第74話 結婚式 鮮血の強襲

 サキュバス族の教会で行われる結婚パーティー。そこには大多数のサキュバス族が招待されており、パーティーが始まるのを楽しみにしている。式場の神父の前では、ウルの他にも沢山の妻がウェディングドレスを着て待機していた。その数は30人以上。ハーレムが合法だとしても明らかに異常な数だが、誰1人としてその異常性に気付いていなかった。ウルは結婚式が行われるのを今か今かと楽しみにしている。


(楽しみだわ。やっとあのガルード様と結婚できる。あの方と結婚できる。私は何て幸せ者なのかしら)


 彼女はうっとりとした表情になりながら、これからの夫婦生活に夢を膨らませている。


(朝はおはようのキスをして交わる。昼はご飯を食べた後に交わる。夜はお風呂に入って交わる。ああ。想像するだけで興奮してしまうわあ)


 彼女がこれからの未来を妄想していると、教会の鐘が鳴り始める。それと同時にタキシード姿のガルードが扉を開けて現れた。


「お集りの皆々様! 今日は僕たちの結婚パーティーに来てくれて感謝する!」



 来賓席にいたサキュバス族たちが立ち上がり、彼に拍手を送った。彼は花嫁たちのいる所へ進み、彼女たちの真ん中に立つ。


「今日。僕はここにいる30人の花嫁と結婚する。みな容姿だけでなく、心も美しい者たちばかりだ。正直、僕とは釣り合わないんじゃないかと思う。だが! 僕は生涯をかけて彼女たちを支え、尽くすことを誓う! それが夫となる僕の務めだからだ!」


 彼は右手を上げ、大声で宣誓する。サキュバス族たちは湧き上がり、彼にエールや拍手を送る。


「それではこれより、誓いのキスをするとしよう」


 そう言って彼は花嫁の1人の手を取る。彼はその豊満な胸に視線が行ってしまうが、他のサキュバス族たちは誰もそれを気にしていなかった。


「君を生涯かけて愛することを誓おう」

「嬉しい。私も生涯かけてあなたを愛するわ」


 2人は熱い口づけを交わし、客たちはそれに湧き立つ。キスをした女性はうっとりしていたが、ガルードは別のことを考えていた。


(ふむ。やはりこいつは最高だな。顔やスタイルも好みだし、声も素晴らしい。この女だけは、フェンリル族の隣を歩く資格がある。他の女も悪くはないが……隣を歩く資格は無いな。子を産むための母体となる資格はあるんだが、どうにも惜しいものだ)


 彼はそんな下卑た考えをしながらも、それを周囲に悟らせないように振る舞う。


「さて。残り29人の口づけが待ってるが、ずっとそれだけでは皆様も退屈だろうからね。これから食事会をするとしよう」


 彼が指を鳴らすと、シェフたちが料理を運んできてくれた。


「僕が選んできた最高級のシェフが振る舞った料理だ。存分に味わってくれたまえ」


 食事会が始まり、皆楽しそうに談笑しながら料理を食べ始める。ガルードはそれを楽しそうに見ながら、花嫁たちと話をしている。皆が笑顔を浮かべ、幸せそうに過ごす中、イシスはこの茶番に呆きれ果てていた。


(ここまでくだらない茶番もそうないだろうな。どいつもこいつも薬の力でガルードに惚れてるだけ。奴の力で勝ち取れたものは何一つない。嘘にまみれ、虚無感さえ感じる結婚式。こんなものの何が良いのやら)


