第103話 騎士団VSヴァルキュリア家

 カイツがイシスと戦っていた頃。ラルカたちは偶然落ちて来た鍵と剣のおかげで牢屋を脱出することが出来た。ウルとダレスはメリナに背負われ、ラルカの鎖で固定されている。メリナは自身の体内の水を体外に排出して治療液を錬成し、ウルたちの体に浴びせていた。彼女たちが走ってるのはあちこちがボロボロな廊下のような場所であり、両壁には誰もいない、あるいは骨しかない牢屋が大量にある。


「いやー。鍵と剣があって助かった。おかげで魔術も使えるし牢屋からも抜け出せた。めちゃくちゃラッキーね」

「なんであんな場所にあったのかは気になりますが、運が良かったですね。しかし、ここは敵の本拠地。いつどこでエンカウントするかは分かりませんよ」

「メリナとやら。ウルとダレスの方は大丈夫なのか? 傷の治療は出来てるのか?」

「少しはマシになってきたが、それでも予断を許さない状況だ。そもそもこいつらを治療するには水が足りなすぎるから、どこかで補充しないと」


 彼女たちは走ってる中で嫌な気配を感じ、その場で立ち止まり、険しい顔になる。


「……リナーテさん」

「分かってる。2人いるね。1人はそこそこの強さだから、多分私1人でも勝てる。けど、もう1人の強さがやばい。私たち全員でかかっても勝てるかどうか」

「この気配。イシスやペルセウスに近いものがあるな。これだけの化け物がまだいるとは」


 彼女たちが警戒する中、2人の男性が歩いて来た。1人は日焼けした体。顔には黒のサングラスをかけており、アロハシャツに短パンという海に来た人のような感じだ。もう1人は囚人のような白黒模様のシャツとズボンを着ており、さすまたを持っている。ゴマのような顎鬚を生やしており、髪はぼさぼさだ。


「おや。どうやって牢屋を抜け出したんだ。そう簡単に抜け出せるものではなかったはずだが」

「ヘラクレス様! そんなことよりも首輪ですよ。奴らに着けていた封魔の首輪がありません!」

「鍵や剣が近くに落ちてたからね。あんたらがまぬけなおかげで、簡単に抜け出せたわ」

「鍵や剣……カムペー、奴らに着けてた首輪の鍵は誰が管理していた?」

「確か……イシス様が管理してたはずです。あの方が管理をさせてほしいと仰って来たのですよ。凄く強いですし、管理するにはうってつけだと思いまして任せました」

「なるほど……まあその辺は後で追求すればいいだろう。牢屋から出たのなら再びぶちこめばいいだけだ。お前たち。俺を満足させてから倒されてくれよ。耐久を耐久して耐久せよ。我こそは力の悪魔。全てを破壊し、ねじ伏せる。存分に泣け。喚け。絶望しろ!」


 彼の赤い目が輝きを放ち、両手にヒビのような模様が入る。それは腕まで広がっていき、彼の背中から2対4枚の黒い天使のような翼が生えた。しかし、その翼はすぐに引っ込められてしまった。


「翼が……引っ込んだ?」

「この翼は満足するためには邪魔だからな。引っ込ませた方が色々楽なんだよ。さあ来い! 俺を満足させてみせろ!」

「言ってる意味がよく分からないし、あんたらはここでぶっ飛ばす。アタックコマンド、v9sp!」


 リナーテが詠唱すると、ヘラクレスの足下に赤い魔法陣が現れる。


「大当たり。マインボンバー!」


 カムペーが退避すると、魔法陣が光を放って大爆発を起こし、周辺の地面が揺れた。


「リナーテ! こんなところで爆発系の魔術はやめろ! 下手したら崩落して全滅するぞ!」

「めんごめんご。でも直撃したんだし、これならあいつも」

「馬鹿め。ヘラクレス様がその程度の魔術でやられるわけないだろ!」


 煙が晴れると、彼は無傷でそこに立っていた。


「嘘でしょ。モロに当たったはずなのに!」

「良い攻撃だ。流石はヴァルハラ騎士団だな。だがこの程度の攻撃では、100発当たろうと俺は満足せんぞ」

「だったらこれはどう? アタックコマンド、g5hw!」


 彼女が詠唱すると、前に黒い魔法陣が現れる。


「そこそこ当たりか。ダークサンダー!」


 魔法陣から黒い雷が放たれてペルセウスに襲い掛かるが、その雷撃では彼の肌すら焼くことが出来なかった。


「うむ。この雷撃も良いものだが、そこで気絶してる赤髪女の方が良い威力を持ってたな」

「ああもう。全然効かないんだけど」

「どうした? お前たちの攻撃はこの程度か?」

「そんなわけないでしょう。今度は俺の番です。地に眠りし石よ。彼めがけて行きなさい!」


 周囲の石がペルセウスめがけて飛んでいく。彼は防御もせず避けることもしなかったが、どれだけ当たってもその身が傷つくことはなかった。


「ぬるいな。騎士団なのにこの程度の攻撃しか出来ない奴もいるとはな」

「舐めないでください。俺の攻撃はまだ終わってません。風よ。我が身を纏う鎧となりなさい!」


 風が鎧のように纏わり付くと、メジーマは一気に距離を詰め、蹴りで攻撃し、そこからさらに連続で攻撃する。物理攻撃の威力に加え、切り裂くような風の追加攻撃。直撃すればタダでは済まないはずだが、それほどの攻撃でも碌なダメージを与えることが出来ず、それが彼を焦らせた。


