第39話 アルフヘイムの惨状

 ヴァルハラ騎士団ウェスト支部支部長室。そこには、ウル、ダレス、クロノスの3人とロキ支部長がいた。クロノスは椅子に座って寝てるが、ロキは咎めても無駄だと分かっていたので、それを無視した。


「さて。これで揃ったね。今回の任務は、絶海の孤島、モンサンミッシェル島の調査だ」


 ロキ支部長は机の上に地図を広げる。そこには、真ん中に島が描かれており、周りは海に囲まれていた。


「このミッシェル島にて、別世界へ通じる門が作られたことが確認された。調査によると、その門はアルフヘイムに通じてる可能性が高いとのことだ」

「アルフヘイム。確か、妖精族のいる世界だったわよね。比較的人間に友好な種族がいることで有名だわ。けど、門が出来たことに何か問題でもあるの?」

「あるから集まってもらったんだ。この門なのだが、どうも色々と奇妙でね。門から奇っ怪な動きをした妖精族が出ているという調査が出てる」

「奇っ怪な動き? それはどういうものなんだい?」

「まるで獣のような動きだということだ。知能を持ってるとは思えないような動き。そんな奇妙な動きで門を出ては、また門の中に戻っていくとのことだ。しかも、門からは偽熾天使フラウド・セラフィムの反応も微弱にあるとのことだ」

「ああ。あの出来損ないの人形もどきか」


 ダレスは露骨に嫌そうな顔をし、ウルはそれに疑問を持つ。


「ダレス。そのフラウドなんたらってのと戦ったことがあるの?」

「昨日の任務で何体か倒した。ただ、あいつらとの戦いはつまらなかったよ。生の感情をぶつけ合ってる感じがしなかったし、酷く空虚なものだった」

「へえ。ダレスも戦ったのね。ルライドでも出没したって聞いてるし、色んな所で出てるのかしら?」

「そのとおりだ。偽熾天使フラウド・セラフィムは、ここ最近様々な所で出没し、市民に被害を出している。ノースやウェスト支部だけでなく、他の支部でも、奴らと戦った団員が多くいる」

「それ、かなりやばいことじゃない。原因とかわからないの?」

「まだ不明だ。なんで出没するのか、どういう生態をしてるのかすら不明。だが、その手がかりがアルフヘイムにある可能性が出てきた。なんせ微弱とはいえ、門から偽熾天使フラウド・セラフィムの反応が出てるわけだからな。お前たちの任務はミッシェル島にある門を通ってアルフヘイムに行き、偽熾天使フラウド・セラフィムの手がかりを掴むこと。もし原因を見つけた場合はそれを潰すことだ」

「「了解!」」

「クロノス。話は聞いてたな? お前にも働いてもらうぞ」


 ロキ支部長がそう言うと、クロノスは大きなあくびをした。


「ふあーあ。分かりました。カイツ様がいないのでやる気は出ませんが、出来るだけ頑張りまーす」

「本当に頼むぞ。あとダレス。例の薬の使用許可を出す」

「! おお。やっと許可が出た。苦節3ヶ月。苦労したねえ」

「テストを重ねた結果、問題はないと判明したからな。ただし、無関係な一般市民がいるところでは使うなよ。面倒なことになる」

「おーけー!」



 3人が支部を出て少しした後、ロキ支部長は机の上に足を乗せてゆったりしていた。


「ミルナ」


 彼女がその名前を呼ぶと、それを待っていたかのようにミルナが天井を開けて現れた。


「はいにゃん。何か用かにゃん?」

「お前に頼みたいことがある」

「それって、ダレスやクロノスの監視にゃんか?」

「それもあるが、ちょっとばかり、盗んできてほしい情報があってね」








 side カイツ


 門をくぐった先は霧の中だった。あまりにも霧が濃く、前が見えづらい。少女は気にすることなく歩いてるが、よくもまあこんな所をサクサク歩けるものだ。アリアは怯えて俺の背中にしがみついてるというのに。


「カイツ。なんなのですここは。すっごく怖いのです」

「気持ちは分かる。ここまで霧が深い所は歩いたことがないからな。なあ。えっと」

「ルサルカ。それが私の名前」

「ルサルカ。本当にこの道で合ってるのか? 霧が凄いけど」

「もう到着する。構えて」


 彼女の言う通り警戒すると、真っ白な光が視界を覆う。


「きゃああ!」

「くっ! これは」


 あまりにも強い光に目をつぶること数秒。目を開くと、そこには広大な自然が広がっていた。だが、お世辞にも綺麗とは言えなかった。あちこちにクレーターのような穴が開いており、いくつもの大木が容赦なくなぎ倒されている。燃えている森もチラホラとあり、空は暗い。遠くの方には、この自然に不釣り合いな巨大な建物があった。


「酷いです。これ」

「ああ。まるで地獄絵図だ」

「少し前までは、ここは平和な世界だった。けど2ヶ月前、変な奴らが来たときに、ここは地獄になってしまった」

「ちょっと待て。2ヶ月前? 1ヶ月前じゃなくてか?」

「そんな間違いするわけ無いでしょ。それに、あの日のことは鮮明に覚えてる。間違えるわけがない」


 いや。2ヶ月前に来たというのは考えられない。俺は1ヶ月ほど前に石を取りに行ったが、その時は門などなかった。どういうことか気になるけど、今はそんなこと考えてる余裕はないな。