 イシスはつまらなさそうな表情をしながら、料理を口に運ぶ。そこにガルードがウルと他の花嫁を1人、両腕に抱えながらやってきた。


「やあイシス。パーティーは楽しんでるかい?」

「まあそれなりに。そっちは随分と楽しそうだな」

「そりゃあ楽しいよ。こんなにも美しい者たちとパーティーを過ごせるのだからね。心が躍ってしまうんだよ」


 彼は嬉しそうにしながらウルと他の花嫁の胸を揉む。彼女たちは恥ずかしそうにしながらも嫌がることはなく、むしろそれを喜んでいた。


「ああ。良い触り心地だよ。まるで天上の絹に触れているようだ」

「んうう。私も良い気持ちよ。ねえウル」

「ええ。彼に揉んでもらえるなんて……んあ……最高の気分だわ」

「可愛いなあ。僕は今とても幸せな気持ちだよ。両腕にこれほど美しい花を抱いてるのだからね」

「私たちも同じ気持ち。愛する貴方と一緒になれるのですもの」

「ああ。僕たち夫婦の門出に相応しい日になったな!」


 ガルードはウルたちと抱き合いながら頬ずりをする。その様子を見ている他の花嫁は嫉妬する事無く、自分たちも彼に触れてほしいと思い、積極的に触れていく。彼はそんな彼女の様子に上機嫌になり、更に彼女を強く抱きしめる。


(最高だ。これこそ僕が望んだ未来。まさにハッピーエンド! これでフェンリル族は再興する。そして僕は、この女どもと共に楽しい夜を過ごすことが出来る。ああ。今にもここで襲いたいよ。だが我慢だ。いくら僕の美しさでも、そんなことをすれば面倒なことになる。だが少しくらいなら)


 彼はそう考え、ウルに話しかける。


「ウル。そのドレスを少したくしあげてくれないかい?」

「分かったわ。どうぞ」


 ウルはスカートをめくると、白く細い脚と黒の下着が露出された。彼は鼻息を荒くさせ、興奮を抑えきれなかった。


「どうかしら? この下着、あなたのために選んでみたのだけど」

「似合ってるよ。とても可愛い」(美しい。サキュバス族の下着や足は素晴らしいな。何時間でも見ていられるよ)


 彼は舌なめずりをし、ウルを舐め回すように見つめる。


「ねえガルード様。こっちも見て」


 他の花嫁たちがそう言ってドレスをたくし上げ、足や下着部分を存分に見せつける。


「おお。みんな可愛いね。思わずここで襲いたくなってしまうよ」

「やだあ。ガルード様ったらあ」

「でもガルード様になら、ここで襲われても良いかも」

「分かるう。私もここで襲われたいわ」


 彼女たちは発情したかのように彼に抱き着いていく。イシスはそれを蔑んだ目で見ており、心底くだらないと思っていた。


(ほお。どうやら僕の美しさは彼女たちをここまで思い通りに出来るようだな。全く。自分の美しさが恐ろしいよ。だが彼女たちが求めてるんだ。ここで行かなければフェンリルの名が泣いてしまう)


 彼が欲望に身を任せるかのように彼女たちの服に手を出そうとした瞬間。


「!? なんだ……この異様な気配は」

「ようやく来たか。待ちくたびれたよ」


 彼は今までに感じたことのない異常な気配に驚き、イシスはそれを待っていたかのように笑みを浮かべる。他の花嫁たちもその気配に気づいたのか、皆困惑している。その直後、血のように紅い翼が教会の天井を破壊し、そこから1人の男性が現れた。銀髪の髪に騎士団の服装。目は真っ赤に染まっており、翼はあまりにも歪で、禍々しさを感じる。周りのサキュバス族たちは悲鳴を出せなかった。彼の持つ異様な気配に圧倒され、声を出すどころか、呼吸することすら命取りになると本能で判断したからだ。


「へえ。なんかくだらなそうなことしてるなあ。嘘にまみれた気味の悪い披露宴。俺が結婚する時は、こんな披露宴はごめんだな」

「カイツ? 一体どうしたというの?」


 ウルは彼の雰囲気に困惑していた。今の彼はまるで別人のようであり、自分が良く知るカイツとは大きくかけ離れていたからだ。そんな中、ガルードが激昂してカイツに問いただす。


