違えたせいで酷い目に合ったよ」


 声のした方を見ると、ロキ支部長が来ていた。


「ロキ支部長」

「久しぶりだねカイツ。またずいぶんと強くなったみたいだ」

「そっちは色々とあったみたいですね。ニーアたちはどこにいるんですか?」

「彼女たちは私の部屋に来てるよ。ついてくると良い」


 彼女について行って支部長室に入ると、ウルとニーア、ラルカの3人が来ていた。皆少しばかり負傷しているようだが、そこまで重傷でもなさそうだ。


「みんな」

「カイツ! やっと会えたわ」


 彼女が勢いよく俺に向かってくると、抱きつく寸前で止まり、クロノスを睨みつける。


「なんで貴方がおぶられてるのよ」

「疲れまして。私も結構なダメージを負ってしまいましたから」

「クロノス。そろそろ離れろ。兄様も疲れてるだろうし、歩けるくらいには回復してるだろう」

「……分かりましたよ。離れますから殺気を抑えてください」


 ニーアが殺意を持った目で睨み付けると、クロノスは渋々といった感じで離れる。


「にしても、右腕はずいぶんと強くなったようだな。目を見ると分かる。今までとは全くちがっているぞ」

「そこまで分かるものなのか」

「確かに、兄様はかなり強くなったようだ。それなら六神王が相手でも1人で戦えるだろう」


 みんなに強くなったと言われてるな。自分では分からないが、それほど大きな変化だったというわけか。ミカエルの力って凄いな。


「そう言ってくれると嬉しいな。けど、それより気になることがある。ノース支部で何があったんだ。団員の大半がやられてるみたいだし、皆も少しダメージを負ってるし。ダレスが言うには、ヴァルキュリア家が攻めてきたらしいが。それにメリナはどこに行ったんだ?」

「メリナは治療室に行ってるわ。リナーテやメジーマが酷い怪我をしてるようでね」

「怪我!? あいつらは無事なのか?」

「一応、命に別状はないわ。数日もすれば完璧に回復するはずよ」

「そうか。それは良かった」

「カイツがあっちの島に行ってる間に色々あったのよねえ」


 ウルがそう言うと、今度はニーアが話す。


「状況把握のためにも、兄様には話しておいた方が良いな。私たちに何があったのかを」






 side ニーア


 私たちはウェスト支部が攻撃されたとか何とかという情報を聞いて、先にノース支部に戻ることになったんだ。茶髪のショート女、ミルナという奴が転送魔法陣を出す魔道具を用意していて、それでノース支部の支部長室にひとっ飛びだった。


「やあ。来てくれて助かるよ。慰安旅行の最中で申し訳なかったが、こっちも非常事態でね」

「その前に聞きたいことが山ほどあるわ。まず」


 ウルが怒って質問しようとしたが、支部長はそれを制す。


「悪いが、今はほんとに非常事態なんだ。無駄話をする余裕は無いし、私への抗議は後にしてくれ。そろそろ客人も来るしな」

「客人……それはここに近づいてくる妙な気配の奴ですか?」


 そう言ってクロノスが扉の方を見る。私もその気配に気づいていた。人間の気配とは思えなかったが、だからといって熾天使セラフィムの類とも違う異質な気配。支部長も何やら警戒しているようだった。

 私はロキ支部長という女のことはよく知らなかったが、そんな私でも即座に分かるほど、彼女は嫌悪感や警戒心を抱いていた。私でも分かったレベルだ。ウルやラルカなどの騎士団メンバーもすぐに理解してただろう。だから誰も抗議したりすることは無かった。誰が来るのかと警戒していると、扉が勢いよく開け放たれ、そこには1人の男が立っていた。


 襟や袖口が金で装飾された黒のコート、鎖の着いた黒のズボンという騎士団の制服。右手は鋼鉄製の義手で、左手は巨大な鉤爪になっているという異質な男。チョコレートのような茶髪を無造作に伸ばし、きっちり整えられた顎ひげに優しそうな眼、落ち着きのある大人という感じで、ダンディーな雰囲気を感じさせた。


