第66話 新たなる波乱の予感
ミカエルとデートをしてから数日後。俺はアリアと一緒にゆったりとした日々を過ごしていた。気になるのは、アリアがやたらと腕を組んでくることくらいだ。前までも俺についてくることが多かったが、今は俺から離れる時間がないんじゃないかと思うほどにベッタリだ。食事はもちろん、風呂や着替えも一緒だ。そのせいで目のやり場に困ることが多々ある。
やめるように言いたいが、やたらと楽しそうにしてるし、少しでも離れようものなら泣きそうな顔をするので、言い出すことが出来なかった。
今日の俺はアリアと一緒に食事をしていた。周りには沢山の女性団員がおり、楽しそうに話に花を咲かせている。
「アリア。お前、めちゃくちゃ食うようになったな」
「自分でも驚きなのです。でも、いつもの量じゃ全然足りなくて。いくらでも食べられちゃうのです」
彼女はここ最近、前と比べて3倍近くの量の食事を食べていた。しかも、野菜や魚などは一切なく、脂がたっぷりのった肉料理ばかりである。見てるだけで胃もたれしてきそうだ。
「カイツ! この
「そうか。それは良かったな」
アリアは別に肉が嫌いだったわけじゃない。だが、それでもこれは異常だ。肉ばかり食べるって獣じゃあるまいし。そう思ってると、彼女の口の中の牙がちらりと見えた。それはまるで獣のように鋭かったように見えたが。
「カイツ? どうかしたのですか?」
「……いや。なんでもない」
多分気のせいなんだろう。あれは俺の見間違いだ。そう判断し、俺は食事を続ける。
「それにしても、ここは女性が多すぎるですよね。男性の方はいないのでしょうか?」
「多分いないだろ。ここの支部、男は俺だけみたいだし」
「え……そうなのですか!?」
「多分な」
男性団員とは全く会ったことがないし、ほぼ確定だろう。
「それは……カイツが大変ですね。同性の人がいないですから」
「いや。そこまで大変ではないんだがな。アリアのように楽しく話せる奴がいるし」
「私……カイツと楽しく話せてるですか?」
「ああ。お前がいるから、騎士団生活もそれなりに楽しくやれてる」
「そうですか。それは良かったです」
アリアが嬉しそうに微笑んで食事を再開する。彼女が微笑んでると、俺も食事を再開すると、ダレスが近づいて来た。
「やあカイツ。相席良いかな?」
「俺は良いけど、アリアは大丈夫か?」
そう聞くと、アリアは一瞬だけ何かを考えるように黙った後、すぐに笑顔になった。そして、机の下で俺の手を強く握った。やっぱり、俺やミカエル以外の人と関わるのはまだ不安なようだ。
「大丈夫ですよ。みんなと食べるのは楽しいですから」
「助かるよ。にしても、アリアってそんなに肉食べる子だったけ?」
「いえ。今まではそこまで食べなかったのですが、今日はとにかく肉を食べたい日なんです」
「へえ。そんな日もあるもんなんだ。ふふふ。しかし、肉をそんなに食べる人がいるとは嬉しいね。私の経験則だが、肉を沢山食べる人は強いって法則があるからね」
「強いって、アリアは戦うのが苦手だし、魔術も戦闘向けではないから、その法則には当てはまらないと思うが」
「分からないよ。もしかしたら急に覚醒して強くなる可能性もある」
「……覚醒」
アリアがそう言った瞬間、表情に影が差したように見えた。まるで、何かを思い詰めているような。だが、そうなったのはほんの一瞬で、すぐに元の表情に戻った。
「私が覚醒なんてするのはありえないです。ダレスの期待には応えられないと思うですよ」
「いや。一見大人しそうな奴が覚醒して強くなるってのは沢山見て来たからね。期待しているよ」
「えー。期待されるのは困るです」
アリアとダレスは楽しそうに話していた。手を握ってるから不安ではあるのだろう。それでもダレスの相席を許したのは俺や彼女に迷惑をかけないためか。
「アリア。無理をさせてごめん。相席許してくれてありがとう」
俺が小声でそういうと、アリアは笑顔になって小声で話す。
「大丈夫です。私も人見知りを治さないといけないと思ってたですし、ちょうどいい練習です」
そう言ってくれたが、その言葉はどこか嘘くさいように感じた。まるで、何かを我慢しているような。
「アリア。辛いことがあったら言えよ。俺はお前の味方だから」
「ありがとうです。カイツは優しいですね。私、そんなカイツのことが大好きです。でも、カイツは誰にでも……」
「誰にでも……なんて言ったんだ?」
「いえ。なんでもないです」
「アリアとカイツはさっきから何を話してるんだい? バトルの約束でもしてるのかな?」
「そんなことしてないです。ダレスはどんだけバトルが好きなんですか?」
「バトルは私にとっての快楽だからね。バトルがないと生きていけないよ」
「ほんと、根っからの戦闘狂なんだな」
「だから私は戦闘狂じゃないって。バトルが好きな普通の人間さ」
