第111話 新たなる乱入者

 同時刻。ヘカトンケイルの森にて。短い茶髪に青い瞳の女性、ミルナが大穴の前に立っていた。手には真っ白な人形を持っている。


「お、結界が無くなってるにゃんね。壊す手間がはぶけて助かるにゃん。そろそろ頃合いにゃんし、ほーれ」


 彼女はそう言って黒いボールのようなものを穴の中に投げ入れた。


「さて。あんたも頼むにゃんよ。コップ1杯分くらいは回収してくれると助かるにゃん」


 彼女が話しかけたのは、顔を包帯で覆い、黒いシャツに黒いズボンを履いた人間だった。包帯の中央には星形の模様、その真ん中に目が描かれている。


「せっかくの試作品。30分は持ってほしいけど、どうなるにゃんかね」







 カーリーが黒い翼で攻撃しようとしたその瞬間。


「崩衝時雨!」


 空に緑色の魔法陣が現れ、そこら雨のように緑色のレーザーが降り注いだ。彼女はその攻撃を翼で全て防いだ。


「全く。今日は挑戦者が多いですね」

「ずいぶんお楽しみのようだな。私も混ぜてくれ」


 そこに現れたのは仮面を外した白髪の女性、ニーアだった。


「イシス。やはりあの程度の封印は簡単に壊しますか」

「兄様にこれ以上の負担をかけさせないためにも、貴様はここで潰す。ついでに中に入れてるケルーナも吐き出させる!」


 彼女が右手を突き出すと、カーリーの周囲にいくつもの緑色の魔法陣が出現した。


崩衝連弾ほうしょうれんだん!」


 いくつもの魔法陣から緑色のレーザーが放たれ、彼女に襲い掛かってく。密閉状態に近い状態での無数のレーザー攻撃。躱すのは簡単なことでは無いが、彼女は涼しい顔で全て躱しており、まだ余裕を持っていることがうかがえる。


熾天使セラフィムを発動した今、この程度では殺せませんよ」

「端から理解してるさ!」


 魔法陣が消えた後、ニーアは緑色のフランベルジュ形の剣を生み出して斬りかかっていく。カーリーは棒で受け止めたり躱したりして攻撃をいなしていった。


「ふふ。素晴らしい剣術です。枷を外した虎は怖いものですね。あなたと遊ぶのも良いですが、もう時間が無いんですよ。速く撤退させてくれると嬉しいんですが」

「させるか!」


 彼女の連撃をカーリーは液体になって躱し、遠くへ離れようとする。しかし、彼女はそれを追撃しようとすると、突然青いレーザーが雨のように降り注いで襲い掛かってきた。


「あらあら」

「く!? 私も巻き込むのか!」


 彼女は咄嗟に緑色の盾を造ってその攻撃を防ぐ。カーリーも自身の体を人型に戻し、黒い翼で防御する。何発か弾かれて彼女が安心した瞬間、何本ものレーザーが翼の防御を貫き、彼女の体を撃ち抜いた。


「が!? なぜ……熾天使セラフィムの翼を」

「私は魂の専門家。その翼の魂を理解して、貫く工夫をするのは、赤子の手をひねるより簡単なんですよ」

「これで終わりだあ!」


 ニーアがとどめを刺そうとし、カーリーがカウンターを仕掛けようとした瞬間、地面を突き破り、何十本もの鎖が彼女たちの間に現れた。鎖はまるで意思を持っているかのように動き、ニーアやクロノスたちに狙いを着けて襲い掛かる。


