第76話 戦い終わる時
カイツ達の戦い。ウルやガルードたちは完全に棒立ちしており、割り込む余裕が無かった。
「なんなんだこれ……アリアはともかく、あの2人は人間なのか?」
ガルードは目の前の光景が信じられなかった。自分と同じ種族であるフェンリルについてくるどころか、それに勝る身体能力を持つ存在などいないと思っていたからだ。
(あいつら……化け物すぎる。このままじゃまずいし、隙を見て逃げない。このままじゃイシスもヤバそうだからな。サキュバス族など守る必要もない。また新しい母体を見つければいいだけだ)
彼はサキュバス族たちが戦いに魅入ってる隙に、逃げる準備を始めていた。
カイツ、ミカエル、イシス、アリアは一食即発となっており、いつ戦いが始まってもおかしくなかった。
「天使。まさかこんなタイミングで来るとはな」
「お主にとっては随分悪いタイミングだったようじゃの。顔色が悪いぞ」
「うるせえよ!」
彼は紅い翼で攻撃するも、それはミカエルの翼で相殺された。
「なら!」
彼は翼を地面に突き刺す。その直後、巨大な紅い竜巻が彼女の足元の地面を貫き、舞い上がる。竜巻のように見えるそれは、翼が姿を変えたものであり、触れるもの全てを引き裂く。
確実に彼女に当たったはずだが、彼は険しい表情を崩すことはなかった。少しすると竜巻が破壊され、無傷の彼女が姿を表した。
「ちっ。やっぱり今の翼じゃこれが限界か」
「やはり相当弱っとるようじゃな。これなら!」
彼女が右手を突き出すと、そこから白い光が放たれ、それと同時にカイツも白い光に包まれる。
「があ!? お前……また私を封印する気か」
「お主の存在は邪魔じゃからのお。前に出てこないほうが色々と楽なんじゃよ」
「ざけんな……私は……こんな所で」
「とっとと封印されろ! お主は闇の中がお似合いじゃ!」
彼女が光を更に強く放つと、カイツと包む光も強くなっていき、カイツは膝をついた。
「ぐああああ……まだだ。まだ私は負けられないんだよお!」
カイツの紅い翼が強い輝きを放ち、周囲に強烈な衝撃波を発生させる。その力はあまりにも強く、ミカエルたちを吹き飛ばした。
「ぐ!? しつこい奴じゃのお」
「ははは。私はまだ封印されるわけには行かない。そこの泥棒猫を倒すまでは!」
彼は一気に距離を詰め、イシスに殴りかかる。イシスは両腕でその攻撃を防ぐも、その威力は絶大で、大きく後ろに吹き飛ばされてしまった。
「驚いた。まだこれほどの力を残してたのか」
「お前こそ力はまだまだ残してんだろ? なぜそれを使わない」
「お前なら既に理解してるだろう。仲間がいやがらせするせいだよ」
「ま、そんなこったろうと思ったよ」
彼が翼で攻撃しようとすると、その隙を突いてアリアが後ろから攻撃しようとする。しかし、彼はそれを見きっており、翼でアリアを突き飛ばした。
「が!?」
「お前の能力もかなりのものだが、まだ体と技術がついていってねえ。おまけに手負いで動きも鈍い。その程度なら簡単に狩れる」
「なら、傷も無く、体が技術がついていってる妾はどうじゃ!」
ミカエルは上から殴りかかり、カイツはその攻撃を翼で受け止める。その勢いで地面にクレーターが生じ、カイツは少しばかり膝を曲げる。
「お前は厄介だな。だから、先にてめえを狩る!」
カイツは翼で攻撃するも、ミカエルはそれを躱し、刀を抜き、自身の魔力を纏わせて紅く光らせる。
「おもしれえ。来な!」
カイツは翼の一部を分離させてそれを剣にする。2人は凄まじい速度で切り合い、鍔迫り合いをする。その勢いは凄まじく、鍔迫り合いの中心に亀裂が生じた。互いに一歩も引かない超スピードの剣戟。
「私も混ぜてもらおうか!」
