第68話 母親の試練
side カイツ
女性がこちらに来たかと思うと、彼女は胸元を見せつけてきた。
「ねえお兄さん。これから私と楽しいことをしない? 天国にイかせるほどに気持ちよくするわよ」
やたら腰をふりふりしながらそう言ってくる。周りの女性たちもお尻や胸を強調したりしながら話しかけてくる。
「お兄さん。そんなやつより私と遊びましょう。このお尻でフワフワしてあげるわー」
「えー。私と遊んでよ! この胸好きに触っていいからさー」
なんなんだこれ。地獄絵図かなにかか。名前も顔も知らないこいつらが来たところで何も感じないんだが。そう思っていると、辺り一帯にピンク色の粉が舞い散る。粉が出てる方を見ると、何人もの女性が籠を持ってばらまいていた。この粉、見ているだけで気分が悪くなってくる。出来るだけ吸い込まないように俺は鼻と口を手で押さえた。
「ミカエル。このピンクの粉はなんだ?」
『それは媚薬じゃな。しかもかなり強力なものじゃ。あのおなごたちは、なんとしてでもお主を猿にしたいらしい』
そりゃ面倒だな。さてどうしたものか。
「お兄さん。私と遊びましょー」
「私とパフパフしましょー」
「私と交わりましょー」
ひとまず、こいつらをなんとかして離すか。
ウルの実家では阿鼻叫喚なことになっていた。カイツは床でぐーすかと眠っており。
「ウがああああああ! カイツになにをやったですかああああ!」
アリアが今にも襲い掛かりそうな感じで睨んでおり、ウルがそれを必死に抑え込んでいた。
「ちょっと。落ち着きなさいアリア! カイツはちょっとお母さんの魔術で眠らされただけだから。ちゃんと帰って来るから」
「起こすです。カイツを起こすですうううう! カイツを返してくださいですうううう!」
彼女の怒りは収まることなく、ウルは抑えるだけで精一杯だった。しかし、そんな状況でもウルの母親は余裕を崩すことなく微笑んでいる。
「あらあら。ずいぶんと怖いわね。それに、なんだか怖いオーラも感じる。変な耳があるから分かってはいたけど、どうも普通の人間ではないみたいね」
母親がウルの額に指を当てる。
「マジカルヒュー!」
そう言うと、彼女の指が光り出し、アリアは意識が朦朧とし始めた。暴れていた力はだんだんと小さくなり、最後には眠ってしまった。これが彼女の魔術である。彼女は相手を眠らせ、夢を見させることが出来るのだ。
「ふう。まさかこんなアグレッシブな子とは思わなかったわ」
「いつもはこんなに暴れる人じゃないのよ。アリア、今日はどうしたのかしら」
ウルがアリアの変わりように困惑していると、母親は彼女の耳を見ながら何かを考え込む。
「いえ……さすがにまさかよね」
「? お母さん。どうかしたの?」
「いえ。何でもないわ。さてと。カイツ君の方はどうなってるかしら~? 私が脳内フォルダに保存した絶世の美女と淫乱お香。あれを潜り抜けるのは……嘘でしょ」
「何? カイツはどうなったの」
「うふふふふ。これは驚いたわね~」
side カイツ
俺は向かってきた女性たちを殴って気絶させ、奥へと進んでいた。周りには気絶させた女性たちが遺体のように転がっている。
この世界が現実でないことは分かるし、あの女性たちも生きているわけではないだろう。恐らくは幻覚のたぐいだ。
けど、それでも敵対してない者たちを斬り殺すのは可哀想に感じたので、出来れば話し合いで済ませたかった。が、それは不可能だと判断して拳で沈めた。あの女性たち、いきなり服を脱いで獣のように襲いかかってきたからな。戦闘力がそこまでなくて気絶させやすかったのが幸いといったところか。無駄な痛みを与えずに済んだ。
「あらあら~。驚くほどに強い精神力ね。それとも、女には興味が無いのかしら~」
歩いていると、どこかからウルの母親の声が聞こえて来た。
「この程度の誘惑ではやられないというだけだ。試練とやらはこれでおしまいか? だとしたらずいぶんと拍子抜けだな」
「うふふふふ。言ってくれるじゃない。なら、こういう試練はどうかしら~?」
指を鳴らす音が聞こえると、俺の前に1人の女性が現れた。赤いメッシュが所々に入った黒髪を腰まで伸ばしており、桜色の目をした女性、ウルだった。
「ウル? いや。これも幻覚のたぐいか」
相手の出方を見ていると、彼女はいきなり怒鳴ってきた。
「カイツ! どうしてあなたは他の女といちゃこらするの! 私が愛すると決めたのだから、あなたは私だけを愛し続けなさい!」
「? なに言ってんだ。ていうかお前も他の奴にアタックしたりしてるじゃねえか」
「それは……仕方ないでしょ! なんか良いなって思っちゃうのよ! それに、私は他の男にアタックしてもあなたを愛する気持ちは忘れないわ!」
なんか変だ。言ってることがめちゃくちゃだし、ウル本人とはとても思えない。
「ウルの母親。これはなんなんだ?」
「貴方のウルへの愛の深さを試してるの。彼女ってめんどくさい所しかないから、結婚して交わるところまで行くのはとっても大変。貴方がそこまで行ける人か確かめたいの。めんどくさい部分が何倍にもなった状態のウル。この子を暴力を使わず、言葉と愛だけで屈服させなさい」
