第48話 蛇の逆襲

 side カイツ


 俺は1本道の廊下を突き進み、メデューサを追いかけていた。あいつ、ずいぶんと遠くに行ってしまったみたいだな。逃げ足だけは一人前のようだ。奴を追いかけていると、また扉が見えてきた。そこを蹴破ると、今までの部屋とは雰囲気が変わっていた。中は偽熾天使フラウド・セラフィムが天井から大量に吊り下げられていた。


「なんだ……この部屋」


 明らかに今迄の部屋と何かが違う。そもそもこの偽熾天使フラウド・セラフィムは何なんだ。なんでこんなことになっている。


「あらあら。ここはずいぶんと不気味な部屋ですね」


 突然声の聞こえた方を振り返ると、いつの間にか、クロノスが俺の後ろに立っていた。


「クロノス!? お前、いつの間にここに」

「色々ショートカットしてきました。それより、この部屋は何でしょうね。見たところ、この人形たちは生きていないみたいですが」


 彼女の言う通り、吊り下げられてる奴らは生きてるように見えない。一体なにがどうなっている。


「ここは使い物にならなくなった偽熾天使フラウド・セラフィムを保管する場所だ。こいつらは失敗作未満の駄作だが、中に入ってる血は役に立つからな」


 声のした方を見ると、メデューサが扉を開けて現れた。


「逃げるのはやめたのか? メデューサ」

「ああ。もう逃げる必要がなくなったからね」


 奴は懐から注射器を取り出した。その中には血のような赤い液体が入っている。


「俺はお前たちとは違い、人間を超えた存在だ。だからこそ、こいつにも適応できる!」


 奴は、注射器の中に入ってた液体を自分の体に注入した。


「ぐ!? うああ……ぐあああああああああ!?」


 奴は注射を投げ捨て、苦しそうに呻き声をあげた。体も少しぐにょぐにょと蠢いており、非常に気味が悪い。


「六聖天・第2解放!」


 俺は背中から2枚の天使のような羽を生やし、両手にヒビのような模様が入り、手首まで広がった。地面を蹴り、一気に奴の懐へ接近した。こいつの変化をそのまま見ておく必要もない。