イシスも自身の手に緑色のフランベルジュのような剣を生み出し、2人に斬りかかる。ミカエルたちはそれを躱し、イシスも交えて再び剣をぶつけ合う。誰かが誰かを相手してる際は、不意打ちするように3人目が襲いかかり、襲われた方はそれにも対処する。誰も有効打を与えず、与えることもできずにただ剣をぶつけ合う音だけが響く。
周りからすれば、アリア以外の者たちは何をしているかすら理解できず、ただ唖然としている。
「ほんと。どいつもこいつも邪魔だなあ。特に天使! てめえはいい加減隠居でもしてろよ!」
「お主がおるうちは、隠居することは出来ぬな。お主こそとっとと成仏せい!」
「冗談! それこそ御免被る!」
剣がぶつかり合う最中、3人は突然そこから離れ、少し遠くに下がる。その直後。
「うがああああああああああああ!」
アリアの咆哮が轟き、まるで竜巻のように地面を抉った。
「外した。当たると思ったのに」
「えぐいことしてくれるねえ。化け物ばかりでうんざりするよ。めんどくさくなってきたし、少し数を減らすか」
彼女が剣を一振りすると、ミカエルは翼で自分の身を包む。その直後、翼が何かに斬り落とされた。彼はその後も2度剣を振った。しかし、彼女はその見えない攻撃を光の剣で完璧に防いだ。
「ちっ。やっぱり通用しねえか」
「何年お主と一緒におると思ってるんじゃ。この程度の魔術なぞ簡単に見切れるわ」
「そうかい。ならこれはどうだ」
彼が両手を重ね、何かを使おうとしたその瞬間。
「……ごふっ」
またもや吐血し、その場にうずくまってしまった。
「ぐあ……あああああああ!?」
彼は頭を両手で抑え、苦しそうに悲鳴をあげる。
「カイツ……いい加減にしろ」
彼の片目は紅から青に変わっており、顔半分の表情筋が妙に歪んでいた。
「静かにしてろって言ったでしょ」
「ざけんな。てめえにいつまでも主導権を握られてたまるか! とっとと返せ!」
「ぐ……こんな時に。ふざけた真似を……があああああああ!?」
カイツは頭を抑えて苦しみながらも、何とか立とうとする。しかし、何かで抉られるような激痛が全身に走り、まともに動くことすら儘ならなかった。
「まずいのお。あそこまでカイツが表にあると、下手に手を出せぬ」
ミカエルはすぐにカイツを助けたかったが、状況のせいで手を出すことが出来なかった。
「あなたが主導権を握ったところで……あいつらには勝てないわよ。無様に死ぬのが関の山よ」
「かもな。だから、せめてあいつらだけでも!」
カイツの背中が爆ぜ、歪な紅い翼が現出した。その大きさは今までよりも遥かに大きく、天井に届きそうなほどに巨大なものだった。アリアは彼のその行動に困惑した。
「カイツ。何をする気なの?」
「お主。なるほど。そのためか」
ミカエルが何かを察したかのように呟くと、翼は教会にいる人たちを巻き込み、フロア全体をローラーするかのように動き回った。
「きゃああああああああ!?」
「ちょっ!? 何なのよこれええ!」
サキュバス族たちはいきなりの事態に何も理解できずに翼に巻き込まれた。しかし、翼が通り過ぎても彼女たちの体には傷1つ存在しなかった。その代わり。
「……あれ? 私達、なんでウェディングドレスを着てるの?」
「ていうか、このパーティーは何よ? 夫は誰? あそこの銀髪君では無さそうだし」
「ていうかこれなによおおおお!? 教会がめちゃくちゃになってるじゃないのおおおおお!?」
彼女たちは自分たちの状況が理解できず、ワチャワチャと騒ぎまくっていた。
「あなた。まさかサキュバス族を」
「いつまでも媚薬にやられてるのは可哀想だからな。ふふ。紅い翼って便利だな。こんなこともできるなんて」
イシスはその光景を興味深そうに見ていた。
「ほお。まさか翼をサキュバス族を救うために使うとは。やはりかっこいいな。カイツ。素晴らしい男だ」
彼女が感心している所を、アリアは忌々しそうに見つめる。
