第72話 アリアやガルードの目的 そして事態は動いていく
side カイツ
目を覚ますと、俺は牢屋の中に閉じ込められていた。体の動きは縛られてないが、刀や金を入れた袋が無い。誰かに奪われたのだろう。
「……また牢屋の中かよ。くそ」
ガルードの奴。あの手この手で俺を邪魔してくる。仲間はいなくなり、刀を取り上げられ、牢屋にぶちこまれ、今はミカエルがいるだけ。
「ほんとに最悪の気分だよ。なあ、ミカエル」
俺はそう話しかけたが、彼女からの返答は無かった。
「? ミカエル。なんで答えてくれないんだ。無視なんてひどー!?」
俺は体のあちこちを触り、自分の状態を確認する。それだけでなく、服の中を探ったりして持ち物の確認もする。だが、何も持っていなかった。ミカエルが変化している玉すら。
「おい。どうなってんだ」
人攫いの時とは違う。ミカエルの力を全く感じない。
「……六聖天・第1解放!」
そう叫ぶも、力が発動せず、天使のような羽も生えなかった。
「……冗談だろ?」
六聖天の力が完全に消えている。つまり、ミカエルとのつながりが完全に切れているということだ。何がどうなってる。そもそもつながりを切った奴は誰だ。そんなことが出来る奴なんて聞いたことないぞ。
「くそ。何がどうなってる」
ここに来てからわけの分からない事態に遭ってばかりだ。ウルは敵側に寝返るわアリアはいきなり性格が変わるわしまいにはミカエルとのつながりが切れる。俺の知らないところで何が起きているんだ。
「……とにかくここから出る方法を考えないと」
今の状態だとまともに戦うことも出来ないし、ガルードの企みも止められない。何とか脱出して、ミカエルと合流しないと。こんなところで油を売ってるわけには行かないんだ。
カイツが脱出の方法を探す中、とある牢屋にて。
そこにはとある少女が十字架に縛られていた。天使を思わせるような羽が3対6枚生えており、髪はカイツと同じ銀色だ。髪は腰まで伸ばしており、美しくなびいている。頭からは狐のような耳が生え、幼げな顔をしている少女、ミカエルだ。
「……ん。ここは」
彼女が目を覚まし、自分の状況を確認した。しかし、彼女はその状況が信じられなかった。自身とカイツのつながりが切られており、自分がこうして実体化していたからだ。
「……どうなってるんじゃ。これ」
彼女が困惑していると、部屋の中に1人の少女が入ってきた。黒い髪を腰辺りまで伸ばしており、獣の耳が生えている。左目には青い炎が宿っており、口の中には鋭い牙がある。
「アリア。これはどういうことじゃ? 返答次第ではただでは済まんぞ」
「あんたとカイツのつながりを切って、ここに拘束してるだけだよ。カイツも年増のババアに付きまとわれるのは可哀想だったからね」
「馬鹿な。貴様のような小娘が、妾とカイツのつながりを切ったじゃと? そんなことできるはずが」
「出来るんだよ。私の魔術があればね」
「お主の魔術は、他者を回復させる魔術じゃったはず。どうやってその魔術で」
「違う違う。そんなカス魔術じゃない。私にはもうひとつの魔術があるんだよ。あらゆるつながりを破壊する魔術。それのおかげであんたとカイツのつながりを破壊できた」
「2つの魔術。お主、
「なったじゃなくて、元から
本来、魔術というのは1人1つしかありえない。だがまれに、2つの魔術を持つ者が現れることがある。それが
「じゃが、いくら
「人間なら出来ないね。でも私は人間じゃない。私はフェンリル族の1人。アースガルズに住む最強の獣。他の雑魚共とは魔術の次元が違う」
「……やはりフェンリル族じゃったか。最初見た時からそんな感じはしとったんじゃが。ところで、あのガルードとやらもフェンリル族なのじゃろうが、おぬしらは何を企んでおる」
「ガルード? ああ。あのナルシスト野郎か。あんな雑魚の企みなんて知ったこっちゃないよ。何を勘違いしてるか知らないけど、私とあれは仲間じゃない。あれが勝手に仲間意識出して協力してるだけ。私の目的は別にある」
「何を企む? カイツを捕らえ、妾を分離させてなにをしたいんじゃ?」
「ババアに教える必要なんてないでしょ。それより、あなたに聞きたいことがあるんだよ」