「剣舞・紅龍一閃!」


 居合切りで奴を切り裂こうとしたが、刃が当たる寸前で奴は回避し、後ろに下がった。


「えう。えうえうえええう! 殺してやらばうううう!」


 奴の背中から黒く歪な翼が生え、その翼で俺たちを攻撃してきた。俺たちは回避し、奴と距離をとった。


「くそ。またあの翼か」

「あらあら。なんか変な翼が生えてますね。歪でとっても気持ち悪いです」

「気を付けろ。あれはかなり面倒だぞ」

「みたいですね」

「ばなじをじで……ごゆうだなあああああ!」


 奴は翼を大きくし、こっちに襲い掛かってきたので、俺は避けたり刀で防いだりしながら捌いていき、彼女もその攻撃を避けていく。


「やれやれ。面倒な攻撃ですね。止まれ」


 彼女がそう言うと、翼が動きを止めた。しかし、それは一瞬のことで、すぐに動き出してしまった。


「のわ!? マジか」

「驚きました。まさか言霊が通じないとは」

「えばばば。あばびばえが! 俺は、ぜめえらどはじがうんがああああ!!」


 奴はいきなり叫び出し、さらに攻撃速度を速めていく。こうも攻撃が速いと、捌いていくのも大変だな。ただでさえ、足に安くはないダメージを負っているというのに。


「ふむ。少し面倒ですね。カイツ様。こっちに来て下さい」


 俺は彼女に従い、翼の攻撃を避けながら彼女の元へ行った。翼が俺たちに襲い掛かろうとした瞬間、見えないバリアが翼の攻撃を防いだ。


「! これは」

「少し本気で行くとしましょう。カイツ様も万全では無いようですし。私が瞬殺してあげますよ」


 翼は何度も攻撃していくが、透明のバリアはその攻撃全てを防いでいく。なんて奴だ。この翼もかなりの攻撃力があるはずなのに、全部防ぎきっていくなんて。


「ところでカイツ様。魂というものをご存知ですか?」

「いや。あまり良く分からない。なんなんだそれ」

「魂というのは、核のようなものです。あらゆる生物には魂が存在し、その魂があるからこそ、人は生きることが出来る」

「ばびを……べちゃぐちゃしゃべっデるうううう!」


 話してる間に翼がバリアを破壊し、俺たちを攻撃しようとした瞬間。


「吹き飛べ」


 彼女がそう言うと、翼は何かに突き飛ばされたかのように後ろに吹っ飛んだ。


「魂が宿るのは人間だけではありません。魔術にも魂が宿る。魔術が様々な現象を生み出すのは、魂があるからこそです。そして」

「べぢゃぐぢゃべぢゃぐぢゃ。うぶぜえええおおおおお!」


 奴は怒り狂ったかのように鋭い爪で襲い掛かって来るが。


「弾けろ」


 奴は何かに吹きとばされたかのように後ろに吹っ飛んでいった。


「私は魂に干渉することが出来ます。他者の魂に言葉で干渉し、さっきのようなことを起こせます。と言っても、相手がそこそこ強いと、思い通りにならないことも多いですが」


 なんて奴だ。魂に干渉し、魔術や生物を自在に操る。それが彼女の魔術。本当ならとんでもなく強い魔術だぞ。制限はあるようだが、それでも反則級の強さだ。


「じゃあ。ルライドシティで俺の体が回復したのも」

「魂に干渉して回復させました。私は魂の専門家ですし、それぐらいはお手の物です。ついでに」


 彼女は自分の周囲に1個の青い火の玉を生み出した。


「魔力で魂を作ることも出来ます。本物と比べたら月とすっぽんも良い所ですが、魂がもつパワーだけは、本物と同等です。だから」

「ぶっごろず。ぶっごろじでぎゃぐううううう!!」


 奴が黒い翼で攻撃しようとしたが、それはまた透明なバリアによって防がれていった。


「今から見せてあげます。破壊に特化させた魂の力を」

「ぎべろおおおおおおおお!」


 奴は何度も攻撃を繰り返すが、その攻撃は俺たちに届くことは無かった。


「撃ち抜け。スピリットショット!」


 彼女の魂が輝くと、玉からいくつもの青いレーザーが放たれ、奴の体を穴だらけにした。


「……ばがな……ごのぼれが」


 奴は断末魔のような声を出した後、地に倒れた。それと同時に、黒い翼も消えた。なんて奴だ。あの姿のメデューサは、さっき戦った妖精族よりも強かった。それを圧倒するなんて。ほんと、彼女には驚かされてばかりだ。


「やっぱお前。めちゃくちゃ凄いな。魔術もそうだし、それを扱いこなす力も」

「うふふふふふ。カイツ様に褒められると嬉しくなっちゃいますね。ありがとうございます」


 彼女は嬉しそうに笑いながら、体をくねくねさせる。こういう妙なところがなければいい人……なのかもしれないけどなあ。


「とりあえず、この建物を制圧しよう。他に敵がいないか」

「あ。カイツ様。制圧するよりもっと簡単な方法がありますよ」


 そう言うと、彼女は自身の周囲に、いくつもの青い火の玉を生み出した。


「クロノス。一体何を」

「まあ見ててください。壊せ。スピリットブレイク!」


 青い火の玉が何もない壁に向かってぶつかり、大爆発を起こした。瓦礫やら煙やらがあちこちに飛んでいく。


「ぐう!? いきなり何を」


 爆風が襲ってくるかと思うと、クロノスが前に立って守ってくれた。


「カイツ様。足下気を付けてください」


 その言葉の意味を問いただす暇も無く、建物が煙のように消え、地面に落ちてしまった。そこまで高い所から落とされたわけではないので、しりもちをつく程度で済んだ。


「のわ!? なんだこれ」


 周りを見渡してみると、いつの間にか建物に入る前にいた、巨大な穴の中にいた。俺たちが入ってたはずの建物の姿はどこにもなく、周りには妖精族と思われる者が何人も倒れている。


「クロノス。これは」

「モルぺウスとやらの実体幻覚です。まるで本当にそこにあるかのように見せ、触れることも壊すこともいじることも可能な実体幻覚。しかも、特定の通路を通ることでワープのように様々な場所に行くことも出来る。恐らく、奴の魔術で作ったものなのでしょう」


 実体幻覚。そんなものがあるとは。しかも、あれだけ巨大な建物を魔術で作るって、並大抵のことじゃない。なんて奴だ。


「私が魔術の魂。つまり核を破壊したことで、実体幻覚も姿を消したというわけです」

「なるほど。にしても、実体幻覚に気付くなんて凄いな。俺は全く分からなかったよ」

「うふふふ。カイツ様に褒められると濡れてしまいますね。嬉しくなっちゃいます」

「そうか。まあそれは良いとして。周りにいる妖精族をアリアたちのいるところに運ぼう。数が多くて大変そうだけど、このままにしておくわけにもいかないしな」

「それでしたら、良い方法があります」


 彼女が指を鳴らすと、いくつもの火の玉が現れ、それは人と同じくらいの大きさがある鳥のような生物となる。鳥たちは一斉に妖精族の元に向かい、嘴で服を掴み、自身の背中に器用に投げ飛ばした。


「これで運びの手間も大幅に削減できますし、私が作った生物なので、敵の攻撃にも対応します」

「……ほんと、めちゃくちゃ凄いな」


 彼女の魔術。何でもありすぎる。こんなに凄い人が騎士団にいるとは。俺に懐いてる理由はいまだに分からないけど、懐いてくれて良かったかもしれない。こんな人と敵対するって、考えたくもないからな。

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