第67話 サキュバス族の世界 スヴァルトアルフヘイム

 side カイツ


 俺とアリアは、ウルと一緒に町中を歩いていた。彼女のいる世界へ行くというらしいが、どうやって行くのだろうか。そう思っていると、彼女が立ち止まる。そこは人の気配が殆ど無いところであり、周りにあるのは人が住まなくなったボロボロの家や建物ばかりである。俺たちの前には、今にも崩れ落ちそうな家があった。


「ウル。なんでこんなぼろ家の前に来たんだ?」

「ちょっと見ててね。面白いことやるから」


 そう言うと、彼女は胸元から鍵を取り出した。鍵をどういう場所にしまってんだ。彼女が空中に向かって鍵を差し込み、開けるように動かす。すると、俺たちの前に銀色の扉が出現した。


「ふふ。凄いでしょ。この鍵は特定の場所で私の世界へ行くための門を出現させられるのよ」


 便利な鍵だな。別世界の門を出現させられるとは。彼女がその門を開けた先には夜の世界が広がっていた。


「ようこそ。ここが私たちサキュバス族の住む世界。スヴァルトアルフヘイムよ」


 その世界はピンク色や紫色の街灯が立ち並び、空にはハート型のピンク雲が浮かんでいる。ヘルヘイムもアルフヘイムもそうだが、別世界というのは人の世界と違って色々なものがあるな。もっと面白いのは。


「あら~。良い男がいるじゃな~い。私と遊ばな~い?」

「わあ。白髪の男。かっこよすぎて惚れるわ~」


 肌がピンク色の角が生えた女性があちこちにいることだな。どいつもこいつも変に誘惑してくるし、周りにある店がどれもこれも怪しそうな店ばかりだし。アリアはぎらついた目で周りの女性たちを威嚇しまくってるし。


「アリア。どうかしたのか? さっきから険しい表情になってるけど」

「ここ。嫌な匂いがするです。それに、どいつもこいつもカイツに色目を使ってる。嫌になるのです」


 嫌な匂いと言われても、そこまで酷い匂いは漂ってるとは思えない。香水の匂いがきついところはあるが、それくらいだ。彼女はこの匂いが嫌いなのだろうか。


「女性はこの匂いが苦手な人も多いかもしれないわね、私は気にしないけど、この匂いって、女性が不快になるものらしいから」

「そうなのか。それは知らなかった。でも、なんでそんな匂いが街中に充満してるんだ?」

「別の種族の女を追い出すためよ。パートナーをゲットするためには、ライバルは1人でも少ない方が色々と楽だもの。サキュバス族は、女にいやがらせするためにあれやこれやと考えるのがとっても得意な種族なのよ」


 それはまた。女の敵になりそうな種族だな。いやがらせが得意って。そう思ってると、近くにあった店の中からいきなり鎖が飛び出し、俺の体に巻き付いた。


「カイツ!」

「な、なんだこれ!」

「ふふふふふ。捕まえたわよおお」


 店の中から出てきたのは、恍惚な顔を浮かべるサキュバス族だった。胸が大きく、身長は180近くあるだろう。他のものに比べて角が大きく、別格ということがわかる。アリアが必死に鎖を破壊しようとするも、びくともしなかった。


「ウル! これはなんなんだ!」

「強引な客引きね。たまにいるのよ。男を無理やり連れ込もうとするサキュバスが。あ、私は手出しできないわよ。サキュバス族は、同族の邪魔をしたりすることは、禁忌に等しいと言われてるから」


 同族に手を出すのは禁止というわけか。仲間思いな種族なことで。


「かわいい少年ゲット! このまま私の館に招待してあげるわ」

「悪いが、それは御免被る。六聖天・第1開放!」


 背中から天使のような羽が1枚生え、六聖天の力が発動する。腕に力を込め、鎖を引きちぎった。


「あら。鎖が外れちゃったわ」

「どうしても俺を連れ込みたいなら、力づくで何とかしてみろ」


 刀の柄に手をおいて挑発すると、彼女は少し考える素振りをした後。


「やめとくわー。私じゃあなたに勝てなさそうだし」


 あっさりと諦めてくれた。ここまで素直とは思わなかったな。もう少し何かしてくるかと思ったんだが。


「じゃあねえー。あなたが遊びに来てくれるの楽しみにしてるわー」


 そう言って、彼女は店の中へ戻っていった。


「なんか、変わった奴ばかりいるな。ウルとは雰囲気も違う人がめちゃくちゃ多いけど、本当に同じ種族なのか?」

「そう思うのも無理ないわね。体も色も随分と違うし。サキュバス族は、パートナーを見つけて交わると、私のような姿から、周りにいるような存在に、体が変化すると言われてるの」


