第77話 事件解決 蠢く闇
side カイツ
目を覚ますと、俺は豪華に彩られたベッドの上で眠っていた。天井はシャンデリアで煌びやかに飾られており、近くには小さなテーブルも置いてある。隣ではミカエルが小さな姿になって眠っていた。体をよく見てみると、あちこちに包帯が巻かれており、傷の手当てがされている。なぜか上半身が脱がされていたが。
ミカエルを起こさないようにそっとベッドから離れたが。
「んう……カイツ」
「すまない。起こしてしまったか」
「いや気にするな。そろそろ起きたいと思っておったし」
彼女は瞼をこすりながらこちらを見る。寝ぼけた表情の彼女はとても可愛らしい……ってそうじゃない。
「ミカエル。教会で起きたことなんだが」
「……やっぱり聞いてくるよなあ」
「当たり前だ。俺の中にある幻影はなんなんだ? あいつと幻影は人見知りだったようだけど、お前は何を知ってる」
「幻影? 人の姿をしておらんかったのか?」
「ああ。なんか、実体のない煙みたいな姿をしていた」
「煙……記憶が欠けてることが影響しとるのか? いや、それだけじゃないの。恐らく、奴自身が本来の力を取り戻せてないのも」
彼女がブツブツとなにかを言っていたが、小声のせいで聞き取ることが出来なかった。
「まあ良い。とりあえず、あんなことにもなったし、少し教えておく。お主が幻影と呼ぶそれは、呪いじゃ。お主を蝕み、殺そうとするもの。いつからついたものかは分からぬが、妾がお主と一緒になったときには既にあったものじゃ。今まではなんとか封印しておったのじゃが、妾が離れたことがきっかけで表に出たんじゃろうな」
「そういえば、なんで俺とミカエルとのつながりが切れてたんだ。誰の仕業だ」
「アリアの仕業じゃよ。奴が繋がりを壊す魔術とやらを使って、妾とお主の契約をぶった斬ったんじゃ。あやつ、どうやら
「
「魔術を2つ使える特異的な存在じゃ。この世に10人おらんと言われる超希少種じゃ」
まじかよ。まさかアリアがそんなに珍しい存在だったとは。ていうか契約を破壊できるってどんな魔術だよ。
「少し話が逸れたの。呪いとは一応人見知りではあるが、妾もあれのことはよく分からぬのじゃ。なんせ自分の情報は何が何でも出さんようにしておったし、ずいぶんと謎に包まれとったからのお。唯一分かっとるのは、奴が破壊の魔術を扱うということだけじゃ」
ミカエルもよく知らない謎の呪いか。
「じゃが安心せい。次あったときは確実に叩き潰す。封印して抑え込むというのも、限界があるみたいじゃからな」
恐らく、ミカエルはまだ何かを隠している。だが構わない。あれが俺の敵だということを知れただけでも十分だ。次奴が表に出そうになったら、確実に殺す。この呪いは絶対に生かしてはいけないと、俺の本能が叫びまくってる。
彼女が玉になって俺のポケットに入り、俺はクローゼットにかけてあった騎士団制服の上着を着て部屋を出る。階段を降りてロビーに向かうと、ウルがコーヒーを飲んでいた。
「あら。起きたのね」
「ウル」
「今回はありがとう。貴方のおかげで、あのくそったれ狼の餌食にならずに済んだわ。まあ、貴方の方は色々あるみたいだけど」
どうやら、ガルードが起こしたくだらない茶番やアリアの裏切りは、既に知っているようだ。
「……アリアのこと。騎士団ではどう扱うつもりなんだ?」
「支部長の返事を待たないとなんとも言えないけど、裏切り者扱いでしょうね。彼女は貴方に牙を向き、騎士団を抜けたのだから。おまけに騎士団の仲間やミカエルってのを殺す宣言。これは言い訳のしようが無いわ」
「……でも、なにか事情があるはずなんだ。あいつが俺たちを裏切るなんて」
「どんな事情があるにしても、彼女が私達を裏切った事実は変わらないわよ。次会ったときは、殺す覚悟をしないといけないかもしれないわね」
殺す覚悟。俺にはできない。アリアは俺の大切な人で仲間なんだ。それなのに殺すなんて。
「まあ、そこまで心配する必要はないわよ。私がなんとかしてあげるから」
「! 本当か? アリアが殺されないように取り計らってくれるのか!?」
「ええ。今回の件では貴方に返しきれない恩があるもの。それくらいはしないとサキュバス族の名が泣いちゃうわ」
「ありがとう! ウルには感謝してもしきれない」
「そこまで感謝しなくてもいいわよ。けど、貴方はちゃーんとアリアを取り返しなさいよ! じゃないと承知しないから!」
「ああ。必ずアリアを取り戻す」
彼女がここまでやってくれたんだ。絶対に取り戻してみせる。アリアがなんであんなことをしたのかは……少しばかり分かる所もある。だけど、あいつが仲間やミカエルを殺すのを黙ってみてるわけには行かない。必ず阻止する。仲間同士で殺し合うなんて光景は見たくないからな。
(なんて。私も結構無茶なこと言ったわね。アリアの裏切りを出来る限り好意的に伝えて討伐させないようにする。そんな奇跡に近いことが出来るかしら?)
