第71話 最悪は続く

 side カイツ


 俺は宿に戻ったあと、ベッドの上に寝転んでいた。眠たいわけではない。アリアのいきなりの裏切りに落ち込んでるんだ。


「くそ。なんでこんなことに」


 アリアのあの変わりよう。おそらくガルードが原因だ。奴がアリアの肩に触れた時、何らかの薬を嗅がせたか入れたのか。あの野郎、薬で人の性格をコロコロ変えやがって。本気で苛つく。

 というか、いつの間にか俺の味方がいなくなってしまった。これじゃガルードの調査も儘ならない。


「おいおい。何を落ち込んどるんじゃ? お主には妾という味方がおるじゃろうが」


 そう言いながら、ミカエルが実体化して俺のそばに座る。


「そうだな。俺にはまだ味方がいたな。ありがとう」


 俺が彼女の頭を撫でると、嬉しそうにしてくれた。


「むふふふ。パーフェクトで最強の妾に任せておけ。アリアやウルのことも、ガルードのことも、妾の力があればあっちゅうまに解決じゃ」


 こういうとき、彼女のこういう自信は本当に助かる。心の支えになるし、本当になんとかなるんじゃないかって感じがしてくる。


「にしても、どれから手をつければ良いんだろうな。色々ありすぎてどれから手をつければいいか分からん」

「ふむ。ここは元の世界に戻って援軍を呼ぶのはどうじゃ? ウルが作った門はまだ生きておるはずじゃからな」

「そうだな。まずは助けを呼ぶか」


 ミカエルは玉になって俺の服の中に入り、俺は宿を出てウルが作った門を探しに行った。しかし。


「……嘘だろ」

『これは……少しまずいのお』


 ウルが作ったはずの門は消えており、どこにもなかった。これじゃ元の世界に帰れないじゃねえかよ。どうすればいいんだ。


「どうする? このままじゃ援軍を呼ぶこともできないか」

『そうじゃのお。他のサキュバス族に頼んでみるのはどうじゃ? 理由はいくらでもつけられよう』

「まあそれしかないよな」


 俺は近くにいるサキュバス族に門を作ってもらうよう頼もうとしたのだが。


「あーごめんね。門を作ってあげたいけど、ガルード様がそれをするなって命令してるの。私、あの方の命令には逆らえないから、坊やの頼みは受けられないわ」

「いやよー。スーパーダーリンのガルード様が門を作るなって言ってるもの。ダーリンが作るなって命令してるから、私はそれに逆らえないわー」

「無理でーす。私はガルード様の奥様でーす。なので、ガルード様が嫌がることはできませーん」


 10人近くに頼んだはずだが、全員に断られてしまった。


「嘘だろ。一体何がどうなってんだよ」

『参ったのお。奴がここまで手を広げてるとは思わなんだ。この世界のサキュバス族は、ほぼ全員が奴の毒牙にかかってると考えるべきじゃな』

「それって……ミカエル以外に頼れる味方はいないってことか?」

『そういうことじゃ。これは最悪の事態じゃのお』

「……いや。まだ味方はいるかもしれない」

『? どういうことじゃ?』

「まあ見てなって。とりあえず、ウルの実家に行ってみる」


 俺はウルの実家に向かい、中に入れてもらってウルと出会った。


「あらカイツ。どうかしたの? あなたもガルード様に惚れちゃった? 男でも惚れさせるなんて、ガルード様は素晴らしい人なのね」

「そんなんじゃねえよ。ウル、スーパーマンズを呼ぶための粉ってあるか? それか元の世界へ帰るための鍵」


 俺の作戦はこうだ。スーパーマンズや騎士団の仲間を呼んで、事態を解決するために協力してもらう。彼女が仲間となれば、色々と心強い。


「いいえ。粉は無いわ。アルフヘイムで使ったのが最後。そもそもあんな奴らを呼んでどうするの? あいつらは芸術のげの字も理解できない劣等種なのに。あんな奴らはパーティーに呼ぶ必要すらないわ」


 ずいぶんと仲間を馬鹿してるな。確かにスーパーマンズは性格に難があるが、そこまで言わなくても良いだろうに。


「元の世界への門も必要ないわ。あなたのことだから他の仲間を呼びたいのでしょうけど、あんなカス共はガルード様の美しさを少しも理解できない愚人共。そんな奴らはいらないわよ」

「……あはは。そうだな。確かに呼ぶ必要もない。邪魔したな」


 俺はそう言って実家を出ていった。途中、ウルの母親にお茶を飲まないか誘われた気がしたが、俺はそんなことを気にしていられなかった。ウルがあそこまで仲間を見下すというのが我慢できなかったからだ。

