第35話 ダメなのか

 マリアの正体はリク先生。それが真実であるならば。一度はリク先生によってゲームオーバーを告げられたことが、またリスタートできるのではないか。

 ユウジは心の片隅で期待していた。


(リク先生がマリアなら俺の人生の約半分のことを知っている……俺がどういう性格をしていて、どういうことを望んでいるのか)


 リク先生は先程から変わらない表情で自分をジッと見ている。怒っているわけではない、悲しんでいるわけでもない。

 けれど笑顔はない……ではなんだろう。こんなことを言われるのが嫌だったとか?


 お互いに黙ったままでいる。自分の身体は速い心臓のリズムを刻みながら冷や汗を出している。

 ここからどうなるのか、自分とリク先生は。もう無理なんだろうか。この先のステージを一緒に歩むことはもうできないのか。


 リク先生がなんと言うか、いつ胸を針で刺されるかもしれないという時間に戦々恐々と言葉を待っていると。先生は静かな呼吸を繰り返して「ユウジ」と呼んだ。


「お前は、俺がそうだったらどう思うんだ? 嬉しい、悲しい。それとも嫌か?」


 少しトゲのある言い方にユウジは息を飲み「俺は嬉しい」と答えた。

 リク先生は目を閉じる。そしてゆっくりと息を吸い、緊張をほぐすようにゆっくりと吐いた。


「……今から三年前か、俺は教師になったばかりだった。栄高校に赴任され、早速だが一年生の担任を任された。教師という立場上、生徒の情報は全て知らされる、いいことも悪いことも。俺は両親を幼い頃に亡くした一人の生徒に注目していた。それは自分と同じ境遇だと思ったからだ。他の生徒と区別する気はなかったがやはり気になったんだ、その生徒を……けどその時はまだ全くつながりなんかない一人の生徒だと思っていた」 


 リク先生の言葉に、一年生として入ってきたばかりのことを思い出す。入学式、四月、高校生活の始まり。初めてリク先生に会った時のこと。クラス全員、まずは自己紹介をしたんだ。名前と趣味を述べた自分にリク先生は言ったんだ。


『ユウジはゲームが好きなのかぁ! 先生もゲームが大好きなんだ、一緒だな!』


 笑顔。その表情は初めて趣味の合う友達を見つけた子供のように興奮していて、年上なのにほほえましくて。見ている自分も嬉しくなってしまったんだ……。


「だが俺はその夜、数年間付き合っているネット友達にあることを聞いた。それは友達としての、ただの世間話だった。その友達は高校に入学したばかりで、赴任したばかりの新しい先生が担任になったということ、その先生が自分と同じくゲームが好きなんだよ』ということを、教えてくれた……まさかと思った。アバター名はユーちゃんで現実で出会ったユウジという名前の学生。両親がいないという二人の共通点……」


 先生は目を閉じたまま続ける。話す一言一言が自分の胸の高鳴りに拍車をかけていく。


「最初はまだ疑っていたが、その疑問は徐々に確信に変わった。だって自分とユウジが日頃、学校であったことをそのユーちゃんも知っているんだもんな。その時の状況とか気持ちとか、ユーちゃんが全部、教えてくれるんだもんな」


 そう言われてユウジは別の意味で恥ずかしくなった。そういえば自分、何かがあると全部、ユーちゃんとしてリク先生に打ち明けているんだった。先生に怒られたとか褒められたとか。嬉しかったとか……全部伝えてしまっている。


「でも俺にとっては、ただユーちゃんとユウジという存在がつながっただけだ。そこから特に 関係を発展させようとかは思っていなかった。 俺はただお前のことを見守っていきたいと思っていたから卒業まで見守っていければよかった。だが卒業式も控えている、まだ最近のことだな……お前から変わった相談を受けたのは」


 そう言われ、ユウジの頭でも何があったかが思い出される。キエナ先生が挑んできたゲームのことだ。


「それを聞いた時、なんでお前はそんな変なことを受けたんだろうと思った。まぁ、キエナによって何かしらの褒美で動かされたんだろうけどな。それでもお前がどんどん俺に関わってくるようになって、俺は関わるまいと思っていたのに、その気持ちが徐々に動かされてしまったんだ」


 先生から放たれる言葉がじわじわと自分を追い詰めてくるような感じだ。怖いような、頭の中がはじけそうになるような。


「ユウジ……俺だって一人の人間だ。興味を持っていた人間が近づいてくれば近づきたくなる、手を出してみたくなる……でも俺はもう、失いたくないんだ。再び取り戻したあたたかいものをまたなくしてしまって、また寒い風に吹かれるのは嫌なんだ。だがお前は俺に近づく。だから少しだけだと思って俺も近づいてみた。束の間のあたたかさを味合わせてもらったよ……それでいいんだ。だから先生は最後までただの先生でありたい。勝手なことを言っているかもだが、そう望みたい……望みたいんだ」


 それはリク先生の再びの拒絶というもの。激しい拒みではないけれど、近づこうとする自分を伸ばした手を広げて「来るな」と制止するような、自分の心を悲しくさせるもの。


 どうしても、どうしてもダメなのか。

 リク先生、ダメなのか……?

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