彼女2

「名前と死んだ記憶か」


 直文さんは土下座をやめて、真剣に聞いてくる。


「名前はともかく、君は死んだ記憶も思い出したいかい?」


 死んだ記憶を思い出すのは、あまりいいとは言えない。死んだ記憶を思い出すのが怖い。でも、そこに私が成仏できない何かのきっかけがあるなら、すぐにでも思い出したい。そうすれば、きっと直文さんの負担も減ると思う。


「はやく、早く思い出せれば、早く成仏できるのですよね?」

「……無理しなくていいよ」


 穏やかな声で言われて、彼は私の前に立って、頭を優しく撫でてくれた。怖さを見抜いてくれているようだ。

 

「怖いものはすぐに思い出せなくていい。嫌な記憶は忘れていてもいい。君が無理する必要はないよ」


 無表情だけど優しさだけは伝わってくる。行動でも示してくる。無理しているとわかったのかもしれない。私は分かりやすいのかな。直文さんの優しさに感謝をした。


「ありがとう、ございます」

「いいよ、君は君の出来る事をして」


 名前を忘れているのに、彼に認識されるのは悪くないと思った。なんだか生暖かい目線を感じて、私と直文さんは顔を向ける。茂吉さんが微笑ましそうに見ていた。


「あっ、もういいの? なおくん」

「ふざけない」

「ごめんごめん」


 笑って茂吉さんは私達二人を見る。


「さて、この子に何をするか全部話そう。今回の件は、成仏じょうぶつといっても簡単じゃないんだからさ」


 何かをする? 私の成仏は簡単ではない?

 驚いていると肌からピリピリとした物を感じた。直文さんを見て驚く。彼は顔を向けた。


「……茂吉。お前はもう少し考えろ」


 冷ややかな光が瞳に宿る。

 眉が下がって、声色も低い。初めて怒った顔を見た。ううん、表情に感情が出てきている。茂吉さんも驚いたらしく、直文さんの変化に何も言えずにいた。


「俺から話す。時期を見て話させてもらうからな」

「……わかった」


 茂吉さんは返事をする。直文さんはすぐに無表情に戻った。彼は私に向いて話す。


「……まず、俺が話さなくちゃならないのはこの村についてだな。君はこの村について、何か思い出したか?」

「この村で巫女をしていたことしか、わかりませんでした」

「上々だ。この村の富与佐津とみよさつの巫女はこの神社に奉られた神を鎮める役目を持っていた。君は覚えはないだろう」


 覚えてはない。鎮める役目を持っていたとは知らなかったから。私は本当に神様の巫女だったんだ。思い出して少し嬉しさを感じる。


 直文さんは私をじっと見つめて、話を続けてくれた。


 神様から豊穣を祈願するため、この村は富与佐津となったと。元々は粗悪そあくは土地だったらしい。そっか、だから富を与える名前なんだ。


 直文さんは話終えると、茂吉さんが彼に声をかける。


「おい、直文……やっぱりさ」


 何か不味そうな感じだけど、直文さんは首を横に振っていた。私に声がかかる。


「俺はこの村に毎日通うよ。君と色々話してみたいんだ」

「嬉しいです。是非、お願いします!」


 直文さんの嬉しい提案に私は頷いた。





 あの日から、彼は言葉通り毎日来てくれた。

 彼が帰った後は眠くなってしまうけど、直文さんが来ると目覚めた。どうやら、私は人が来ると目覚める性質らしい。

 彼が来てくれる間、夢は見なかった。思い出せるきっかけを見れないのは残念だ。けど、代わりに直文さんから村の外のお話を聞ける。彼とたくさんお話ができるのだ。

 聞けるのは、知らない話に変わった話。お土産も持ってきてくれたけど、直文さんの事もたくさん聞いた。彼の話し方は最初はぎこちなかったけれど、段々と普通に話せるようになっていく。