「くそ! もう来たか」


 ニーアは緑のレーザーを何発も放ち、鎖を破壊していく。


「鬱陶しい。死ね!」


 クロノスは火の玉をいくつも生み出し、それを直接鎖にぶつけて爆発させ、破壊していった。


「おいツインテ女。この鎖。恐らく騎士団が」

「変な呼び方しないでください。それに分かってますよ。この鎖を誰が造ったのかは。けど、今そのことはどうでも良い。速くあの女を殺さないと」


 彼女たちが必死に鎖を破壊してる間、カーリーも襲ってくる鎖を壊しながら撤退しようとする。


「ふふ。これでは戦いになりませんね。では、またいつかお会いしましょう。ばいばーい」

「逃がすと思ってるんですか!」


 クロノスは自身の腕に筒状の武器を生み出した。それは大砲を小型化したようなものであり、取っ手と小さなボタンらしきものが付いている。


「あなたはここで殺す。穿て!」


 大砲のような武器から巨大な青いレーザーが放たれた。それは鎖や大地もろとも飲みこんだものを全て消滅させていきながら、カーリーに襲い掛かっていく。


「へえ。こんな切り札まで残してるとは。本当に凄いですね」


 その言葉の直後、彼女はその光に飲みこまれた。


「ずいぶんとえぐい攻撃力だな。まさかこんな切り札を隠し持ってるとは。だが」

「ええ。逃げられましたね。まさかこの攻撃を躱せるとは」

「私を巻き添えにしたわりには、情けない戦果だな」

「あ? 殺されたいですか?」

「事実を言っただけだ。それより、早く兄様の元へ行くぞ。この鎖はあっちの方にも来てるはずだ」

「あなたが私に命令しないでください。不愉快です」


 彼女たちは互いに睨み合いながらカイツの元へ向かった。






 side カイツ


 ニーアが用意してる部屋にいる間、俺はメリナに傷を癒してもらっていた。ここには水道が完備されており、水の補給には困らなかった。


「良し。これでオーケーだな」

「ありがとう。おかげで体も軽くなった」

「たく。誰と戦ったらこんなえぐい傷が出来るんだ」

「ケモ耳女と戦ったらできるんじゃねえの?」

「珍しいな。お前がそんな冗談言うなんて。疲れてるのか?

「さすがにな。色々ありすぎてバテバテだ」

「たく。ちゃんと休んどけよ。さて。これで全員の治療は終わったな」


 全員の治療を終え、メリナは疲れたようにベッドに座り込んだ。ウルも完治しているが、まだ目が覚めていない。


「あー。退屈だよおお。カイツ―、何かで遊ぼうよー。暇で死んじゃいそうだよー」

「リナーテさん。少しは静かにしてください。騎士団団員としてはしたないですよ」

「だって暇なんだもーん。やってることはここで待機してるだけですることないしー。つまんないよ」

「リナーテ。少し落ち着け。任務が終わったら遊んでやるから」

「ほんと!? それほんとなの!?」

「ああ。ほんとだ。遊んでやるよ」

「やったああああ! カイツと久しぶりにデート! デート!」


 デートとは一言も言ってないんだが。そう思ってると、メリナとラルカが猛抗議する


「おい待てリナーテ。お前抜け駆けするつもりか!」

「貴様! 我に断らず、右腕と逢引するなど許されると思ってるのか!」

「早い者勝ちだよーん。ただでさえ別の支部だから会う機会も少ないし、こういう所で距離を近づけるようにしないといけないからねえ。悔しいなら2人も誘ってみればいいじゃん。いけるかどうかわかんないけど」

「カイツ! 任務が終わったら私とも遊んでくれ!」

「我とも遊べ! これは命令だ!」

「そんな詰め寄らなくても遊ぶって」


 そう言うと、2人はガッツポーズをしながら喜んだ。なぜかダレスはニヤニヤしながらこっちを見ている。


「どうしたダレス? やたら不気味な笑み浮かべてるが」

「いやー。カイツ見てると退屈しないなーと思って」


 言ってる意味がよく分からないが、まあどうでも良いか。それにしても、ニーアは大丈夫なんだろうか。傷は完全に治ったし、今からでも


『!? この気配は』

「? どうした。ミカエル」

『カイツ。来るぞ!』


 ミカエルがそう言った直後、足下に何かが切り裂くような音が聞こえた後、まるでくりぬかれたかのように地面が落下していき、俺と近くにいたメリナ、ラルカ、ダレスが落下してしまった。


