第2話 カイツの任務解決 後編
車輪の音を追って走っていると、その音がどんどん小さくなっていき、聞こえなくなってしまった。
「止まったのか? 一体何のために」
まあどうでもいい。止まったのなら好都合だ。車輪の音がしていた方へ走ると、馬車が見えてきた。
「これは」
辺り一面、何かを潰したかのような血のシミが大量にあった。シミの部分をよく見てみると、茶色の毛がチラホラと見える。
「まさか、これはシーフモンキーなのか?」
だとしたら、こんなことをした奴は相当の実力者だな。あれが血のシミみたいになってる姿なんて見たことがない。馬車の近くでは、キングシーフモンキーが腹に風穴を開けられて死んでいるのが見えた。
「一撃で殺されたようだな。こんなでかい魔物に風穴を開けるとは」
ここまでの力を持ってる人間はギルドにもいないだろう。用心して行かなければ、こっちが殺されそうだ。
馬車の周りを見てみたが、御者の姿はなく、隠れてる様子もない。何か用事でもあって離れてるのだろうか。
「まあ何でもいい。さっさと馬車の中身を拝むとするか」
馬車の中を見ると、そこには鎖で縛られ、気絶した女性が何人も横たわっていた。
「当たりだな。さっさとこの馬車をーー!」
俺は後ろから嫌な気配を感じ、後ろにいる奴を刀の柄で殴り飛ばした。
「ぐあ!?」
後ろを振り向くと、御者らしき男が後ろに突き飛ばされていた。
「くそ。なんで攻撃出来たんだよ。勘良すぎだろ」
奴は殴られた部分をさすりながら俺を睨みつける
「人が用を足してる時に近づきやがって。てめえは何者だ? 商品泥棒でもしに来たか?」
「依頼解決のために来た。人攫いのお前を叩き潰して、攫われた人たちを助ける」
「ちっ、ギルドの人間か。もう嗅ぎつけてくるとは、ずいぶんと鼻が良いな。なら、さっさとてめえを殺して逃げるとするか!」
奴がこん棒で殴ろうとするが、それよりも先に柄でみぞおちを殴った。
「ごふ!」
御者は口から何かを吐き出してふっ飛ばされる。かなり強めに殴ったはずだが、奴は殴られた部分をさすりながら立ち上がった。
「なかなかやるなあ。だが、こんなところでやられるわけにはいかねえ! 商品を守るためにも、てめえはここで殺してやる!」
奴が両手を交差させると、両手が黒く染まっていった。
「ふふふふ。俺がなぜ人攫いが出来るか分かるか? この強靭な両腕があるからさ。この強靭な両腕で、俺はブレイクボクシングのシティチャンピオンにもなったことがある! 巷では、ダークアームのデルビと呼ばれていたな」
ブレイクボクシング。聞いたことがあるな。確か、殴り合いで相手を倒すスポーツだっけ。チャンピオンレベルの奴は素手でモンスターや鉄の壁に風穴を開けるらしいし、冒険者としてもS級でやっていけると聞いたことがある。
「俺様の力を味わえええ!」
奴がこっちに向かって殴りかかってきたので、それを躱して距離を取る。奴の拳が俺の後ろにあった大木に当たると、メキメキメキと音を立ててへし折れてしまった。
今の大木、直径4メートル以上はあったはずだ。それをたった一撃でへし折るとは。
「なるほど。キングシーフモンキーに風穴を開けたり、血のシミを作ったりしたのはお前か」
「その通り! 俺の力があれば、あの程度の魔物共を殺すなんざ造作もねえんだよ!」
「……その両腕をもっと別のことに生かせば良いのに。冒険者やるとか」
「冒険者より人攫いの方が儲かるんだよ! それに楽しいぜ。女を捕まえて売り払うのはよお!」
「お手本のようなクソ野郎だな。お前のような外道から弱者を守るため、ここで倒す」
「調子に乗るなガキが! てめえはこれで終わりだ!」
奴は一気にこっちに接近して殴りかかろうとするが、俺はその拳を避ける。奴が腕を引こうとした瞬間、それを掴んで止めた。その直後、奴の腕を光の刃が貫いた。
「ぐ!? てめえ。一体何をしやがった!」
「さあな。自分の頭で考えてみろよ」
どれだけ破壊力がある拳だろうと、当たらなければどうってことはない。そして腕の部分を掴めば、こうして動きを封じるのは簡単だ。俺はそのまま、奴を遠くへと投げ飛ばす。
「くっ。まだだああ!」
奴は体勢を立て直し、うまいこと地面に着地する。
「S級冒険者をも超えるデルビ様の実力をー!?」
奴がべらべらしゃべってる間に、俺は奴のみぞおちを再び殴った。そして、拳から光の刃を出し、奴の腹を貫く。