「? ウル。どうかしたのか?」
「……いえ。なんでもないわ。そうだ! せっかく起きたのだし、2人で出かけましょう。楽しいところ沢山案内してあげるわ」(やるしかないわね。彼は私の婚約者候補……いえ、婚約者にするべき男。彼の頼みぐらいちゃんと受けれないと、妻にはなれないからね)
ウルと町中を歩いていき、あちこちの店で食べ歩きをしていた。
「なんだ……これ」
とある屋台で買ったのは、手のひらサイズの肉団子2つが串に刺さっていた。それは良いのだが、団子の色が肌色だったのだ。
「これは胸団子。この世界では有名な食べ物よ。ふわふわした食感が最高なのよ」
そう言いながら、彼女は気にすることなく食べる。俺も目を瞑りながら食べたが、味の方は普通に美味しかった。ウルの言う通り、ふわふわした食感が素晴らしいし、甘辛く味付けされた肉が良い味を出している。だがそれでも。
「これを食べるのは……ハードル高いな」
胸団子って、明らかに人間、あるいはサキュバスの体の一部をモチーフにして作られたのだろう。これが有名になる世界ってのは凄いな。驚き満載だ。
次に向かったのは服屋だ。ウル曰く、この世界最強の職人が手掛けた物らしく、かなりの人気らしい。だが。
「人気の割には、人がいないんだな」
店の中にいるのは俺とウルだけだ。人気という割には人がいなさすぎじゃないだろうか。
「そりゃそうよ。今日は貴方のためだけに貸し切りにしてるんだから」
「俺のため? なんでそんなことを」
「貴方は私たちサキュバス族を、あの下衆狼から救ってくれた。それだけで理由なんて十分じゃない」
「……お前たちを助けられたのは、俺の中にいる何かがいたからだ。俺の力じゃない」
「だとしても、助ける選択をしてくれたのは貴方でしょ」
彼女は俺の手を握り、俺の目を見る。
「誰の力であろうと、貴方が助けてくれた事実は変わらない。ありがとう。カイツ」
「……どういたしまして」
俺が何か出来たわけではない。今回の俺は誰かに振り回されてばかりだったと思ったけど、こうして感謝されると、俺にも何か出来たんだと思える。別にそれで調子に乗ったりするわけではないが、彼女たちを助けられて良かったと、俺は心の底からそう思った。
「さあ! せっかく貸し切りなんだし、今日はめいっぱいコーディネートしてあげるわ!」
彼女は嬉しそうにそう言いながらあちこちから服を取って俺に重ねる。真っ赤なスーツだったり黒のトレンチコートと黒のパンツ、白のポロシャツにダメージジーンズだったりと様々で、俺は彼女の着せ替え人形になっていた。
「うーん。カイツにはダメージジーンズが一番似合うわね。問題は上を何にするかなんだけど」
彼女は服をあれでもないこれでもないと手に取りながら重ねていく。そんな中。
「これだわ!」
いきなり大声を出して、彼女は興奮したかのように重ねる。それは白のシャツに灰色のジャケット。ボタンの部分が鎖で繋がるようになっていた。
「最高にかっこいいわ! カイツのためだけにあるような衣装ね!」
「確かにかっこいいな。ありがとう、ウル」
「どういたしまして。うふふふ。本当にかっこいい。うっとりしちゃうわあ」
彼女は恍惚とした笑みを浮かべながらそういう。目にハートマークが浮かんでるように見えるし、やたら発情してるように見えるが気のせいだろうか。
支払いは俺とウルが半分ずつ出し合って支払った。彼女はやたら自分が払うと言ってたが、服の代金が高く、さすがに彼女1人に支払わせるのは申し訳ないと感じ、半分ずつ支払うことにした。
「全く。あれぐらいの支払い私がやるのに」
「あれぐらいって。合計で10万は超えてただろ。そんだけの額を1人に支払わせるのはありえねえよ」
