第4話 牢屋の中で、猫耳少女と出会う

 銀髪の少年は薄暗い檻の中にいた。檻の中は虫が何匹か湧いており、壁や床はボロボロで酷い有様となっている。少年は壁に張り付けにされ、両腕を手錠で繋がれている。夫婦はそんな場所で眠っている振りをしているカイツを舐めまわすように見ており、女の方は涎を垂らしていた。


「うんうん! かっこいいわね〜。眠ってる姿も一段と素敵! でも、そろそろ起こした方がいいわね」

「そうだな。あんまり寝かしすぎてもあれだし、起こすとしよう」


 男は水がたっぷり入ったバケツを少年にぶちまけた。


「のあ!? ゲホ、ガハ! なんなんだよ。溺れ死ぬかと……ここは!? それに身体も!?」

「やあ。お目覚めのようだね。王子様君」

「あんた。これはどういうことだ! ていうかここどこだよ!」

「ここは私たちの隠れ家のようなものさ。誘拐した者たちを隠すのに便利な場所でねえ。重宝してるんだよ」

「……なるほど。俺を誘拐したってわけか。人身売買でもしようってか?」

「ほお。そこまで理解しているのか。いやはや話が早くて助かるよ。マクネ曰く、君は素晴らしい魔術の持ち主らしいからねえ」


 彼がそう言うと、マクネは目をカッと見開き、カイツのことを凝視する。


「うんうんうんうん! やはり素晴らしい魔術の持ち主だわ! もう雰囲気が違うし、オーラもある! 隠してるようだけど、私にはバレバレなのよ!」

「うちの妻は、君みたいな子供のことになると、とんでもない観察力を発揮していてね。そのおかげでぼろ儲け出来るから助かるんだよ〜」

「ずいぶんふざけた商売だな。つか、魔術ってなんの話だ?」


 カイツがそう聞くと、夫婦はきょとんとした顔をし、その後にゲラゲラと笑い出した。


「アハハハハハハ! き、君。本気で言ってるのか? アハハハハハ! や、やばい。おかしすぎて腹が痛いよ」

「アハハハハハハ! なんて可愛い子なのかしら。とっても田舎者で、ははははは。食べちゃいたくなるわ~」


 2人はカイツの質問に大爆笑し、お腹をおさえながら笑い転げる。彼はそれに苛つき、むっとした顔をした。


「おいマクネ、彼が私たちを見て怒ってるよ」

「可愛らしいわね。怒ってる顔も素敵だわ。でも、物を知らないってのもかわいそうだし、教えてあげる。魔術ってのは、生後1年以内に発現する不思議な力よ。1万人に1人の割合で発現する超レアな力なの」


ちなみに、現在の人類は5億人近くであり、魔術師の数はおよそ5万人前後と言われている。一見多いようには見えるが、人類全体から見ればごく少数の存在だ。


「私はこれまで70人近くの魔術師の卵を見てきたけど、あんたはそいつらよりも凄い魔術が宿ってる。これからお世話するのが楽しみだわ〜」

「さて。私たちは少し席を外すとしよう。ではカイツくん。また会おう」


 そう言って、二人はどこかに行ってしまい、カイツは取り残されてしまった。


「ふう、酷い目に合った。奴らが何をしてるか突き止めるために好き放題させてたが、これなら途中で抵抗した方が良かったかもしれないな」

「不運ですね。あいつらに捕まるなんて」


 横の方から声がし、カイツはその方を向いた。檻は横の方に奥行きがあり、そこに誰かが立っていた。しかし、そこは薄暗く、その者がどんな外見なのかは見えない。


「誰だ?」

「私はアリア。ここの奴らに奴隷として飼われてるんです」


 その者が近づくと、外見がよく見えるようになってきた。


「あんた……その耳」

「一応言っとくけど、私は純粋な人間です。この耳は、わけもわからずに生えてきたのです」


 その者は見た目は14歳くらいの少女だった。黒い髪を腰辺りまで伸ばしており、ぼさぼさになっていた。両手には手錠がかけられており、鉄球が付けられている。そして、少女の頭からは猫耳が生えていた。


