第44話 初勝利

 これはゲームセンターあるあるだ。対戦型のゲームとかツープレイできるゲームとか。偶然近くにいてゲームに興味を持っている人とか、全く見ず知らずの人でも声をかけて協力プレイや対戦プレイをすることはたまにあった。

 だからこれもいつものことだと思っていた。


「あ……ありがとうございます」


 男性は控えめに言うとユウジの隣に立って機械に硬貨を投入した。

 顔が見えないが笑ってもいない、ちょっと不思議な人だ。お互いにヘッドセットを装着してから「いきますよ」とユウジは言って停止を解いた。途端に画面が動き出し、BGM が流れ、すぐ隣からは盛大に銃弾が発射された。


 その勢いのすごさにユウジは息を飲んだ。隣の男性は始めるなり、目の前のエイリアンの群れに向かって豪快に連射したのだ。銃弾は光線の束になってエイリアンに飛んでいき、あっという間に一つ目の弾倉をリロードしていた。 そしてまた盛大に放っていき、そしてまたリロードする。

 その様子に、ユウジのコントローラーを握る手が震えた。


(……このやり方、まさか。でもこの人、笑ってないよな。笑顔の素敵なあの人じゃない。でもこのやり方をするのは……俺は、あの人しか知らない……)


 もしかして? でも違う? わからない……。

 でも本心は――ゲームセンターを訪れる前から、今日はもしかすると、もしかするかもしれない。そう思っていた。

 先日、清宮が言っていたから。

 今日は清宮の兄貴――あの人の大切な人の命日なのだ。でもあの人はいなくなって以来、毎年訪れていた墓参りに来なくなったと清宮が言っていた。住所不定の手紙だけは届いてたけど、と。


 ユウジは震える手に力を入れ、銃を握りしめる。高鳴る心臓に深く呼吸をして酸素を送る。


「あのっ」


 意を決して誰だかわからない、その人に声をかけてみる。


「もしよかったら俺と勝負しませんか……?」


 そして、あの時と同じ言葉を口にした。


「俺と賭けをしましょう。得点が高い方が勝ちで」


 そう言うと男性はヘッドセットをかけたまま、かすかに口を開いて息を飲んだようだ。そして戸惑ったような小さな声で「わかりました」と言った。


(……よしっ)


 ユウジは震える手をごまかすためにコントローラーを再度握る。まだ心臓がバクバクしている、緊張で意識が朦朧としそうだ。


(なんだろう、この勝負、自分から挑んだはいいけど、すごく怖くなってきた。でも思うのは、負けたくないということだ。賭けだから負けたらそれまでだ、何も変わらないだろう……でもこの勝負に、勝てたら? 何かが変わる、気がする?)


 自分はあの時からずっとあの人を探していた、遠くに行ってしまった大好きな人。どこに行ったかもわからない。時間があればあちこちのゲームセンターに行って、時には自分の住んでいる場所からかなり離れたゲームセンターに行ってみたりして。ゲーム好きなあの人のこと、離れてもどこかでゲームをしているかも、と思って。


 とにかくあの人を探していた。

 いつか会える、どこかにいるはず。そうずっと信じていた。


 自分が教師になったのはあの人を追いかけていたからだ。あの人と同じ仕事を選びたくなったというのもあるけれど、教師になればあの人に会える確率が少しは上がると思ったから。

 くじけずに、めげずに。ずっと全力であの人を追い求めた。六年間、ひたすら。

 もしかしたら今日は会えるかもしれない。そう思ったのは何度目かは、もう忘れた。


 ふっと鼻から息を吸った時のことだった。男性が腕を動かし、グレーのパーカーが揺れた時、あの懐かしい爽やかな匂いが漂ってきた。


(やっぱり、そうだ、これ……これだ、よな?)


 それを感じた時、天を仰いで叫びたくなった。目の奥が熱くなった。泣いちゃいそう、号泣しちゃいそう。いやまだ決まったわけじゃないんだけど。早とちりじゃダメなんだけど、とりあえず勝負だ、この勝負に勝たなきゃ。負けは許されない。

 ユウジはヘッドセットの向こう側に広がるエイリアンの群れを睨みつけた。


(負けられない……)


 思いを込めて引き金を引く。一心不乱に、必死で、歯を食いしばって。目の前のエイリアン群に向かって弾を撃ち込んでいく。アイテムとか、リロードの弾倉とか、そんなものが流れてきても気にしない。ピロピロとポイントが加算する効果音が流れていても気に留めない。次々と面をクリアしていく。


 目の前に巨大なエイリアンや、もっと巨大なエイリアンが現れても何も感じずに考えずに、ただひたすらに引き金を引いて、ただただ撃ちまくって。

 心の中で、あの人の名前をつぶやいて。


 気づけば何かのコンテストで優勝したような、トランペット調のファンファーレが流れていた。その音にハッとして画面を見ると、足がいっぱい生えた巨大なエイリアンがゆっくりと霧状になって消えていき、敵があふれていた宇宙空間が静かで穏やかな空間へと、音のない空間へと変わっていく。


 それはラスボスが撃破された瞬間だった。

 そして撃破したのは、 ポイントが加算されていくのは『you』という自分を指しているユーザー名。


 初めて勝った!

 初めてこのゲームであの人に勝てたのだ!


 いやちょっと待て、この人は誰なんだ。まだ見ていない、その深い帽子の下に隠された素顔は。あの人と決まったわけじゃないけれど。

 だけど……!


「あ、あの、ちょっと一緒に来てくださいっ」


 ユウジは隣にいた男性の手を引っ張ってゲームセンターをあとにした。

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