「貴様! どうやってあの地下牢を抜け出した!」

「あんなしょぼい牢屋なんざ、脱出するのは簡単なんだよ。にしても、お前みじめなことしてるなあ」

「何だと? 僕のどこが惨めだというんだ!」

「全部だよ。薬で女を従わせて人形遊び。ついでに人形と唾液の付け合いか? 惨めすぎて笑えるよ。はははははは!」


 彼は高笑いしながらガルードを馬鹿にする。ガルードは激怒し、彼に殴りかかろうとする。


「ふざけるなあ!」


 しかし、その攻撃はカイツに当たる寸前で止まってしまった。


「なに!? なぜ拳が途中で」

「お前の拳じゃあ、俺には届かないってことだよ」


 彼が指を鳴らすと、何かに突き飛ばされたかのようにガルードが吹き飛んでいった。彼は何とか体勢を立て直して着地するも、彼の異常さに驚きを隠せなかった。


「なんだこれは……貴様、一体何をした!」

「お前に話す必要ねえだろ。てか、今お前みたいな雑魚の相手してられないんだよ。俺の本命は」


 そう言った瞬間、死角から緑色のレーザーが何本も放たれるが、彼はその攻撃を翼で防御し、レーザーが飛んできた方に振り返った。


「お前なんだからよ。イシス」

「来てくれて助かったよ。おかげで退屈な結婚パーティーが少しは楽しくなった。そのお礼に、貴様はここで殺してやろう」

「てめえじゃ俺は殺せねえよ。昔何百回も痛めつけたはずだが。まだ力の差を理解出来ねえほど、てめえはあんぽんたんだったのか?」

「あの時とは違う。私は貴様を殺すために、この牙を研いできたのだ!」


 彼女が再び緑色のレーザーを放つ。カイツがそれを防御しようとすると、横の壁が轟音を立てて破壊され、その瓦礫や煙でレーザーが妨害された。


「やっとここに来たんだね。寄生体!」


 そこに現れたのは1人の少女。四肢は白い毛がびっしりと生えており、鋭い爪も生やしている。目つきは鋭く、左目に青い炎が宿っていた。口の歯は牙と思えるほどに鋭くなっている。白い尻尾も生えており、その姿は獣のようだった。


「大変だったよ。あんたを殺したくて、この牙がずっとうずきまくってたからさあ!」

「ほお。覚醒済みのフェンリルか。さっきの雑魚よりは楽しめそうだ」

「うん。ガルードより100倍は楽しめると思うよ。てかあれ? ピエロ女じゃん。あんたもここにいたんだ。ちょうどいいや。邪魔者たちを一網打尽に出来るチャンスだ」


 アリアとカイツ、そしてイシスの一触即発状態。その状況を見て、イシスが呟く。


「なるほど。1VS1VS1のバトルロワイヤルか」

「勝者が全てを総取りできる。良いね。俺はそういうの好きだぜ。てめえらはまとめてかかってきな。次元が違うということを思い知らせてやるよ」

「「上等!」」


 アリア、イシス、カイツの3人は一斉に飛び出し、拳をぶつけ合った。その瞬間、サキュバス族たちが立っていられなくなるほどの衝撃波が発生した。






 3人の戦いが始まった頃。ミカエルが縛られている牢屋の中にて。


「!? この感覚。始まってしもうたか。しかも、あのピエロ女もいるようじゃな。仕方ない」


 彼女の体が光り輝くと、その体はどんどんと大きくなっていき、豊満な胸にスレンダーな体型の綺麗な姿となる。顔つきは大人っぽくなり、妖艶な雰囲気を感じさせる。その姿に戻るついでに自分を縛っていた縄や十字架を破壊した。彼女は手をぐーぱーしながら自分の状態を確かめる。


「やはりカイツと繋がって無ければ、天使パワーは使えぬか。それに、身体能力や魔力も全盛期には遠く及ばん。まあよかろう。あやつらを退ける程度の力はあるじゃろうからな。カイツ、待っておれよ!」


 彼女はそのまま牢屋の扉を破壊して飛び出し、カイツ達の元へと向かった。

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