 クロノスも仲間を見下しているところはある。だがウルのあれはクロノスとは比較にならない。心の底からスーパーマンズや他の騎士団員たちを蔑み、憎んでる。憎んでる理由はガルードとやらの美しさを理解できないとかいうわけわからん理由だろう。

 だが俺からすれば、あんな奴が美しいと思えるウルの目を疑う。薬を使って女を墜とすような奴のどこが美しいんだか。


『落ち着けカイツ。あやつは薬のせいでああなっておるだけじゃ。本心ではない』

「分かってるよ。けど、あそこまで仲間を馬鹿にしてガルードを持ち上げるってのが許せなくて」

『まあ分からんでもないがな。女を薬で豹変させ、己のペットのようにする。外道極まりないクソ野郎じゃ。にしても、これからどうするべきかのお』

「そうだな。頼みのスーパーマンズも呼べない。他のサキュバス族はほぼ全員が奴の配下のようなもの。これじゃまともに動くことも出来ない」


 この自体を解決するための方法を考えて歩いた。しかし、事態が好転するような方法が思いつくわけもなく、ただいたずらに時間だけが過ぎていった。夜になり、宿に戻ろうかと思っていると。


「あのー。すいません」


 前から声をかけられた。見た目は16歳ほどだろうか。肌はピンク色になっており、良く言えば大人しげな見た目、悪く言えば地味な見た目をしており、目が眠そうに開いている。


「なんだ?」

「あなたって、カイツ・ケラウノスさんですよね。私、ウルの友達でミレアって言います」


 ウルの友達。まあ、ここはあいつの故郷だから、友達とかいてもおかしくないか。帰ろうと思えば、あいつはいつでも帰れるんだからな。その際に俺のことを話していたとしてもおかしくはない。


「そうか。俺になんの用だ?」

「実は、ガルードさんについて話したいことが……ここではまずそうなので、こっちへ」


 そう言って、彼女は俺を人の気配がない場所へと案内する。ガルードについての話で、人には聞かれたくない。もしかして彼女は、ガルードの毒牙にかかっていないのか。だとすれば希望を持てる。この世界でサキュバス族を味方に出来れば、少しは動きやすくなるはずだ。

 彼女に案内されたのは、廃工場のような場所で人っ子一人いない。


「ここなら大丈夫そうですね」

「なあ。ガルードについて話したいことって何なんだ?」


 そう聞くと、彼女は人に聞かれたくないかのように、俺の耳に顔を近づける。


「私、実は知ってるんです。ガルードが薬を使って、女を墜としてるってことを」


 やはりその話か。これはありがたい。彼女はまだガルードの薬にやられていない。彼女と協力すれば、ガルードのふざけた行動を潰せるかもしれない。


「お前も知ってたのか」

「お前もって……カイツさんも気づいてたんですか」

「ああ。仲間があいつの薬にやられてな。出来れば協力してほしいんだが」

「分かりました。私もウルを助けたいですし、あなたに協力します」

「助かる。それで、これからどうする?」

「そうですね。まずは」


 彼女が俺の耳元から離れた瞬間、俺のうなじに矢が突き刺さった。その直後、体中に強烈な電流が走る。それは全身の神経を襲うように俺の体を走った。この力、まさか!?


「がっ……これは」

「まずはあなたを捕らえるとしましょう」

「ミレア……何を」


 痛みと麻痺でうずくまると、彼女は不気味な笑みを浮かべてしゃがみ、俺とし線を合わせる。


「凄いでしょ。私とウルのコンビネーション。私が敵の警戒を解き、ウルが超遠距離から狙い撃つ」

「ウルが!? ウルはどこにいる!」

「あそこですよ。あそこの山」


 彼女が指さした方を見ると、はるか遠くに豆粒よりも小さく、ギリギリ見えるレベルの山があった。まさか、ウルがあの山から俺を狙い撃ったというのか。距離にして、少なくとも40キロはあるはず。どういう射撃能力してんだよ。


「すごいですよね。あんなに遠い所からあなたの首を狙えるなんて。流石は絶対命中のアブソリュート・狙撃手スナイパーってところですかね」

「くそ……こんなところで」


 なんとか立ち上がろうとするも、電流のせいで思うように動かず、その場に倒れてしまった。


「心配しないでください。殺すなんてことはしません。あくまで、あなたを一時的に監禁するだけですから」


 奴の言葉は最後まで聞き取ることが出来なかった。なぜなら、俺は電流のせいで気絶してしまったのだから、

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