また面倒な試練が来たな。
「あああ! 貴方、私のことめんどくさいって思ったでしょ!」
「いや。別にお前がめんどくさいとは」
「信じられないわ! 私がこんなにも愛してるというのに、なんで貴方は愛してくれないのよ! このどくされ野郎!」
そう言うと、彼女はいきなり矢を放ってきたので、それを躱した。すると、いきなり泣き出してしまった。
「うああああん! カイツが愛してくれないわよおお! もうなにもかもいやああ!」
「おい。なんでいきなり泣いてんだ」
「だってええ! カイツが愛してくれないもの! 本当に愛してるなら、今の攻撃は絶対に躱さないはず。躱したってことは、貴方は私のことを愛してないのよ!」
めちゃくちゃな論理だ。いや論理としてすら成立してないな。もはや狂言に等しい。
「もう許さない。死んでやるわ。私が死ねば、貴方の中で私は永遠になるのよ! 私の存在をあなたの中に刻みまくってやるわ! そうすれば、貴方は私のことを絶対に愛して死んでくれるはずよ!」
本気でめんどくさい部分が何倍、いや何百倍になってるな。本物のウルもここまでメンヘラじゃないぞ。今すぐにでもぶん殴って気絶させたいが、ここは言葉と愛とやらで屈服させるとしよう。彼女に近づこうとすると。
「近づくな浮気野郎!」
そう言われて矢を放たれ、俺の肩に突き刺さった。ここは現実ではないはずだが、しっかりと痛みがある。俺が肩を抑えると、彼女はやってしまったというような顔になる。
「あ……ご、ごめんなさい。私、貴方のことを……でも、貴方が悪いんだからね! いっつもいつも私を蔑ろにして! 貴方のせいでこんなことになったのよ!」
本当にめんどくさい状態だな。だが、どんな状態でもやることは変わらない。俺は彼女に再び近づき始める。
「いや! 来ないで! 私に酷いことするんでしょ! 私知ってるからね! 来ないでよお!」
やたらめったら騒ぎまくるが、俺は彼女に追い付き、しゃがんで視線を合わせる。
「来るな。来るなこのカス野郎!」
彼女は懐からナイフを取り出し、俺の体を突き刺した。尋常じゃない痛みが俺を襲うが、それを気にしてる場合じゃない。俺は痛みを気にせず、彼女に話しかける。
「あのな。こんなことしなくても、俺はお前を愛してる。なんなら結婚しても良いって本気で思ってんだぜ?」
「……嘘よ。そんな嘘に騙される私じゃないわ! いくら私がビッチだからって甘く見ないでちょうだい!」
「なら、これならどうだ?」
俺は彼女を強く抱きしめた。
「どんだけお前が暴力振るおうが、俺はお前を怒ったりするつもりはねえよ。お前は俺の仲間で、愛する人なんだから」
「……カイツ」
「だからさ。いつものお前に戻ってくれよ。俺はいつものお前が好きなんだぜ。なにがあってもめげないところ、仲間のために頑張ってくれるところ、優しい所。そんなメンヘラみたいなことしてないで、いつものお前に戻ってくれ」
「私……カイツを愛していいの? 貴方は愛してくれるの?」
「ああ。世界中でお前1人になっても、誰に嫌われても、俺は絶対にお前を愛してやるよ」
「……カイツ。ありがとう」
そう言って、彼女は満足そうな顔をしながら消えて行った。これで試練とやらはクリアできたのだろうかと思うと、急激な眠気が俺を襲い、意識を落としてしまった。
目を覚ますと、俺はウルの実家で倒れていた。なぜかアリアも一緒に眠っており、俺の隣で寝ている。ウルは心配そうに俺を見つめ、母親は拍手している。
「素晴らしいわ! ここまで器が大きい男とは思わなかった。貴方なら、あの男と戦う資格があるわ」
「戦い? まだ何かあるのか?」
「そりゃああるわよ。今の貴方は、私が用意した男と戦う権利を得ただけ。ウルを手に入れたいのなら、その男と戦って勝ってもらうわ。さあ、ついてきなさい!」
彼女が嬉しそうな顔でスキップしながら前に進む。俺はアリアをおんぶし、それについていく。
「カイツ! あの」
ウルの方を振り向くと、彼女が何かを言いたそうにしていた。少し待ってみたが。
「……いえ。やっぱり良いわ。何でもない」
「そうか」
何かあったのか。というか、なんでアリアは眠ってるんだ。俺がウルの母親に眠らされてる間になにがあった。気になることは色々あるが、まずはウルの母親が用意した男を倒すとしよう。そう考え、俺は前に進む。母親が扉を開けると、その先には1人の男性がいた。きらきらと輝く銀色の髪をなびかせる青年。髪は肩まで伸びており、獣の耳が生えている。赤い目は狼のように鋭く、ぎらついた目をしている。こいつ、アリアと同じ耳をしている。彼が俺を、というよりはアリアを見ると、一瞬だけ驚いたような目をした。
「ほお。まさか同類がいたとはね」
彼が小声で何か言ったが、何を言ったまでは聞き取ることが出来なかった。母親は嬉しそうに彼を紹介する。
「彼はガルード。私が用意した最強で最高の男よ!」
「初めまして。ガルードと言います。これからよろしくお願いします」
彼は不敵な笑みをし、アリアをチラチラ見ながら挨拶をした。
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