第36話 戦い真っ只中

 リク先生。俺は先生が好きなんだ。アンタがマリアであろうとなかろうと。俺は先生が好きなんだ。

 でもこの言葉はもう言えない。先生の心は頑なに誰かに寄ろうとするのを拒んでいる、依存しまいとしている。


(そんな屈託のない笑顔で拒み続けるのかよ、ずっと、これから……)


 先生が恐れているのは依存した相手がいなくなってしまった時だ。その怖さや悲しさはよくわかる。自分だって両親がいなくなった時、自分にとって世界は空っぽでしかなかった。

 あたたかい叔母夫婦がいたけれど全てが満たされることはなくて。満たされたと感じるようになったのはマリアが現れてからだ。


(でもマリアはもういない……そしてこのままじゃ、リク先生もいなくなってしまう)


 マリアに依存していた自分の心がマリアが離れたことで、とても不安定になっているのがわかる。大学も受かって、せっかく開かれている未来への道があるのに、そこに進むのが怖くなってしまう。


(自分にはマリア――リク先生がいてほしいんだ)


「リク先生、俺と最後の勝負してくれ」


 不安でたまらなくて叫びたい衝動を抑えつつ。だからといって、どうしたらいいという考えもなく。ただ現状を変えるには何かをしたくて、ユウジはリク先生に懇願した。


「ごめん、変なこと言ってるのはわかってる。けどさ、俺、リク先生のことをあきらめられないんだ。なんとか、なんとかしてみたくって仕方ないんだよ。だったら気持ち良く一番俺らしく決着をつける方法はこれしかない。ゲームなんて遊びみたいなもんだけどさ。でも俺とリク先生がつながってきたのは、ずっとゲームが関係しているからっ」


 言葉が整理できず、わけのわからないことを口走っているかもしれない。けれどチャンスがあるなら、つかみたい。

 リク先生は何回かまばたきをして考えているようだった。こんな時にゲームなんて、何を言ってんるだか……そう思われたかもしれない。

 けれど先生は少ししてから優しく笑った。


「やれやれ、お前らしいというか。いや、俺達らしい、かな……いいぞ、受けて立つ。何をやるんだ」


 ユウジは考えもせずに答えた。いつものアレだ、と。

 リク先生の家には学校用で使うのとプライベート用、二台のパソコンがあった。学校用のパソコンにもリク先生が普段やっている数種類のゲームがインストールしてある。なぜなら先生は学校でも休憩時間中にゲームをしていたからだ。


 マリアの時、一緒にゲームをやっていたのは主に夜だったが、自分が学校を終えた放課後とか夕方の早い時間にもオンライン上でマリアと出会うことは多々あった。今思えば休憩時間とはいえ、リク先生は学校でゲームしていたんだな。それって、ちょっと悪くないのかなと思う。よくわからないけど服務規程違反? にならないのかな。


 ユウジは先生のパソコンを借り、シューティングスターにログインした。先生は仕事用のパソコンを使う。

 シューティングスターではアバターはないがログインしたユーザー名は、やはり“マリア”だった。

 ユーちゃんとマリア。並んだ二人のアカウント名を見てると急に苦しくなった。もう見ることはないかもしれない、この画面。この先に並ぶことはないだろう、二人の名前。


(……嫌だな。なんとかリク先生との関係、なんとかならないかな……先生、相手への依存って、そんなに悪いことかよ。だってそれは好きっていうだけだろ、すごく、すごく好きっていうことなだけ、じゃないのか?)


「ユウジ、前みたいにラスボス倒した方が勝ちにするか?」


 リク先生の提案に首を横に振って答える。


「今回は得点高い方が勝ちでどう?」


「得点あぁ、いいぞ。あと難易度ちょっと上げるか。弾数のリミットありで弾がなくなったら撃つことができないルール」


「……先生、運次第とか好きだよなぁ、でもいいよ」


 今回こそは何がなんでも勝つ。過去に一度もこのゲームでマリア――リク先生に勝ったことはないんだけど。運要素の強い今回こそは、全力でやればなんとかなる……先生の言葉を借りるなら、そんな感じだ。


 ガラステーブル上に並んだ二つのパソコン。 画面に広がるのは黒い空、光る星々、二機の機体、両方のパソコンが流れる軽快な宇宙のBGM。

 隣に座っているリク先生はチラッとこちらを見た。いつものように穏やかに笑っている。

 その笑顔が愛おしい。負けたくない。


「ユウジ、やるぞ」


「オッケー」


 二人でキーボードに手を置き、かまえる。指が震えているのは緊張なのか怖いのか。でも未来をつかむための勝負、ゲームだけど全力だ。


 画面には『レディーゴー』の文字が現れ、ゲームがスタートした。

 先生のやり方はいつも通りだ。まずは弾を全部使う全力射撃で画面上のエイリアンが一気に撃破される。

 いつも通りのやり方じゃ、結局同じなのかもしれない。そう思ったユウジは先生に習って同じように弾を全て一気に放出してみた。同じように画面に映るエイリアン群が一瞬にして消える。


 こうなってくれば、あとは本当に運次第だ。先生と全て同じように三回分のリロードも一気に使い切って、あと今回は弾数制限をかけた弾で一匹ずつ、慎重に、弾を無駄にせずに片づけていく。


 進みはいい具合だった。先生より先にリロードの弾倉が手に入り、ストックされた時のこのピローンという軽快な効果音。キーボードをタッチして我先にと中ボスに弾が当たった時の『グオォ』というエイリアンの悲鳴。


 勝てるかもしれない、いや勝ちにいく、いけるぞ、今回は。弾がなくなると攻撃が全くできなくなるリスクはあるけど、リク先生と同じ攻撃方法を取ったことで二人のポイントは互角となっていた。所々に出てくる中ボスもお互い交互に撃破している。


 いよいよ最終ステージも近い。ザコも多いし、最後には巨大なラスボスが出てくる。もちろんラスボスは得点もいいから撃破した方が勝利となる可能性はあるが。ザコでも大量に倒していけば勝つ可能性は低めだが一応ある。今のところはリロードの弾倉も予備が数個あるし、今までやってきた勝負の中では一番勝つ可能性は高めだ。


(これに人生かかってんだ、負けたくない)


 ゲームを進めながら緊張をほぐそうと思い、ユウジはリク先生に話しかけた。


「先生、俺、一つ先生に言いたいことがある。俺は確かに先生を泣かせるためにキエナ先生から変なゲームを持ちかけられて。しかもそれがゲーム機二台分の褒美をくれるからっていうのもあったんだけどさ。それで先生に近づいたのは先生を軽く見てたっていうか、悪かったなって思ってる……ホントだぞ?」

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