 今日の夜。神社の前でとても興味深い話をしてくれた。


「花火?」

「そう、夜空に打ち上げる花なんだ。すぐに消えちゃうけど、とても綺麗なんだよ」


 夜空に打ち上がる花。なんて神秘的なんだろう。

 どんなものなのだろうか。桜のように儚いのだろうか。アジサイのように多く咲くのだろうか。前に持ってきてくれた金木犀きんもくせいのようにいい匂いはするのだろうか。

 ああ、村の外に出れないから見てみたい。直文さんに声をかけた。


「直文さん。成仏する前に、私を外につれて、その花火を見せてくれませんか?」

「うん、わかった。君に特等席を絶対に用意する」

「ありがとうございます!」


 にこにことして、彼の顔を見ている。僅か、ほんの僅かだけど口角が上がっているような気がした。





 今日は村の調査をするらしい。なのに。


「もっくん。俺も調査するよ」


 無表情だけど慌てる直文さん。茂吉さんが背中を押して、私の方に直文さんを向ける。


「だーめ。俺が調査をするから、なおくんはこの子のお相手をしなさい。折角の手弱女たおやめを一人にして残していくのかい? 酷いな」

「……った、確かに」


 納得して、直文さんは私の隣に来た。誉められたような気がするのは気のせいかな。

 茂吉さんが彼を説得させた結果、茂吉さんが調査。直文さんは私と居る。

 茂吉さんを見送った後。

 

「君」


 話しかけられて、直文さんに向く。


「はい」

「お母さん。どんな人だった?」


 私の、お母さん?


 夢を思い出してみる。

 

 私のお母さんは幼い私にたくさん色んな話をしてくれた。優しくて、笑顔が天の川のように輝いていて、いけないことをすると叱ってくれて……いつの間にかいなくなっていた人。

 思い出したことを口に出してみると、直文さんは「そっか」と言い、空をみた。

 

「……俺の母親は物心ついた時には居なかった」

「貴女も、お母さんが居なくなっていたのですか?」


 彼は頷いて、石畳の上に座る。


「俺は生まれたときから、朝廷に祀られた麒麟児きりんじ。……半分、麒麟きりんの血を引く半妖として、六つの頃まで祀られていた」

「麒麟って、あの麒麟ですか?」

「うん」


 この国では四神の中央に位置する神獣。仁のある王の元に来ると聞いたことがある。彼がそんな凄い血を引く存在だなんてびっくり。彼は話を続けた。


「麒麟は瑞獣ずいじゅうだ。俺は赤子の頃から人の手によって、母親から引き離されたらしい。俺は大きな寺の近くにある家で生まれた。生まれた姿は人の赤子ではなく、摩訶不思議まかふしぎな獣の姿だった。

麒麟が生まれた。そう騒がれて、当時の天下人が俺を母親から引き離し、朝廷ちょうてい献上けんじょう。六つの頃まで、名もなく周囲に持てはやされるだけで、俺は何かもかもわからなかった。あの人の迎えが来るまで、俺は何をしていたのかわからないよ」

「名前が、なかった?」


 衝撃と引っ掛かりを感じた。直文さんは頷き、顔を俯かせる。

 

「あの人から、名を頂くまで俺はただの麒麟児だったってことだ。無表情なのは多分俺がまつられていたからだと思う。人に会わず、丁重ていちょうに祀られていたせいで、交流が苦手でどうすればいいのかわからない。他者の気持ちも怖くて受け取れない。解らなくて、怖くて、心を無にして、無表情にしていた。

……現在はましになってきたけど、今でも仲間からもどう話せばいいのか、あぐねさせてしまう。……まだ、子供なんだ。俺は」

 

 声が苦しそうで、私は彼の手を両手で握った。直文さんは私の顔を見て驚く。

 目を丸くしていた。無表情だったものが、少しずつほぐれてきているような。冷たいけど、奥には暖かさがある。直文さんは驚くのをやめて、目を伏せる。

 

「多分、俺が君を気にしているのは、俺自身の過去もあってからだなんだ。名前がないのと、まつられていたと言う点が似ているから優しくできるんだ。俺の勝手な同情で君を救おうとしてごめんね」


 同情から救おうとしているのがよくないと、彼自身もそう思っている。同情も場合によると思う。でも、絶対に違う。彼は優しいんだ。

 私は否定をした。


「違いますよ。貴方は元から優しいのです。そうでなきゃ、行動と態度で表しませんよ」

「違うよ。俺は」


 否定しようとする彼の口を閉じさせて、私は教えてあげた。


「直文さんは優しいですよ」

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