そう言って彼女はミカエルに近づき、足で腕の部分を踏みつける。ミカエルは痛みで一瞬だけ目を閉じ、アリアを睨み付ける。
「なにその目。ババアの睨みとかなーんにも怖くないよ」
「貴様。覚えておれよ。この報復は必ず果たす」
「あっそ。そんなのどうでも良いよ。それより質問。あんたとカイツのつながりを切る時、妙なものを感じたんだよね。何かが寄生してるような妙な感覚。あれは何なの?」
「生憎じゃが、貴様のような小娘に教える義理はない」
ミカエルがそう挑発すると、アリアは彼女の顔を蹴り飛ばした。彼女ほっぺに赤い痣が出来、痛々しい痕が残る。
「じゃあ次の質問。あんたはどれくらいの力を残してるの?」
彼女がそう言うと、ミカエルは驚いたような表情をした。
「おお。ババアの驚き顔は面白いね」
「お主……なぜそれを」
「あんたとカイツのつながりを切る時に分かったんだよ。あんたは本来の力をかなり消耗してる。
理由は2つ。1つはカイツの中にいる寄生体を止めてるから。もう1つはあんたの体の一部が無くなってるから。しかも、かなり大きめの一部がね。だからあんたは力の大半を消耗してるし、カイツは六聖天の力をフルに使うことが出来ない」
「ふん。そこまで知っておるのなら、妾の力がどれほど残ってるのかも理解しておるじゃろうに。ずいぶんと鬱陶しい奴じゃ」
「まあねえ。あんた、今は4割くらいの力しか残ってないよね。どこで体の一部を無くしたか知らないけど、とっても好都合だよ。こうして楽に縛り上げることが出来るんだから」
「お主の狙いはなんじゃ? 妾をいたぶることか? じゃとしたらずいぶんと性格が悪くなったのお」
「生憎だけど、私にはババアをいたぶる趣味はないんだよ。いくら知能が低下したババアとはいえ、もう予測はついてんでしょ?」
「……カイツを己のものにすることか」
「大正解! いくらババアとはいえ、この程度のことは分かって当然だよねえ。ついでにいうと、あんたや他の雌豚たちも殺す予定だよ」
「そんなことをして何になる。カイツはそんなことをしても喜ばんぞ」
「知らないよ。私はカイツが欲しい。そのためならなんだってするって決めた。大体私は気に入らないんだよ。カイツにまとわりつく虫けらも、あんなのに笑顔を向けるカイツも!」
彼女は苛立ちをぶつけるように壁を殴り、クレーターのような痕を作る。
「だから、全部ぶち壊す。関係も、守りたいものも、何もかもぶっこわして、私だけを振り向くようにしてやる。それが私の目的。あんたは最後のメインディッシュで殺してあげるから、楽しみにしててねー」
彼女はミカエルを嘲笑いながら部屋を出ていき、静寂が支配した。ミカエルは怒り心頭であり、唇を噛み締め、手を強く握っている。
「あの小娘があ。覚えておれよ。この手で必ず叩き潰してやる。そのためにも、この十字架を何とかせんとな」
アリアはミカエルを閉じ込めてる部屋を出たあと、町中を歩いていた。町はウルの結婚パーティーの話題で持ちきりになっている。
「ねえねえ聞いた? ウルが結婚するガルードって人、とっても素晴らしいテクを持ってるらしいわよ」
「そうなの? 良いなあ。そんなかっこいい人と結婚できるなんて」
「羨ましいよね。私ガルード様を見たとき、あまりにもかっこよすぎて濡れちゃったもん」
「わかるう。あの方を見たら、他の男どもが醜い猿に見えちゃうわよね」
「猿は言い過ぎよ。せめて類人猿って呼んであげないと」
誰と彼もがガルードを絶賛しており、彼に抱かれたい、キスされたい、襲われたいなどと性欲全開のトークをしている。アリアはそんな彼女たちを蔑んだ目で見つめていた。
(馬鹿馬鹿しい。カイツ以上にかっこいい男なんていないってのに。いくら薬でやられてるとはいえ、あいつら節穴すぎるでしょ。ライバルが増えないから助かるけどさあ)
そう思いながら町中を歩いてると、ウルと彼女の母親が喫茶店でお茶をしてるのを見つけた。
「ふう。お母さん。今日はとっても良い日だわ。だって、ようやく運命の人と会えたのだから」
「良かったわねえ。お母さんも嬉しいわ。やっと孫の顔を見れそうなんだから」
「ふふふ。強制縁談を聞いたときは凄く嫌だったけど、今は感謝しかないわ。彼ならきっと私のことを愛し続けてくれる。離婚せず、交わることまで出来るわ!」
