第73話 鮮血再び! 結婚式は間もなく

 side カイツ


 俺は牢屋の鉄格子を引っ張ったり、殴ったり、蹴ったりと色々試したが、壊すどころか傷一つ付けることすら出来なかった。


「くそ。魔力込めてるってのに、どんだけ頑丈なんだよ」


 何をしてもびくともしねえ。こんなところでダラダラしてる暇はないのに。


「さっさと壊れろお!」


 強く鉄格子を蹴るも、それが壊れることはない。それどころか、俺の足が逆に傷ついていた。どうしたものか。このままじゃウルやアリアを助けるどころの話じゃない。何か別の方法を探さないと。

 と言っても、牢屋の中にはなにもないんだが。地面を掘る方法は無理だ。土が鉄のように硬くてびくともしない。壁を破壊することも不可能。壁の強度が鉄格子よりも遥かに上だ。壊そうものなら俺の体が先にやられるだろう。となれば、この鉄格子を破壊する以外に出来ることが無い。どうするべきか。


「何か……何かないか。ここを出て、ミカエルたちを助けるための方法。何か」


 解決策を考えようにも何も浮かばず、無為に時間だけが過ぎていった。そんな時。


「あら? 今はあの鬱陶しい天使はいないのね」


 突然後ろから声がし、俺はその方を振り返った。そこには。


「……誰だお前。どっから現れた! つか、その姿は何だ!」


 そいつには輪郭や形というものが無かった。幻影のようにあやふやで、実体を捕らえる事の出来ない奇妙な存在。


「あら。私が見えてるのね。流石は私の夫。妻がこんな姿でもちゃんと見ることが出来るのね」

「誰だって聞いてんだろうが!」


 俺はその幻影のような何かに殴りかかるも、その攻撃はすり抜け、奴を殴ることは出来なかった。


「誰だ……ね。やっぱり記憶の一部が無くなってるのね。まあ無理もないわ。あんな気持ち悪い思い出は思い出したくないものね」

「? 何の話だ」

「こちらの話よ。にしても、あなた大変なことになってるわね。牢屋に閉じ込められ、六聖天の力もない。とーってもピンチじゃない」


 こいつ。本当に何者だ。六聖天のことを知ってるなんて。


「ふふふ。困惑してるわね。まあ無理もないわ。いきなり色んなことがありすぎたら、パニックになっちゃうからね」

「お前。一体誰なんだ。何が目的でここに現れた!」

「悪いけど、今は答えられないわ。今答えても面白くないもの。けど、目的は答えられる。あなたを助けに来たのよ。

 カイツ。私に体を渡しなさい。そうすれば、ミカエルやアリア、ウルを助けてあげるわ」


 こいつは何を言ってるんだ。体を渡せだと? いきなり出てきてわけわからんことばかり言いやがって。


「意味分かんねえな! そもそも、なんで俺の名前を」

「そりゃあ知ってるわよ。私はあなたの妻なんだから。妻は夫のことなら何でも知ってるものなのよ」

「ふざけんじゃねえ!」


 俺は再び拳を振り上げるも、やはりそれは空を切るだけだった。


「はーずれー。残念だったわね」

「お前。本当に何者だ。お前の本当の目的は何だ!」

「だーかーら。あなたを助けに来たんだってば。大人しく体渡してよ。ちゃーんとミカエルたちを助けてあげるから」


 こいつ。狂ってるな。わけの分からないことをべらべら話して挙句の果てに体を渡せ? どんだけイカれてたらそんなことを言えるんだ。しかも、こいつの言葉はどこか嘘くさい。ミカエルたちを助けるとは言ってるが、こいつが助けてくれるようにはまったく見えない。他のやりたいことを隠してるようにしか見えない。


「無理だな。よく分からない狂人に体を渡すほど、俺は馬鹿じゃないんだ。お前の力なんざ借りずとも、すぐにここを脱出する!」


 それに、こいつはなにかやばい。さっきからこいつの言うとおりにしてはならない、今すぐ殺せと本能が叫びまくってる。何者かは分からないが、明らかに危険人物ってことは本能で理解できる。


「強情ねぇ。いいのかしらぁ? 私の力を借りる以外で、あなたがここから脱出できる方法はないのよぉ?」

「……はん。俺がここを出る方法なんざ、いくらでもあるんだよ!」


 強気には出てるが、あれの言うとおりかもしれないと思ってしまってる。脱出の方法はあらかた試したが、どれも駄目だった。正直、自分の力のみでここを脱出するのは不可能かもしれない。それでも、こいつに力を借りるわけにはいかない。


「あらあら。そんなに怖い顔しないでよ。大丈夫。私があなたを助けてあげるわ。だから、あなたの体を渡しなさい。何も難しいことはないわ」

「断る! 誰がお前みたいな得体の知れない奴に渡すかよ!」

「ふふふ。強気な物言いは変わらないわね。良いわねえ。そういうところ大好きよ」

「そうか。俺はお前のすべてが嫌いだ」


 俺は後ろの奴を無視し、足に魔力を込め、再び鉄格子を蹴り始める。鉄格子に傷はつき始めたが、いまだに壊れる気配は無い。俺の足は血が流れてるし、骨の方もすこしまずい。だが諦めるわけには行かないんだ。ミカエル、アリア、ウルを助けるためにも。ガルードの野望を食い止めるためにも。