「普通の人はバトルが好きではないです」
「同感だ」
「酷いこと言うね。全く」
俺たちは楽しく話をしながら、朝食を食べていた。
朝食を食べ終えた後、俺はアリアと一緒に買い物をしていた。服やアクセサリーとかを買ってやろうかと思っていたのだが。
「おおお! このお肉とっても美味しそうなのです! 脂がたっぷり。肉の繊維も素晴らしいです。これは間違いなく上物なのです!」
彼女は肉に夢中であり、服やアクセサリーなどの雑貨には目もくれなかった。女心というのはよくわからないが、アクセサリーや服よりも食べ物に夢中になるものなのだろうか。
『いや。普通のおなごならあんなに食べ物に夢中になることはないじゃろ。あやつが異例なのじゃよ』
だよな。にしても、なんであそこまで食べ物、しかも肉に夢中になってるんだか。朝食で大量の肉を食べたのはまだ納得がいくけど、あそこまで肉に夢中になるってのは少し異常だ。何かあったとしか思えない。
そう思ってると、ウルがベンチに座っているのを見かけた。飲み物を手にしてるが、やたらと落ち込んだ表情をしており、何かあったように見える。俺の様子を不思議に思ったのか、アリアが近づいてきた。
「カイツ。どうかしたのですか?」
「いや。あそこでウルが落ち込んでるからさ。どうかしたのかと思って」
俺がそう言うと、アリアは彼女を見つめる。その時、少し嫌そうな顔をしていたように見えたが気のせいだろうか。
「なんだか落ち込んでますね。話しかけに行くです?」
「良いのか?」
「カイツはほっとけないって顔に書いてるですし、私もほっとけないですから」
顔に書いてあるって。そんなに分かりやすいのか。そう思いながら、彼女と一緒にウルの元へ向かった。
「ウル。どうかしたのか?」
「! カイツ。それにアリアも。なんでこんなところに」
「カイツとデートに行ってたです! 楽しい楽しいお肉デートに」
そう言って、アリアは俺と腕を組んだ。アリアってこんな性格だったか?
もう少しおとなしい性格だったはずだけど。今日はアリアの行動に困惑してばかりだ。
「アリアと買い物に行ってただけだ。それより、なんか落ち込んでるみたいだけど、何かあったのか?」
「ああ。ちょっと嫌なことがあってね。実家に呼び出しくらっちゃって」
「実家に呼び出し? それがそんなに嫌なのか?」
「当たり前よ。実家に呼び出しくらうってことは、強制縁談確定だもの」
「強制縁談?」
「私達サキュバス族は、気に入った男を虜にし、性行為を続ける。それは快楽のためでもあるけど、数を減らさないようにするという目的もあるのよ。だから、なんとしてでもサキュバスは男と性行為しようと苦心する。
気に入った男がいない、あるいは虜に出来ない私みたいなサキュバスは、親が呼び出して男を無理やりあてがうのよ。それが」
「それは……大変だな」
無理やり男と結ばれるというのは、あまり良いものでは無いだろう。止めたいけど、これは種族間の問題でもある。違う種族である俺が下手に手を出せば、逆にウルの立場を悪くしてしまうだろう。
どうすべきか考えていると、ウルが何かを思いついたように顔をあげる。
「そうだわ! カイツを連れていけば良いのよ。そうすれば親も納得するはずだわ」
「え。けどバレたら面倒なことになりそうだけど」
「バレたらって何よ。別に嘘はついてはいないもの。虜にできてないだけで、あなたは私のお気に入りなのよ」
そういった瞬間、アリアの腕を組む力が少し強くなったように感じた。けど、彼女は特に表情を変えてないし、気のせいだろう。
「お願いカイツ! ここは私を助けると思って協力して!」
「協力するのは良いんだが、ウルに迷惑はかからないのか? 強制縁談ってのは種族間のあれこれが原因で起こるみたいだし、下手に俺が介入すれば」
「大丈夫。そこは私に任せておいて! とっておきで完璧な策があるもの!」
色々と不安は残るが、ここは彼女に任せるしかないだろう。サキュバス族のあれこれに関しては、俺よりもウルの方が詳しいだろうからな。気になるのは。
「むうううう」
ほっぺたを膨らませてるアリアだな。
「えっと……アリア。今回はお前がついてくるのは」
「ついて行くです。絶対についていくです」
「けど、縁談らしいから、アリアがついていくのは」
「別に大丈夫よ」
「え、大丈夫なのか?」
「ええ。サキュバス族はハーレムとかには寛容だもの。女性が1人や2人ついてきても、大した問題にはならないはずよ」
ウルがそう言うと、アリアは嬉しそうに笑っている。
「ふっふっふー。今回もついていくですよ。カイツ!」
本当についてきて良いのかわからないが、ウルが良いと言ってるのなら良いのだろう。サキュバス族というのはよくわからないものだ。
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