「その意気よウル! 今回こそ絶対に逃さないよう頑張りなさい!」
彼女たちの気合の入った話し合い。アリアにはそれがひどく馬鹿馬鹿しいものに見えた。
(あれが欲しいのはあんたらという丈夫な母体だけ。あんたらを愛する気持ちなんて微塵も無いよ。ほんと、どいつもこいつも馬鹿なんだから)
ウルたちをそう思いながら歩いてると、ガルードが向かいからこっちに歩いてきた。
「やあアリア。こんなところでなにしてるんだい?」
「散歩。あんたこそ何してんの?」
「母体の確認さ。いやー、サキュバス族というのは素晴らしいね。見るだけで頑丈な存在だとわかる。あれなら10人くらいは余裕で産めるだろう。彼女たちが喘ぐ夜が楽しみだよ」
「……はあ。あんたは女孕ますことしか頭にないの?」
「人聞きが悪いな。一族繁栄のことしか頭にないと言ってくれよ。僕たちフェンリル族は、かつてはこの世界を支配するほどに強大な一族だったと言われている。僕はその栄華を取り戻したいんだ。そのためなら、他の種族がどうなろうと知ったことではない」
「なんでそこまで取り戻すことにこだわるの? 私からしたら理解できないんだけど」
「今の世界が気に入らないからさ。劣等種どもは僕らフェンリル族を忘れ、この耳を蔑む。僕にはそれが我慢ならないんだよ! 劣等種風情が僕たちの外見をばかにすることがね。
だからフェンリル族を再興し、再びこの世界を支配する! そうすれば劣等種どもは我らの恐怖を思い出し、恐れおののくだろうからな」
彼は高笑いしながら自分の野望を語る。そんな彼をアリアは呆れた顔をしながら見ていた。
「すっごいどうでもいいことでびっくりしたよ。あんたが何をやろうが知ったこっちゃないけどさ。もし私のやりたいことを邪魔するなら、ここであんたを殺す。私はあんたを仲間とは思ってないし、フェンリル族再興とかに協力する気も無いから」
「ああ。君は自分のやりたいことをやりたまえ。僕はそれを邪魔する気はないし、出来る限りの支援もする。それが仲間として、僕がやるべきことだからね」
「……あっそ。ま、邪魔しないなら何でも良いよ」
アリアはそう言ってその場を去っていった。
「ふふふ。薬で覚醒させた甲斐があったよ。僕の夢には賛同しないようだが、彼女は世界を支配するための素晴らしい戦力となるだろう」
彼は町中を歩き、とある裏路地に入った。そこはサキュバス族が1人もおらず、代わりにピエロのような仮面を着けた女性が、壁にもたれていた。
「来たか。お前の計画は順調に進んでいるようだな」
「ああ。君たちがくれた薬のおかげでね。劣等種の出す薬がどれほど酷いかと思えば、思ったよりも役に立ってびっくりしたよ。礼を言う。僕の夢が叶い、世界征服出来た暁には、君たちヴァルキュリア家にそれなりの褒美をくれてやる」
「ふん。相変わらず上から目線だな。ボスがなぜお前に協力しようとするのか、よくわからないよ」
「僕が最強の生物だからだよ。君たちのボスはそれを理解し、恐れているからこそ、この僕に媚びを売ってるのだろう。それは当然のことだ。強いものには誰だって媚びを売る。君たちのボスは間違っていない。それより、例の薬はどうした?」
「持ってきてるよ。確かここに」
彼女はポケットをまさぐりながらガルードに近づき、とある薬を渡した。
「強力な妊娠促進薬だ。これがあれば、孕ませてから1週間ほどで4人は生まれるだろう。母体にはかなりの負担がかかるがな」
「関係ない。サキュバス族は頑丈だからな。多少の無茶は何とでもなる。仮にだめだったとしても、母体なんていくらでも見つけられる。ほれ。謝礼金だ」
彼は成金のように、大量の金が入った袋を地面に落とした。彼女はそれを拾い、中身を確認する。
「確認出来た。ではさらばだ」
ピエロ女は壁を蹴ってジャンプしながら屋根の上へと行き、どこかに行ってしまった。
「ふふふふふ。ようやく夢が叶うときが来た。叶わぬと諦めた夢が、あともう少しのところで叶うのだ。ハハハハハハハ! 僕は必ずフェンリル族を再興し、世界を支配してみせる!」
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