「ふふふふ。かっこいいわねえ。大切なものを守るために傷つくその姿。とっても美しいわ」


 後ろから奴が話しかけるが、そんなのは無視だ。今はあんなのに構っている暇はない。何度も何度も鉄格子を蹴るが、鉄格子が壊れる気配は無い。


「くそ。ほんとに頑丈だな」

「フレーフレーカイツー! 頑張れ頑張れカイツー!」


 あいつ。よほど暇なのか、こっちの応援してきたな。鬱陶しいだけだからやめてほしいんだが。そう思ってると、奴が何かに気付いたかのような声を出す。


「あ。あいつ来てるんだ。なら、ここで時間を潰してる暇はないわね」

「? 何を言ってる」

「もう遊んでる余裕は無くなったということよ」


 そう言って奴の姿が消えた瞬間。


「!? があ……なんだ」


 身体中に激痛が走り、そこにうずくまってしまう。なんだ。何が起きている。


「ふふふふ。ミカエルがいないから、乗っ取るのも凄く楽ねえ。安心なさい。私が全て終わらせてあげる。ミカエルたちはちゃーんと助けてあげるから」

「ざけんな……そんなの……信じられるか。今すぐ俺の体から」

「はーいもう静かにしてねえ。時間が無いから」

「があああああ!?」


 体を引き裂かれるような激痛が走り、その痛みで意識が遠のいていく。


「くそ……ミカエル」


 その言葉を最後に、俺は倒れてしまった。




 カイツが倒れて数分後、彼は目を覚まして立ち上がる。その目は血のように紅く染まっていて、雰囲気も変わっている。


「うん。この前の時よりはいい感じだわ……じゃなくて良い感じだな。ふふふ。この姿なんだから、ちゃんと男性口調で行かないとね。さてと」


 彼の背中が弾け、紅い翼が顕現した。それは翼というにはあまりにも歪であり、天使のような神々しさはなく、あるのは悪魔のような禍々しさだけだった。


「神殺しに、行くとしよう」







 とある教会の控室。そこではガルードが結婚パーティーの準備のため、タキシードを着て自分の身だしなみを整えている。近くにはイシスがおり、だるそうに椅子に座ってお茶を飲んでいる。彼女はガルードに招待されており、ぜひ結婚パーティーを見てほしいと言われて渋々来ていた。


「どうだいイシス。このタキシード。最強で美しい僕にぴったりだと思うだろ?」

「そうだな。よく似合ってるんじゃないか?」


 彼女は適当に答えたが、彼はそれに気づいてないのか、嬉しそうに笑みを浮かべる。


「ふふ。やはり君もそう思うか? サキュバス族の仕立て人は素晴らしいな。この世で最も美しい僕に似合うタキシードを造れるのだから。これを造った仕立て人は僕らに仕える資格がある。いやー、ほんとに美しいな。この僕でさえ、自分の魅力に惚れ直してしまいそうだよ」


 彼はそう言いながら、自分の頬を撫でたり、やたらと決めポーズを取ったりしている。そうしていると、コンコンと扉が叩かれる。


「ガルード。私よ。入っても大丈夫かしら?」

「ウルか。大丈夫だよ。入ってくれたまえ」


 扉が開かれると、ウェディングドレスに身を包んだウルが現れた。その姿はとても美しく、ガルードも思わず見入ってしまうほどだった。

「綺麗……とてもきれいね。まるでお姫様みたい」

「ありがとう。あなたもよく似合っているわよ」

「ありがとう。こんなにも美しい君と結婚できるなんて、僕は幸せ者だよ。ああ、本当に綺麗だ」


 ガルードはウルの顔を見ていたが、その視線が下へと下がり、彼女の胸を見ている。かなり露骨な視線だが、ウルはそれに気づいていなかった。


「そんなに見つめられると恥ずかしいわ」

「おっと失礼。あまりにも美しかったからついね。ウル。僕は君を生涯をかけて幸せにすることを誓う。絶対に君を離さないよ」

「ええ。私も同じ気持ちよ。ずっと一緒にいてね」


 2人が熱い抱擁を交わす中、イシスは部屋の隅っこで、くだらなさそうにその様子を見ていた。抱擁が終わると、イシスが口を開く。


「そろそろ時間じゃないかしら?」

「ん? もうそんな時間なのかい? じゃあ行かないとね」

「ええ。また後でね」


 そう言ってウルは部屋を出て、先に控室を出て教会へと向かった。


「ふふふふ。良い体だったね。夜が楽しみだよ。あんなに大きな胸を好きに出来るのだからね。心が躍ってしまうよ」


 彼は笑みを浮かべながら自分の服装や髪形を確認する。イシスはそれをつまらなさそうに見ていたが、何かに気付いたかのように、視線を別の方に動かす


「この感じ。なぜ奴が目覚めている。天使が封印してたはずだが……まあいい。奴がここまで表に出てるのは好都合だ。こっちも遠慮なく攻撃することが出来る」


 彼女の手を緑色の光が包む。


「来い。この手で叩き潰してやる」

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