第41話 ゲームクリア?

 先生が大好きだ。先生とずっと一緒にいたい。先生とゲームするのは楽しいし。隣にいるとあったかいから冬の夜も寒くないし。

 俺にもっともっとゲームを教えてよ。もっと一緒に冒険に出ようよ。馬鹿みたいに騒いで、一緒に笑って泣いて過ごしてくれよ。

 先生の笑顔、大好きだよ。でも先生が無理に笑ってる顔は見たくない。そういう時は涙も流せないなら目を閉じて黙ってるだけでいいじゃん。

 無理に笑うから涙も忘れちまうんだよ。だから無理すんなよ、先生。自分の気持ちに無理すんなよ。でも先生は頑固だから、いつも無理してる。無理をそのまま突き通そうとしている。

 しょうがないなぁ、全く。俺がそんな先生をなんとかしてやりたいよ。

 本当にさ……。


『ユウジありがとう、バイバイ……』


 電車がホームに着いた音がしたと同時。先生のその言葉を最後に電話が切られた。

 切られたあとは『ツーツー』というお決まりの音がしばらく続き、さらに数秒後には、画面は勝手に待ち受けに切り替わっていた。


 リク先生とのつながりを持たない電話は、ただむなしく待ち受けを映すだけ。待ち受けに表示されたデジタル時計がチカチカと秒を刻むだけ。


(……結局、何も言えなかった)


 かつて先生の家だった玄関のドアに寄りかかり、ユウジはため息をついた。

 言いたいことはたくさんあったのに。何一つ伝えられなかった。言葉が何も出なくって。先生の言葉を聞くしかできなかった。

 だから残りの言葉を心の中でつむいだ。


(でもだめだ、俺の方がとりあえず泣いちゃったよ。涙が止まらないよ。取り乱すなんてしないと決めたからしないようにしてるけど、やっぱり悲しいのを耐えるのはツライな……)


 でもこんなところで泣き崩れているわけにはいかない。

 まだゲームオーバーじゃない。

 ユウジは携帯を握り、トートバッグを肩にかけ直して走った。廊下を抜け、階段を降り、道路に出て、駅に向かって走った。


 先生が話していた電話の向こうでは聞いたことがない電車到着のメロディーが流れていた。ということは最寄り駅ではない。

 走って、走って。隣町の駅に着いた。しかし電車はもう出発してしまったあとで、ホームは新たな電車を待つ客で少しずつ埋まっている。


 電車がいないことを見届け、ユウジは次の駅に向かって走る。だが次の駅でも電車はすでに行ってしまったあとだ。次もまた次も、いなくなっていて。


 散々走り回り、自分の体が限界を迎えていたことにユウジはふと気づいた。体が全く酸素を吸っていなかったようで、ものすごく息苦しくなって、近くにある人気のない公園のベンチに雪崩れ込むように座った。

 必死に走りすぎたせいで足が痛い。汗は流れるし、酸素を求める心臓も痛い。全身の血管という血管がフルスピードで収縮している気がする。


 先生は北に行ったのか、東に行ったのか。それとも西か南か、そんなことすら、わからないのに。

 でももしかしたらと思って、万が一の可能性にかけて走ってしまった。


 大空を見上げながら「先生」とつぶやいた時。握っていた携帯がまた着信を知らせた。 画面には見知らぬ電話番号が出ている。


 まさか、でもそんなわけは。あんな電話のあとで再び電話をしてくるわけがないから、やはり違うよな、と思いつつ。ユウジは深呼吸をしてから電話の応答ボタンを押した。


「もしもし」


 応答すると『こんにちは、ユウジくん』と聞きやすい声が聞こえた。キエナ先生だった。


『もしかして、あいつを追いかけて。あちこち走り回ったりしたでしょう、息が切れてるよ』


 だいぶ呼吸は落ち着いたと思ったがキエナ先生はそんなところまでお見通しみたいだ。


『実はね、彼から電話が入っていた。仕事で電話に出れなくて留守電だったんだ、しかも非通知。内容は多分君と同じだね。そして僕が言われたのは、君のことよろしく頼む……なんて他人任せなことは言ってなかったけど、幸せになってほしいとだけ入っていたよ……自分でそうしてやればいいのにね』


 抑揚のないキエナ先生のその声にはあきらめと同情が混じっている。


「違うよ、キエナ先生。リク先生にとって俺はまだレベルが足りなかったんだ。だから俺がレベルを上げればいいだけなんだ』


「それだけだ」と小さく答える。すると優しく頭をなでてくれるようなキエナ先生の『大丈夫かい』という言葉が聞こえた。


 大丈夫じゃない、じゃないけど。


「……キエナ先生、ごめんな。リク先生に何を言われても動じないって決めてたのに。先生のこと、何がなんでもあきらめないって思ってたのに。リク先生には、もう何度も俺の存在を拒まれてる。だからまた砕かれても怖くないと思ってたけど。いざ、別れみたいな感じになるとやっぱりさびしい……さびしいな」


 キエナ先生は『そうだね』と耳がじんわりとしてしまうほどの優しい声で言う。タカヤはいつもこんな感じで耳元で好きな人にささやかれているのかな、うらやましいヤツだ。


『ユウジくん。あの人をここまで導いてくれてありがとう。君には感謝しているよ。そして僕としては、もうこのゲームはクリアでもいいと思っているんだけど』


 当初の通り、君の欲しいと言っていた報酬もあげるから。

 キエナ先生のそんな申し出を聞き、ユウジは少しの間考え、そしてニッと笑った。


「キエナ先生、ありがと。でもいいんだ」


 俺はクリアできてないし。

 クリアは、未定だし。

 いつか、クリアができる日がきたら。

 その時まで――。

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