第70話 アリアの変異

 side カイツ


 俺はウルの実家を出た後、近くの宿で休息を取ることにした。アリアをベッドに寝かせ、俺は木組の安楽椅子に座っていた。本当なら実家を出る前に母親に起こしてほしかったが、面倒になっても嫌だからと断られた。どういうことなのか聞いてもはぐらかされたし、ウルに至っては話を聞かずにガルードガルードとつぶやくばかり。


「俺が寝てる間になにがあったんだ」


 アリアのことも気になるが、それ以上に違和感を感じるのがガルードだ。あいつが告白した途端、ウルが突然発情し始めた。


「ミカエル。俺は乙女心ってのが良く分からないが、女性はガルードみたいな奴を目にすると変になっちまうのか?」

『んなわけなかろう。あれは媚薬の影響でああなってるだけじゃよ』

「は!? 媚薬ってどういうことだよ!」

『どういうことも何も、奴の体から媚薬の粉が舞っておった。ウルとやらは、その粉のせいであんな風になっておるんじゃよ』

「けど、粉みたいなものは何も見えなかったぞ」

『無理もないわい。あれは人間の肉眼で捕らえられぬレベルの細かい粉じゃ。あれを見破れるのはとんでもなく目が良い奴だけじゃろうな』

「なるほど。じゃあウルが変なことになったのって」

『媚薬の影響じゃろうな。奴の母親も娘ほどではないとはいえ、媚薬の影響を受けておるはずじゃ』


 マジかよ。まさか媚薬を使ってるとはな。美しいだのなんだの言っておきながら、薬に頼ってるだけじゃねえか。


「じゃあ、急いでウルたちに媚薬のことを」

『それはおすすめせんな。奴らはガルードとやらのことを信頼しておる。そんな状態でお主が何か言っても、効果は無いじゃろうな。むしろ、ガルードに負けた奴の戯言やデマとして受け止められる可能性もあるじゃろうし、立場を悪化して救えなくなる可能性もある』

「じゃあどうすれば良いんだよ。薬使って女墜とすような奴を、黙って見てろってことか?」

『そんなことは言っとらん。何事にもタイミングが大切ってことじゃ。まあそこは心配するな。妾に良い考えがある』


 不安は残るが、彼女に作戦があるのなら、それに任せるとしよう。俺が今出来ることは何もなさそうだしな。勝負は恐らく、ウルとガルードの結婚パーティーだろう。その時に備えて準備しておかないと。とりあえずなにか飲もう。少し疲れてきたしな。そう思って飲み物を取ろうとすると。