 交わると体が変化する。てことは、周りにいるサキュバス族は交わったからあんな風になったというわけか。摩訶不思議な種族だな。何かをきっかけにして体が変化する動物とかは聞いたことあるが、ここまで変化が激しいのは聞いたことがない。そう思いながら進んでいると、とある家の前に着いた。そこは巨大な豪邸であり、周りには巨大な庭があり、噴水や花壇も綺麗に整頓されている。


「凄いな。ここってまさか」

「ええ。私の実家よ。数年ぶりに帰って来るわね」


 実家がこんなに豪邸だとは思わなかった。ウルってお嬢様だったんだな。


「カイツ。この家凄いです。高級肉の匂いがたんまりとするです」

「肉の話ばっかりだな。噴水とか花とかにも注目しろよ」

「うーん。綺麗だとは思うですけど、肉に比べたらインパクトが少ないです」


 どんだけ肉が好きなんだよ。花より団子にもほどがあるだろ。にしても、庭の中は以外にも人っ子1人いないな。


「ウル。この庭を警備してる人とかいないのか? こういうところって警備とかそういうのが付きそうなイメージだけど」

「付いてないわね。ここを襲ってくる者なんてほぼいないもの。サキュバス族は別の種族に手を上げることはあっても、同族には絶対に手を出さないの。出した瞬間そいつは袋叩きになるし、数を減らす馬鹿な行為だからね」


 凄いな。何が何でも数を増やそうという意志を感じる。他の生物は同族で争うことが多いのに、それがないというのは素晴らしい。扉を開けると、ウルの母親と思わしき女性サキュバスが立っていた。豊満な体は妖艶な雰囲気を漂わせ、肌はピンク色で角もあり、顔つきはウルの面影がある。髪はウルと同じように赤いメッシュが所々に入った黒髪であり、腰まで伸ばしている。


「久しぶりねえ。ウルちゃん」

「お久しぶりです。お母様」

「あら? そちらの男性と変な耳の女性は誰かしら?」


 彼女は興味深そうに俺たち、というよりは俺を見つめてくる。アリアは彼女を疑わしく見つめている。


「彼は私のパートナー、カイツ・ケラウノスよ。隣にいるのは彼の愛人アリア・ケットシー」

「へえ。この子が貴方のパートナーなのね。ふむふむ。既に愛人を手にしているほどにたくましい男。それに、ただよらぬオーラを感じるわね。まるで、中に何かが潜んでるような雰囲気」


 やたらあちこちをじろじろ見てくるせいで落ち着かない。しかも、何かを見透かされてるような気がする。アリアの方は目つきがどんどん鋭くなってるしで色々と怖い。


「ふむ。見た目は悪くないわね。心の広さや度量の広さもそれなりにあるということが分かるわ」

「なら」

「でも。これだけじゃ認められないわね。ウルって男運が悪いせいか、交わる前に別れてばかりだもの。彼もそうなってしまう可能性は十分にあるわ」

「じゃ、じゃあどうしろと。パートナーがいるのに、強制縁談を受けろとでも言う気かしら?」

「そんなことは言ってないわ。ただ、彼が貴方と交わる前に別れない人間かを見極める必要がある」

「そんなのどうやって」

「ふふふ。ここはお母さんに任せなさい」


 彼女が指を鳴らすと、俺の足下に魔法陣が現れ、強い光を放つ。手で視界を隠して目を閉じる。光が収まったかと思うと、いつの間にか不思議な世界にいた。空は紫色。床が逆向きになって浮いてたり、女性や男性の下着類、棒のような何か、丸くてよくわからない物体が空中のあちこちに浮いている。今立っている床にも穴が開いてたり変な液体が飛び散ったりと変な所だ。現実とは思えないような場所だが、これはどうなってんだ。


「さあさあ! ここはカイツ君を試すマジカルワールド! ここで試験させてもらうわよ。貴方がウルに相応しい人間かこのマジカルワールドでチェックさせてもらうわ!」

「チェックは良いんだけど、この世界からはどうやったら出られるんだ?」

「ふふふ。それは簡単!」


 彼女の指を鳴らす音が聞こえると、俺の前に何人もの女性が現れた。スタイルや顔が良く、100人中100人が良いと言いそうな女性たちばかりだ。ていうか、全員空中に浮いてるけど、どういう仕組みなんだ。何かの魔術か?


「私がこっそり集めた絶世の美女軍団! この女たちの誘惑を振り切り、奥にあるゴールを目指すのよお!」


 なんか面倒なことに巻き込まれたな。だが、これをクリア出来なければ、強制縁談を断るなんて不可能に近いだろう。


「やるしかないか。あいつが自由に恋愛できるようにするためにも」


 俺は刀の柄に手を置いて構え、相手の出方を見る。そして、軍団の内の1人の女性がこっちに向かってきた。

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