「く! これだけの攻撃が通用しないとは」

「うむ。風と物理の二重攻撃。悪くはないし、むしろ良いものだ。だがこの攻撃では、俺は満足できないなあ」

「このおおお!」


 彼は首に最も力を込めた蹴りを入れるが、それも大したダメージにならなかった。


「ふむ。将来に期待を感じさせるものだが、今の力では満足出来なさそうだな」

「く。化け物ですね」

「メジーマ。そこから離れろ!」


 ラルカがそう言い、彼はそれに従って後ろに下がる。ヘラクレスが不審に感じた次の瞬間、横の壁や地面、天井から何本もの鎖が飛び出し、彼とカムペーを雁字搦めに捕らえた。


「ほお。これは凄いな。いつの間にこれだけの鎖を」

「お前がメジーマやリナーテの攻撃を受けてる間、のんびりと準備させてもらった」

「馬鹿め。ヘラクレス様がその程度の拘束でどうにかできるとでも?」

「馬鹿はお前だ。我の鎖はそんじょそこらのものとは次元が違う!」

「ほお。それはどういう……ぐ!?」


 ヘラクレスが質問しようとすると、急に苦しみだし、その場にうずくまる。


「ヘラクレス様……うぐ……この感覚は」

「その鎖には、封魔の首輪と同じ機能が施されている。我が直接やられたものだからな。たっぷりと機能を理解させてもらったよ」

「なるほど……お前の魔術は、自分の作りたい鎖を作る魔術か」

「その通り。偉大なる我に相応しき最強の魔術、チェーン創造クリエイションだ。その矮小なる頭に刻み込んでおけ」

「ほえー。あいつ凄いわね。顎鬚はともかく、アロハシャツの化け物をあっという間に無力化した」

「生意気で偉そうな所が気に障りますが、言うだけのことはありますね」

「さて。お前たちには聞きたいことが山ほどある。まず最初に、ここはどこなんだ。そしてお前たちは何者だ。その異様な力。先天的に身に着けた物ではないだろう」

「ふん。そのことを知りたいなら、俺を満足させてみせろ!」


 そう言うと、彼は自分を縛っていた鎖を引きちぎった。


「馬鹿な!? あの鎖で縛られてたというのに」

「残念だったな。我らヴァルキュリア家が持つ熾天使セラフィムの力は、封魔の首輪程度で縛られるものではない。面白いものを見せてくれた礼だ。こちらも面白いものを見せてやろう」


 彼が両手を突き出すと、尋常ではないほどの魔力が彼の両手に集まり、地面が揺れ始める。騎士団メンバーはそれが危険なものだと本能的に理解した。


「メリナさん! ウルさんとダレスさんを安全な場所へ!」

「皆の者。今すぐここから逃げろ!」


 ラルカとメジーマがそう言って皆を逃がそうとするが。


「もう遅い! カウンターバーストおおおおお!」


 彼の両手から真っ赤な巨大ビームが放たれ、騎士団全員はその光に飲みこまれた。






 騎士団とヘラクレスが戦ってた頃。プロメテウスは相も変わらず本を読んでいた。少しばかり表情を険しくしており、何かを考えてるように見える。


「イシスの報告が遅いですね。あの女がカイツや神獣にやられるとも思えませんし……少しばかり見に行く必要がありそうですね」


 彼が立ち上がってイシスの元へ向かおうとすると、黒い液体がどこからともなく現れ、彼の行く手を阻むように壁となり、人の形となった。


「ボス」

「彼女のことは放っておきなさい。これは命令ですよ」

「なぜですか。もしかしたら、あの女が我々を裏切ってる可能性も」

「その時はその時ですよ。それに、そのことに気付いてないふりをする方が、楽しいことが待ってる予感がするんです」


 あまりにも非合理で意味の分からない命令。しかし、彼にとってはそんな命令をされるのは慣れていたため、大人しくそれに従う。


「……分かりました。あの女のことは1度放っておきます」

「はい。それが正解です。それより気づいてますか?」

「ケルーナがこちらに来てることですか? もちろん気づいてますよ。後数分もする頃には、こちらに来るでしょうね」

「いえ、ケルーナではありません。もっと不気味で、面白い気配がヘカトンケイルの森に来てるんですよ。ふふふ。楽しいですねえ。ヴァルキュリア家のものが3人も倒され、色んな役者が集まってきている。今宵は最高に楽しい夜になりそうです」





 ヘカトンケイルの森。館があった場所は底の見えない大穴となっていた。1羽の鳥がその大穴の上を飛ぼうとすると、見えない壁のようなものに阻まれてしまった。近くにいる野兎や猿がその大穴に入ろうとするも、見えない壁に阻まれて入ることが出来ない。そんな不気味な場所に近づく者が1人。ツインテールの女性であり、魔法陣の模様が描かれた赤い目の女性、クロノス・アンジェリアだった。


「ふむ。この感じからして、お祭りには間に合ったみたいですね。速くカイツ様の元へ向かうとしましょう」


 彼女は大穴の中に入ろうとしたが、見えない壁に阻まれてしまった。


「……なるほど。部外者が来られると困るというわけですか。ま、この程度の壁なんて問題ありませんが」


 彼女がもう1度壁に触れると、それは跡形もなく消し飛んでしまい、衝撃波が飛び、周りの動物や草木がふっ飛ばされてしまった。


「さて。とっとと行くとしましょうか」


 彼女は大穴の中に入っていき、その姿はだんだんと小さくなっていく。ほんの数秒で、彼女の姿は大穴の闇で見えなくなってしまった。

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