「ん……んあ」


 アリアが目を覚ましたので、俺はすぐさま彼女のそばに駆け寄った。


「アリア。大丈夫か? 痛いところはないか?」

「カイツ……うん。大丈夫」

「? そ、そうか」


 今、タメ口で話したのか? タメ口で話すのは別に構わない。けど、アリアは常に敬語だったはずだ。なんで急にタメ口なんかに。

 彼女は手をグッパ―したり足踏みしたりしている。まるで、自分の動きを確かめるかのように。


「ふむ。なるほどね。なるほどなるほど。私は、随分と寝てたんだね」


 何か言ってるようだが、小声のせいで聞き取ることが出来なかった。


「? アリア。何をしてるんだ?」

「ちょっとした動きの確認。それよりカイツ。少し疲れた。森に行きたい。綺麗な空気吸いたい」

「わ、分かった。すぐに森に行こう」


 気になるところがあるが、まあいい。俺は支度を整え、アリアと一緒に宿を出た。その後、近くのサキュバスたちに道を聞きながら、森へと向かった。


「ふう。ここの森は良いね。空気が綺麗で美味しいよ。おかげで気分も落ち着いてきた」

「そうか。それは良かった」


 アリアは背伸びや腕を伸ばしたりして、気持ち良さそうにしている。空気が綺麗。アリアってこんなことを言うやつだったか? 何かがおかしい。


「ふう。ねえカイツ。私のことどう思ってる?」

「? いきなりどうしたんだよ」

「良いから答えてよ。私のことどう思ってる?」


 アリアの奴。本当にどうしたというんだ。彼女はこんな性格ではなかったはずだが。


「大切な仲間だ。お前といると色んなことが楽しく感じるし、一緒にいて心地いい。ずっと一緒にいたいって思える大切な仲間だ」


 俺がそう言うと、アリアは顔をうつむける。


「仲間……仲間ねえ。やっぱりその程度だよね」

「アリア? 一体何をー!?」


 俺が近くに寄ろうとした瞬間、彼女は一瞬で俺との距離を詰め、手を伸ばしてきた。本能的に恐怖を感じ、俺は地面を跳んで大きく後ろに下がる。


「ありゃ。躱されちゃった。でも」


 俺の額が薄く斬られ、そこから血が流れる。彼女の手から鋭い爪が伸びており、返り血が少しだけついていた。それだけでなく、彼女の左目に青い炎が宿っており、口の歯は牙と思えるほどに鋭くなっている。

 あの姿、暴走した状態に似ている。けど、今のあいつは理性を失ってるようには見えない。力を完全にコントロール出来てるってことか。

 てかあいつのスピードはどうなってんだよ。俺は確実に攻撃を躱したはず。それが間に合わなかったというのか。どんな攻撃スピードだ。


「少しは当てられた。うん。今の私なら確実にカイツに勝てるね」

「何の真似だ? 冗談にしては面白くないぞ」

「冗談なんかじゃないよ。私はカイツを倒して、私だけのものにする。安心して。殺すつもりはないから!」


 そう言うと、彼女はまた一瞬で距離を詰め、手の爪で切り裂こうとしてくる。俺は刀を抜き、その攻撃を防いだ。


「なんでそんなことをする! いきなりどうしちまったんだよ!」

「どうしたもなにもないよ。私は自分のやりたいことに気づいただけ!」


 彼女が刀を掴んだ瞬間、俺の視界は反転して空中にいた。一瞬何をされたか分からなかったが、アリアに投げられたのだと理解した。そしてその頃には、彼女は俺の前にいた。即座に刀で防御しようとするが。


「遅いよ!」


 その前に彼女の蹴りがモロに入り、俺は地面に叩き落とされた。


「ガハッ!? 冗談だろ。この威力」

「ふふふ。冗談なんかじゃないよ。これは現実。これが私の本当の力」


 まずいな。今のアリアは間違いなく今の俺より格上。ならば。


「六聖天・第2解放!」


 背中から1対2枚の天使のような羽が生え、紅い光が刀を纏う。両手にはヒビのような模様が入り、手首まで広がった。俺は刀を収め、一気に奴との距離を詰める。


「とりあえず、お前の目を覚ます!」


 出来るだけ力を入れて殴りかかるも、その攻撃は片手で受け止められた。


「な!?」

「遅いよ。こんな雑魚雑魚パンチじゃやられないよ!」


 彼女は俺の手を掴んだまま、ボールのように投げ飛ばした。空中で体勢を立て直し、なんとか着地する。その瞬間、彼女の体が近くに迫り、顔を蹴り飛ばされた。


「が!?」


 攻撃をくらい、勢いを殺すことも出来ずに地面を転がっていく。


「くそ。やってくれるじゃねえか」

「ふふふ。私みたいな小娘にやられるとか、だっさーい。それでも騎士団団員なのー? お兄さんって雑魚雑魚なんだねー」

「ずいぶんと減らず口叩くようになってくれたな。お前そんな奴だったか?」

「自分の気持ちに正直になったんだよ。さあ。そろそろ終わ――ごふ!?」


 突然彼女は吐血し。その場にうずくまった。


「!? なんだ。何が起きた!」

「これは……無茶しすぎたね。ここで終わらせたかったけど……仕方ない!」


 彼女は一瞬で姿を消し、どこかに行ってしまった。


「どこだ。どこに消えやがった!」

「次は確実に私のものにしてあげるよ。それまで死なないでね。ざーこざこカイツくーん」


 その声の後、彼女の気配が消えた。


「くそ。何がどうなってんだよ」


 ウルはガルード大好き人間になるし、アリアはいきなり豹変するし。この世界で何が起きている。


「……まあ、十中八九禄でもないことだろうがな」


 とりあえず、宿に戻って今後のことを考えるか。そう判断し、俺は1人寂しく宿へと戻っていった。

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