「やあ皆。俺はバルテリア・レイド。ヴァルハラ騎士団センター本部所属の団員だ」

「君か。何の用かは知らないが、君のような優秀な団員が来てくれて嬉しいよ。うちの支部に箔がつくというものだ」

「ふふ。君のような美しい花でも、思ってもないことを言われるというのは、あまり良い気分じゃないな。俺たちが嫌いだというオーラを隠せてないぜ」

「なんのことだか。それより、なんで入らないんだ? そこにいると他の団員たちの邪魔になるんだが」

「いやいや、そんな恐れ多いこと出来ないよ。俺は百合の間に挟まる愚か者になりたくないからね」


 奴はキラキラとした目で私たちのことを見ている。


「ほお。君が新しく入ったニーアちゃんか」

「ああ。よろしく頼む」

「ふむふむ。なるほどねえ。ああ、そういうカップリングか。良いねえ。クロノスちゃんにも春が来たようで良かったよ」


 奴は私とクロノスを交互に見ながらわけのわからないことを言っている。はっきり言って理解不能だった。ロキ支部長が呆れた様に言う。


「相変わらずよく分からない事言ってるね。それで? 君の用は私たちを変な目で見に来ただけかい?」

「それもあるが、調査しに来たんだよ。知ってるとは思うが、ウェスト支部が何者かの襲撃を受け、壊滅状態に陥っているんだ。俺が駆け付けた時には首謀者は既に逃亡。生き残ってたメンバーを俺が回収し、今はノース支部の治療室に置いている。イドゥン支部長や最近入った新人もそこにいる」

「な! それは本当か!」


 メリナが質問し、それに奴が答える。


「本当だ。心配なら行ってくると良い」

「分かった。助けてくれてありがとう」


 彼女は勢いよく飛び出して治療室へと向かっていった。


「花に礼を言われると心が満たされるねえ。さて。生き残った団員たちから聞いたが、侵入者はたった1人だったらしい。1人でウェスト支部を壊滅状態に追い込む実力も恐ろしいが、もっと問題視すべきことがある」

「敵がウェスト支部に侵入出来たことだろ?」


 ロキ支部長がそう言うが、私は何が問題なのか理解できなかった。


「それの何が問題なんだ? セキュリティが緩かったとかか?」

「ニーアちゃん。そうではないんだよ。ウェスト支部は騎士団の人間でなければ入れない仕組みになってるんだ」


 奴の言いたいことが理解出来た。つまり。


「手引した者、内通者がいるというわけか」

「それもかなり権力を持ってる奴だね。ウェスト支部のセキュリティシステムに干渉出来る奴は数えるほどしかいない。そして、ニーアちゃんはその内通者と繋がりがあるんじゃないかという疑いがあるんだ」


 なるほど。こいつが内通者と疑っているのは。


「騎士団本部はロキ支部長を。あんたを内通者じゃないかと疑っているんだ。もちろん、俺はあんたのような美しい花が内通者だなんて微塵も思ってないが」


 その言葉にウルやラルカは驚きを隠せないといった感じだが、ダレスやミルナは特に表情を変えることは無かった。ロキ支部長が笑みを浮かべながら話す。


「ふむ。そういう推測をした経緯を教えてくれないかい?」

「あんた、騎士団に隠れてコソコソと何かしてるらしいじゃないか。それに加え、一応は敵だったはずのニーアちゃんになんの枷もつけずに仲間にしている。そして、あんたの提案した慰安旅行だ。ノース支部の連中が慰安旅行で行った無人島には、ヴァルキュリア家が襲撃したという情報がある。以上のことから、あんたが内通者ではないかと本部は疑っている」