「とにかく、2ヶ月前に変な奴らが来たときに、地獄は始まったの。奴らはあっという間にこの世界を制圧し、あんな気持ち悪い建物を建てたり、他の妖精族を実験に使ったりした」

「その変な奴らってのは、そんなに強かったのか?」

「強かったというのもあるけど、それ以上に私達が平和ボケしてたからね。妖精族は戦うのが苦手な種族だから。突然の侵略に対し、私達は何もできずあたふたするばかりで、奴らに支配されるしかなかった。それからは悲惨だった。わけのわからない実験を……うぷ」


 突然、彼女は口元を抑え、その場にうずくまる。


「落ち着け。もう何も喋らなくて良い。大体の事情は分かったから」

「ごめん。あの日のことを思い出すと……うぷ」


 相当きつかったようだな。にしても、その変な奴らはなんでこんな酷いことを。目的は何なんだ。そう思ってると、妙な気配を感じた。気配のした方を見ると、上空から何体もの白い人形がこっちに向かっていた。10体は確実にいるな。奴らは俺たちの近くにきながら、片手を突き出す。そこから光弾が放たれ、俺たちに襲い掛かる。


「ひっ!」

「くそ。剣舞・龍封陣りゅうふうじん!」


 俺は刀を突き出し、その切っ先から紅い魔法陣を展開する。それは盾となり、奴らの攻撃を防いだ。


「逃げるぞ! ここにいたらまずい!」


 俺は盾を張りながらアリアとルサルカを両手に抱え込んだ。


「六聖天・第2解放 脚部集中」


 六聖天の力を使い、背中に1対2枚の天使のような羽を生やす。その力を集中させ、地面をけって速く移動する。奴らはしつこく攻撃を続け、俺はそれを必死に躱していく。


「どこか隠れられる場所はないのか! このままじゃジリ貧だ」

「あそこを目指して! あの森! あそこはすごいところだから」


 彼女の指さした方を見ると、青い森があった。どう凄いのかは分からないけど、今はいくしかないな。俺は足に力を込めて全力で地面を蹴り、奴らの攻撃を掻い潜りながら森の中へと入った。

 奴らは構わず攻撃を仕掛けてくるが、青い森が光弾から俺たちを守った。


「すごいのです。森がバリアになってるです」

「ここは守護者の森。上空限定だけど、あらゆる攻撃から私達を守ってくれるの」

「そりゃまた凄い所だな。だが、奴らがこの森の中に入る危険はないのか?」

「バリバリ入ってくるよ。攻撃は防げても侵入は防げないから。ついでに、上空以外の攻撃も防げない」

「ずいぶんとケチな守護者様だな。なら、奴らが入ってくる前にここから」


 逃げようと言おうとした寸前、また妙な気配を感じ、そちらに振り向く。きらきらと光る半透明の羽に尖った耳の女性がいた。ルサルカもそいつに気付いたようで、驚いた顔をしている。


「あれは……アスレイ! あなたも逃げてたんだね!」


 彼女が駈け寄ろうとするのを、俺は腕を前に出して止めた。


「待て。あれは……違う」

「えー!?」


 アスレイと呼ばれた女の背中から巨大な蛇が1匹表れた。


「あえええあ。あええええ!」


 奴は変な叫びをあげながら、巨大な蛇で襲い掛かる。


「六聖天・第1解放」


 俺は刀を抜き、その蛇の首を斬り落とした。


「ああえ。えあえあ!」


 良く分からない言葉を話し、蛇を自分の傍に戻した。


「そんな……まさか……暴走してる!?」

「暴走かどうかわからないが、少なくともまともじゃないというのは確かだな」


 さてどうしたものか。奴を殺すのは簡単だ。けど、ルサルカの知り合いらしいし、殺すのはまずいよな。


「……カイツ。あの子を殺してあげて」

「!? 良いのか? あいつはお前の知ってる奴なんだろ。そいつが死ぬのは」

「あれじゃ助からない。殺してあげることがせめてもの救い。それは私が良く分かってる。ああなった奴が理性を取り戻せたことはない。大丈夫。似たような光景は何度も見てきたから、少しは慣れてる」

「……分かった」

「あええが。ええあああああ!」


 奴は斬られた蛇の頭を生やし、再び襲い掛かって来る。俺はその首を斬り落とし、奴に接近した。


「すまない。せめて安らかに眠れ。剣舞・紅龍一閃!」


 俺は居合切りを放ち、奴の体を切り裂いた。血しぶきが舞い、俺の顔に返り血がかかる。


「えあ……あびが……どど」


 彼女はその言葉を最後に、地に倒れた。


「ごめんルサルカ。お前の知人を」

「謝らないで。これぐらいのことは覚悟してたから。ごめんね。アスレイ。私が不甲斐ないせいで、貴方を」


 誰なんだ。こんな胸糞悪いことしてるのは。絶対に許さない。この騒動の元凶を殺して、この世界を救う。じゃないと、ルサルカや他の妖精族があまりにも可哀想だ。


「ひとまず、ここから逃げるぞ。奴らの気配もしてるからな。もうじきこっちに来るだろう」


 俺はアリアとルサルカを抱え、再び走り出した。

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