第38話 賭けの結果

 エンドロールが流れる画面を見ながらユウジは言葉を失い、肺に入っていた空気をゆっくりと吐き切った。


 ラスボス撃破の得点が最後に加算されたのは自分ではなく、ユーザー名がマリア……つまりこの勝負はマリアの勝ちということになる。


 最後の大事な勝負、自分は見事に全てを終えてしまった。これできっとリク先生は、もう自分から離れていってしまうのだろう。


 その真実に全身が冷たくなるような感じがした。

 わかっている、リク先生が決めたことなんだ。納得しなきゃいけないのはわかっている。

 でも言わずにはいられない。


「……嫌だなぁ」


 キーボードから離れた手は床に落ち、目を伏せてうなだれていると目元がジリジリとした。流れ出てくる涙が止められない。情けないけれど大量に涙があふれて下に落ち、衣服を濡らしていく。衣服がジワリと湿って、自分の体温を宿した涙の温度を感じる。


「しかたない、んだよな……」


 声が震えてしまうのを必死で押さえていた時だった。

 肩が力強く押され、その力に逆らえず、自分の体は仰向けになった。目元に溜まった涙が今度は横に流れていく。なんだと思って目を見開くと。


 目の前にはリク先生の顔があった。

 先生は眉をひそめ、苦しげな表情で自分を見下ろしている。


「リ、リク先生」


 どうしたんだと思って名前を呼ぶと、先生は目を細めた。気のせいか、愛おしいものでも見るような、そんな優しげな目をしていた。表情はどこか苦しそうなのに。


「……このまま思いのままに、お前を抱きしめられたら、どんなにいいだろうな……」


 そうつぶやかれた言葉の意味が、すぐには理解できず、ぽかんとしていると。両肩を押さえつけている先生の手に、痛くはない程度の力が込められる。


「それとも……このままお前を抱いて、お前が経験したこともないことを手荒に、ひどいことをしたら。お前は俺を嫌いになってくれるか。賭けの条件、それでもいいかな」


「……な、何それ。よく、わかんない……」


 そう返してはみたものの、なんとなくわかる気がする。力の強いリク先生に何かをされれば、自分は抗うことはできない。先生の望むようにことは進んでいくだろう、身体と心は痛くても。

 それでも自分は抗うことなく、先生を受け入れるだろう。そのあとは悲しくなると思うけど。リク先生が望むなら自分は全てを受け入れる、だって好きな人だし。


「……賭けは先生の勝ちなんだ。先生の好きなようにすればいいよ」


 俺はもう望むことはできないから。

 それに、己がしようとしていることに許可を求めるリク先生は結局優しいのだ。強くてたくましい、そして優しい。少し怖がりなところもあるリク先生。自分の大好きな先生だ。


「……ユウジ、本当にごめん。こんな先生で」


 先生は泣きそうな声で目を細めた。もしかして泣いてくれるのかな、なんて一瞬思ってしまった。でもこんな泣き方でいいのかな。

 そんなことを気にしているとリク先生は何かを感じたのか「ごめんな」と申し訳なさそうに言った。


「ユウジ、なんか期待しているかもしれないけど。俺はこんな時でも泣けないんだ」


「……いいよ、そんなの」


 というよりも、そんなことまで気にかけてくれるなんて。どこまで優しいんだ。愛おしくて、仕方ない。

 先生を見ていると知らず知らずに口元がほころんでしまった。そんな自分を見てリク先生も優しくほほえんでくれた。


「ユウジ、俺の賭けの条件、いいかな……約一か月後、ユウジが大学が始まった初日に、またここに来てほしい。そして俺が決めたことを、その時にどんなことであろうと、受け入れてほしい……どうか、頼む」


 リク先生の条件に戸惑いはあった。先生は何をしようとしているのか全然わからないから。でも今はしかたない、納得するしかない。


「わかった」


 そのあとは何事もなかったように体は解放され、リク先生の言った通り、また約一ヶ月後と約束して。リク先生の笑顔を名残惜しく感じながら家へと戻った。


 ……一ヶ月。

 リク先生はなぜそんなに長い時間をもうけたのか。一ヶ月後に何を決めるというのか。

 それを知るには約束した時間を待つしかなかった。

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