「長い。もう少し短くまとめろ」
「がっ……なぜ……俺が」
奴はよだれと気持ち悪い色の何かを吐き出し、地に倒れた。
「依頼解決だな。後はこいつと馬車を町に連れ帰るだけだ」
それが終わったら、この森の見回りをしておこう。シーフモンキーがまだ潜んでる可能性もあるからな。
馬車と一緒に人攫い男を町に持って帰り、ギルドに依頼解決の報告をしに行った。攫われてた人たちは検査を受けるため、ギルドが病院へと運んだ。何もなければ、あの人たちは無事に家に帰ることが出来る。攫われた人たちからはめちゃくちゃ感謝され、食べ物やお金を貰ったり、ピンク色の店の招待券を貰ったりもした。食べ物やお金はありがたいが、この招待券は多分使うことがないと思う。なんだか嫌な予感がするし。
その後はギルドの冒険者たちと共に森の見回りを行い、シーフモンキーがいないことを確認した。これで馬車で移動することが出来るようになったから良かった。
今はギルドで、受付嬢のカナさんと一緒に、森の見回りに関する報告書の作成を行っている。
「すごいですよカイツさん! まさかあのデルビを倒すなんて! やっぱりあなたはギルド最強ですよ!」
「どうも。それより、奴はどうなるんだ?」
「とりあえずはがんじがらめに拘束して牢屋にぶち込みます。その後の処置は別の組織がやることですね。まあ、ある程度の止血は必要になりますが」
「……すまない。少しやりすぎた」
「いえいえ。あんな奴はやり過ぎなくらいでちょうど良いんですよ。暴れられたら手に負えませんし、あれぐらいのダメージは必要です」
「そうか。まあ、これ以上奴が人を襲うことがないなら、それは良かった」
「カイツさん。やっぱりギルドに戻りませんか? ソロでやってく方法だってありますし、私が全力でサポートしますよ。カイツさんのサポートのためなら、たとえ火の中水の中です!」
「そうしたい所だが、俺にはやることがあるし、リナーテたちが俺を嫌ってるかどうか確認しないことには」
「おうおう。まだこんな所にいたのか。薄汚れた平民が」
後ろから声がしたので振り返ると、そこにはアレウスが気味の悪い笑みを浮かべて立っており、丸めた紙を握っている。
「アレウスさん。カイツさんに何の用ですか」
「こいつに伝えることがあってな。これを見ろカイツ!」
奴が丸めた紙を広げると、そこには貴族の紋章が刻まれており、こう書かれていた。
平民、カイツ・ケラウノスのギルド退職、町からの追放をここに決定する。貴君は平民の身でありながら、浅ましく貴族の特権に縋ろうとする寄生虫のような存在。そんな男はこの町に住む資格はない。即刻荷物を整えて立ち去れ。
尚、この要求が受け入れられない場合、我らは武力行使を行い、貴君を排除するものとする。
「そんな。そんなの横暴すぎますよ!」
「俺の父が決めたことだぞ。それに逆らうということは、お前も町を追放されたいのか?」
「酷い。貴族だからって、こんな振る舞いが許されると思ってるんですか」
「許されるんだよ。俺たち貴族は神と崇められるほどに高貴な存在。てめえら平民に何をするのも俺たちの自由なのさ」
「この」
彼女が前に出ようとするのを、俺は防いだ。
「やめろ。下手に手を出したらお前も追放されるぞ」
「ですが!」
「良いさ。こんな扱いをされるのは慣れてる。俺が出ていけば良いだけだろ?」
「ほお。よく分かってるじゃないか。近くに馬車を用意してるから、さっさと出て行けよ。
「言われなくても出て行くさ。やるべきことが終わった後で良かった」
俺はそう言ってギルドを出ていく。扉を開ける前、俺は受付嬢の方を振り向く。
「カナさん、色々ありがとう。貴方のおかげで凄い助かったよ。今まで世話になった」
「カイツさん」
「また会うことがあったらよろしくな」
その言葉を最後に俺はギルドを出て、近くの馬車に乗った。
そういえば、結局リナーテたちに会えなかったな。本当に俺を嫌ってるか聞きたかったのに。
「はあ。ほんと、上手く行かないもんだ」
俺はそう呟きながら、馬車の窓から空を見る。空は鬱陶しいほど青空だ。どれだけ人の心が落ち込んでいようと、空は関係なく晴れる。人の心など、空は全く気にせず自由にしている。それが少し腹立たしかった。
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