「ふびゃ!? な、なんだこれ! 何があったのだ!」

「くりぬかれたみたいに地面が落ちてったね。ふふふ。楽しい予感がすると思ってたけど、大当たりのようだね」

「カイツ。あれ」


 メリナの指さした方を見ると、顔を包帯でぐるぐるまきにしてる不気味な人間が立っていた。包帯には星が描かれており、その中心には目があった。


 なんだ。この異質な雰囲気。ヴァルキュリア家の奴らや偽熾天使フラウド・セラフィムに似ているが、何か違う。


「誰だお前。どこから現れた」


 奴は何も答えることなく水色の光の剣を生み出し、こっちに斬りかかってきたので、その攻撃を受けとめる。


「ずいぶんご挨拶だな。俺と挨拶しなかったか?」


 奴は何も答えることなく何度も攻撃してくる。だがこの程度のスピードなら、六聖天の力を使わなくても簡単に捌ける。なんだこいつは。見た目は変な包帯を巻いた人間に見えるが、こいつは本当に人間なのか?


「少しは俺と会話しろよ。それとも、会話したらダメって命令されてるのか?」


 奴は一言も答えることなく、手のひらから糸のように細い水のレーザーのようなものを放ってきた。地面を切り裂き、亀裂のような痕を作るほどに強力だが、速度が遅いので簡単に躱せた。


「威力は中々のものだが、この程度じゃ俺は倒せないぞ」


 俺は奴の両手の手のひらを切り裂き、さらに追撃を仕掛けていく。奴も何とか受け止めてはいるが、手に傷がついてるせいか、剣に力がこもってない。あの状態ならレーザーを放つのも不可能。このまま終わらせる。


「カイツー。手助けいるかい?」

「いらない。この程度の雑魚なら1人で倒せる」

「だろうね。戦ってもつまらなさそうだし、さっさとやっちゃってよ」

「分かってる」


 俺は奴の剣を弾き、そのまま剣の柄で奴の頭を殴り飛ばした。飛ばされた奴は大きく吹っ飛び、壁に激突した。柄で殴ったのは殺さないようにするためだ。奴には聞きたいことがあるからな。死んでしまうのは色々困る。


「意識を保てる程度には手加減した。しばらくは指1本動かすのも苦労するだろうがな。お前は何者だ。何の目的があって攻撃してきた」


 奴に近付いた瞬間、3本の鎖が地面から飛び出して襲い掛かってきた。


「く!?」


 致命傷にならないように躱すことは出来たが、額と腕、足を少しばかり斬られてしまった。


「くそ。一体なんだってんだ」


 返り血のついた鎖はそのまま奴の方へと伸びていく。奴はそれを掴み、返り血の付いた先端部分を噛みちぎって口の中に入れた。


 おいおい。鎖を食えるってどういう人種だ。あいつ絶対に人間じゃないだろ。


「ぴぎ……GIGああああああ!」


 奴は発狂したかのように叫び、体が光り輝いていく。


「おおお! なんかすごいことになってるね。鎖を食ってパワーアップとは、すごく面白うそうな奴じゃん」


 ダレスはやたら嬉しそうにしてるが、これのどこに嬉しそうに喜べる要素があるかが分からない。魔力が上昇してるし、殺気や圧も強くなってる。人間じゃないことは確定だが、本当に何者なんだ。いや、今はそんなことを考えてる余裕は無い。


「ダレス、ラルカ、メリナ。手を貸せ。今のあいつは少しばかり手に余りそうだ」

「チーム戦か。良いねえ。大歓迎だ」

「ふふふ。右腕の頼みとあれば仕方ないな。この我が協力してやるとしよう」

「さっさと片付けるか。カイツとのデートもあるからな」


 奴が誰であろうと、ここで放置しておいて良い存在でないのは確かだ。ここで確実に殺す。

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