「このムカムカ。嫌な感じ。ほんと、カイツは私を苛つかせるの得意だよね」
そう呟きながら、彼女はカイツの方を見た。カイツは幻影と拮抗しており、ミカエルはそれを心配そうに見つめていた。
「ふふふ……ふふふふふ」
「なんだ? いきなり何を笑ってやがる」
「ふふふ……あはははははははは!」
中にある幻影は突然笑い始め、カイツは困惑するしかなかった。
「やっぱり最高だわ! 流石はカイツね。他者を助けるために全力を尽くす。その優しい所大好きよお」
幻影がそう言うと、いきなりカイツに主導権が戻り、両方の瞳が青色に戻った。戻った瞬間、強烈な疲労と激痛に襲われ、体を抑える。
「ぐ!? 体の……主導権が」
『気が変わったわ。楽しいものを見せてくれたお礼に、貴方に主導権を握らせてあげる。どうせ今のままだと計画は達成できなさそうだしね。それに、そこまで酷いことにはならないだろうし』
カイツにとっては意味不明なことだけを言い残し、幻影は完全に沈黙した。
「カイツ! 大丈夫か!」
「ああ。何とかな。まだ安心は出来なさそうだが」
カイツはミカエルから刀を受け取り、それを杖代わりにして何とか立ち上がり、イシスたちの方を向く。しかし、イシスやアリアからは攻撃しようとする意志が見られなかった。
「私のやることは終わった。今更お前と戦うつもりはない」
「それは助かるが、お前のやりたいことはなんなんだ。妖精族をめちゃくちゃにして、俺と戦って。てめえは何がしたいんだ!」
「今のお前が知る必要はない。ああそうだ。1つ言っといてやろう。お前の中にある呪いは絶対に壊れることは無い。お前は呪いに苦しみ、やがては己の身を滅ぼし、仲間をも殺すだろう」
「お前。俺のことについて何を知ってる! 呪いってのは何のことだ!」
「知ったところで意味は無い。貴様がただ苦しむだけだ。どれだけあがこうと、貴様の行く末は破滅。仲間も己も失い、呪いに殺されることが決まってる」
彼女はそう言って去ろうとする前に立ち止まり、カイツの方を振り返る。
「だが、それでも無益な抗いをしたいのなら、呪いを知り、仲間を守りたいと願うなら。我らが居城、タルタロスへ来るが良い」
「タルタロス? なんだそれは」
「神々が住む奈落だ。そこで全ての役者が揃い、お前は次のステージに進むだろう。ではさらばだ」
その言葉を最後に、イシスは姿を消した。
「くそ。意味わからんことばかり言いやがって」
「本当だよねえ。あれかっこつけてるみたいで気持ち悪かったよ」
そう言いながら、アリアがカイツに近づき、ミカエルは彼を守るように前に立つ。
「カイツと戦いたいなら、まずは妾を倒してもらうぞ」
「勘違いしないでよ。死にかけを相手にするほど性格は悪くないんだから。私の目的はあくまで寄生体を殺し、カイツの関係を全部壊すことだけ」
「はあ!? アリア。それはどういうことだ!」
「どういうこともなにも、カイツの仲間やそこにいるミカエルを殺すために、私はここにいるの」
「なんで……なんでそんなことを! 俺に恨みでもあるのか? だったら俺を直接狙え」
「違うよ。カイツに恨みはない。でも、今のカイツはすっごくムカつくんだ。他の女に笑顔を浮かべて、仲良さげに喋るカイツが。だから全部ぶっ壊す。そうすれば、カイツは私を受け入れるしかなくなるから。じゃあね。次会う時は、カイツの関係や寄生体全部を壊してあげる」
彼女はそう言ってどこかに飛び去り、姿を消した。
「アリア……どうして……ぐ!?」
彼は激痛に苦しみ、その場に倒れてしまった。
「カイツ! しっかりせい。カイツ!」
「……アリア……どうして……うあ」
彼は離れて行ったアリアのことを考えながら、意識を落とした。
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