服屋を出た後、また食べ歩きしながら町をフラフラ歩いていた。だが、気になることが1つあった。
「なあ。さっきからやたらと見られてる気がするんだが」
ウルと一緒に出た時から刺さっていた。露骨に舐めまわすような視線、ちらちらと覗き見る様な視線、色々視線はあるが、総じて共通してるのは、不気味で肉食獣に見られてるように感じるってことだ。
「そりゃそうよ。貴方はサキュバス族の救世主だもの。みーんな貴方と結婚したくて仕方ないのよ」
「の割には、襲われたりしないんだな。そういうことするイメージあったが」
「まあ普通なら襲っちゃうのでしょうけど、それは出来ないわ。貴方は私達の恩人で救世主。そんな人を合意も無しに襲おうものなら、袋叩き確実だもの。でも、気をつけなさいよ。サキュバス族は強欲で強かだから。変なことが起きる前に、私と結婚しておくのもありかもねえ」
彼女は俺の顔を触り、胸を押し付けながらそう提案した。
「お断りだ。俺にはやらなければいけないことがある」
「それは、あのイシスとかいう奴と関係してるのかしら?」
「……多分な」
神の名前を持つ以上、あいつもヴァルキュリア家に関係あるだろうからな。タルタロスってのがどういう場所かは分からないが、ヴァルキュリア家に関係する何かだってのはほぼ確実。必ず見つけてやる。そして、過去の因縁に決着をつける。
「カイツ。貴方が何に悩んでるか分からないけど、何でも相談してね。私は貴方を婚約者に決めたの。たとえ何があっても、私は絶対に離れないからね。貴方のためなら、私は何だって出来るわ」
彼女は俺と腕を組み、俺の方にもたれかかった。
「貴方は誰よりも優しくて、誰よりも人のために頑張ってくれる素敵な人。だから、何が何でも助けたいと思っちゃうのよね。もしもの時は任せなさい。私の矢で敵を射抜いてやるわ」
「ありがとう。もしやばくなったと思った時は頼りにさせてもらうよ」
「私たち2人であのイシスって奴もふっ飛ばして、アリアの目も覚ましちゃいましょ。そうすれば、きっとハッピーエンドよ」
「ああ。そうだな!」
俺とウルは互いに拳を突き合わせてそう言った。
スヴァルトアルフヘイムのとある裏路地。ガルードがサキュバス族たちから逃げながら身を潜めていた。
「くそ。なんでこんなことになったんだ。どいつもこいつも僕を殺そうとするなんておかしいだろうが」
彼は執拗にサキュバス族たちから追われており、捕まれば確実に死ぬと思えるほどに、彼女たちは殺気立っていた。特に自分が嫁にしたサキュバスは般若のような恐ろしい顔で追いかけていた。
「これも全部カイツって奴のせいだ! あの劣等種さえいなければこんなことにはならなかったのに!」
「醜いな。己の非を求めず、他人に責任転嫁するとは」
彼が声のした方を向くと、そこにはイシスが立っていた。彼は彼女の胸ぐらを掴んで叫ぶ。
「イシス。あの媚薬よりももっと強力なものを用意しろ! あの雌豚どもをもう一度僕の虜にする! 急げ!」
「つばが汚いな。仮面をしていて良かったと、初めて思えたよ」
「なにぶつぶつ言ってんだ! さっさと俺の命令にー!?」
「その口を閉じろ。少し鬱陶しい」
彼女が彼のみぞおちに一撃を入れると、彼は白目を向いて倒れた。
「ボスが言うには、お前にはまだ利用価値があるらしい。だから連れ帰らせてもらう」
彼女が彼を米俵のように担ぎ、町の方を見る。
「もうすぐだ。もうすぐで私の目的の1つが達成できる。カイツ、ヴァルキュリア家、ついでに古代の神獣。役者が揃いし時、世界が動きだす。待っているぞ。カイツ・ケラウノス。いや、カイツ・ヴァルキュリアよ」
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