 確かにここまで怪しい材料があると、支部長を疑うのも仕方ないと思えた。だが気になることもあった。私達が襲撃された情報を本部はどうやって手に入れたのかだ。

 私達が襲撃されて一日も経ってないというのに、本部がどのようにして、無人島にいた私達の情報を仕入れたかが分からなかった。


「なるほど。確かに怪しい材料が多いな。にしてもよく集めてきたものだよ」

「何か弁明はあるかい?」

「隠し事をしてるのは否定しないが、無人島の件は私は関与してないよ。あれは私にとっても想定外の出来事だったんだよ」

「うーん。美しい花は甘やかしたい俺だけど、それでもその発言を信じることは出来ないな。言い訳の材料としては下手くそすぎる」

「下手くそだから逆に信憑性が高くなったりはしないかい? 私がこんなくだらない嘘を言うとは思えないだろ?」

「思えないけど、だからって信じるのは無理だ」

「いや、私は信じるよ」


 突然会話に入ってきたのはダレスであり、奴もこれには少し驚いた様子だ。


「ダレスちゃん。ロキ支部長の言葉を信じられるのかい?」

「ああ。信じられるね」

「その根拠は?」

「目だよ。強い人の目は心が澄んでいて分かりやすいんだ。例外はいるけど、ロキ支部長はそれには当てはまらない。確かに何らかの隠し事はしてるみたいだけど、彼女は私達を裏切ってないと断言できるよ」


 彼女がそう言うと、奴は悩ましそうに頭をかく。


「参ったなあ。そういう精神論みたいなものだと上層部が納得しないだろうし、俺も納得しない。それに下手に庇おうものなら、ダレスちゃんも内通者の仲間として裁かれるかもしれないよ?」

「構わない。私は真実を述べてるだけだからね」

「ちょっとダレス! そんなこと言うもんじゃ」


 ウルがダレスに対して止まるよう言おうとしたが、ダレスはそれを制止する。


「私は強い人が不当に貶められるのは嫌いなんだ。だからそれを阻止するためなら何でもするさ」


 彼女の目は強い意思を持っており、絶対に引かないということが分かった。奴もそれを理解しているようで、悩ましそうに頭をかいている。


「うーん。そうだなあ。君の意見は中々に面白いけど、それじゃロキ支部長の疑いは晴らすことは出来ない。だからといって君のような美しく力強い花の意見を蔑ろにすることも出来ない。ふむ」


 奴が考え事をするように顎を撫でていると、何かを思いついたように手をポンと叩いた。


「よし決めた! とりあえずこの件は保留にしておくよ。上層部には俺が上手いこと言っておこう」

「ほお。ずいぶんと優しい判決だな。なにか理由があるのか?」

「ダレスちゃんの言い分を蔑ろにするのは、俺の心が痛むからね。それに、上層部はあんたの調査に対しては、そこまで躍起になってはいない。今の段階ではね」


 今の段階という発言は、遠回しにいずれは徹底的に調べると言ってるようにも聞こえた。


「それに、今上層部が最優先に回してるのはヴァルキュリア家への対策だ。敵の攻撃をくらって結構なダメージを受けてるし、体にメスを入れてる余裕はない。一応、あんたを信頼する理由もないわけじゃないからね。とりあえずは現状保留だ」

「感謝するよ。私も上層部の裁判に出席する暇はなかったからね」

「そうだ。俺用の部屋を用意してくれないか? 出来れば、女性たちがキャッキャしてる所を遠くから眺められるような部屋を頼むよ」

「部屋の用意? ここで油を売ってる余裕があるのか?」

「油を売ってるわけじゃないさ。俺の仕事はあんたの監視と行動調査、そしてそれらを上層部に報告することだ。だから、しばらくはここに滞在させてもらうよ。もちろん、俺を入れるのが嫌なら拒否してくれても構わない」

「ふん。そんなことをしたら、私は内通者の可能性が高いとして上層部に連れてくだろ? ちゃんと君を受け入れるさ。上層部と喧嘩したくはないからね」


 ロキ支部長は笑顔でそう言ってたが、その表情は少しばかり硬かった。奴がここに滞在することに対して、そこまで良い感情は持っていないようだった。


「ま、お互い仲良くしようじゃないか。ノース支部としても、君のような優秀な戦力が滞在してくれるのはありがたい。いざというときは頼りにさせてもらうよ」

「任せな。俺は美しい花のじゃれあいを守る守護神。ノース支部の皆の平和を守るためにも、全力を尽くそう」

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