「気持ち悪いと思ったです? 私も気持ち悪くて仕方ないけど、どうやっても消えないんですよ」


 少女は自虐するようにそう言ったが、少年の答えは彼女が思っていたものとは違っていた。


「いや、別に。頭に耳生えた奴なら何人か知ってるし。それに可愛いと思うぞ」

「か……いきなり何を言うんです! この白髪馬鹿!」

「急に口悪くなったな。あと白髪じゃなくて銀髪だ」

「どっちも変わらんです。にしても、この耳を可愛いなんて言ったのは、お前が初めてです。大抵の奴らはこれを不気味に思って近寄らないというのに」

「他の人は知らないけど、俺は良いと思うぞ。どこも不気味じゃないし、普通の人間だよ」

「! 調子を狂わされるです。なんなんです。お前は」

「カイツ・ケラウノス。ただの旅人だ。ついでに、ここから抜け出そうと考えてる」

「名前を聞いてるんじゃないです! はぁ……ほんとに変わった奴です」

「そうか? 割と普通だと思うけど。それより、その体、一体どうしたんだ?」


 彼女の体には、鞭で打たれたような跡がたくさんあった。その他にも火傷、切り傷、様々な傷があちこちにあった。

 

「……奴らにやられたのです。教育と言って鞭で打たれたり、切られたり、火をぶつけられたり。地獄のような生活ですよ」


 彼は、彼女の語る言葉に絶句した。彼女の目は光が灯っておらず、ここでの生活がどれほど過酷なのかを理解できるほどだった。


「あいつら……そんなふざけたことしてたのかよ」

「ま、人身売買で儲けてるような連中ですからね。倫理観や道徳なんてものはどこにも無いのですよ。私は、これでもマシな方だと思ってるですけど。なんせ私の両親は、この耳を気味悪がって、捨ててしまったのですから」

「あんた」

「同情しないでほしいです。私は別に両親を恨んでません。魔術持ちでこんな耳が生えてる以上、仕方ないと割り切ってるのです。それに、他の飼われてる奴らに比べたら、私はまだマシなほうですし」


 彼女は壁際に座りながらそう言った。


「だったら、ここから抜け出さないとな。そんなふざけた生活はごめんだ!」

「ここを出るのは不可能です。あの夫婦は恐ろしく強い。私たちみたいな子供じゃ、奴らには手も足も出ないです。仮に出れたとしても、私には行く当てがないです」

「だったら、俺と一緒に来いよ。俺はわけあって旅をしてるけどさ、こんなところにいるよりかは、100倍楽しいと思うぞ」

「……お前と一緒に? なぜそこまでするです?」

「簡単だ。あんたをこんなところにいさせたくない。あんたの傷ついてる姿を見たくない。だから助ける。それだけだ」


 彼女は、その言葉に驚いていた。初めて会った自分に対して助けたいと思う理由が、そんなものなのかと思ったからだ。


「はあ……ほんとに変わった奴です。そんな理由で助けるとは思わなかったです」

「俺にとっては、めちゃくちゃ大事な理由なんだけどな」

「ま、どれだけ息巻いたところで、この檻を出られなければ意味がないんですが」

「大丈夫。ここから出る方法ならあるさ。こういうピンチな時は、ヒーローが助けてくれるんだからな」

「? ヒーロー?」





 カイツを誘拐した夫婦は倉庫におり、そこにあるカイツの荷物を漁っていた。


「うーむ。金目の物はそれなりにあるな。旅人の癖にどうやって手に入れたのやら」

「この刀は……ふぬぬぬぬぬぬぬ! ダメだわ。全然抜けない。錆びてるのかしら?」


 マクネが全力で刀を抜こうとしたが、ピクリともしなかった。


「はあ。こんなものいらないわね。向こうの建物に捨てておきましょう」


 そう言って、刀を倉庫の奥の方に投げ捨てた。


「ん~。あの坊やでどれだけ稼げるかしら? ま、稼げなくても、うちの可愛いワンちゃんとして、一生養ってあげるけどね」

「良いね。どうせなら彼には水責めや蝋責めをやってみたいものだ。顔を燃やすのも良いかもしれないな」

「アハハハハハハ! それ最高ね!」


 2人は下卑た笑みを浮かべながら、カイツをどうやって虐めるかの話を続ける。それに夢中になっていたので、彼らは気づかなかった。彼の鞄の中から小さな紫色の玉がコロコロと転がり、それが倉庫を出て行ったことを。倉庫から出た紫色の玉は、突然ピタリと止まり、紫色の光を放つ。紫色の光はさらに強くなり、そこから小さな少女が現れた。天使を思わせるような羽が3対6枚生えており、髪はカイツと同じ銀色だ。髪は腰まで伸ばしており、美しくなびいている。頭からは狐のような耳が生えていた。幼くも大人の雰囲気が感じられる顔であり、可愛いというよりは綺麗という方が似合っている。


「ふう。なんとか抜け出せたのお。さて。あやつの位置は……そこじゃな。待っておれよ! 妾がすぐに助け出してやる!」


 そう言って、少女は空中を飛びながら、カイツの元へと飛んで行った。

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