第32話 マリアとのラストバトル

 何も進展ができないまま、何も解決もできないままに時間は過ぎていく。今までになく、心が不安になる日常だった。昼間の学校は何も変わらないのに、リク先生の態度も今までと何も変わらないのに。

 けれど何かが心に引っかかるような感じがして、それをどうしたらいいんだろうと考えながら卒業式の準備を黙々とやっていて。


 夜は全然マリアと会話ができなくて毎夜毎夜が鬱々とした。夜が長く感じて、さびしさをごまかそうと楽しくもないゲームを無理にやったりして時間をつぶしていたが。こんなにマリアと会話ができない日々が続いたのは初めてで、そしてつまらなかった。


 毎日オンラインをつなげているのに見慣れた白いローブ姿の女性キャラクターは現れないし、メッセージを送っても何も反応がない。このまま、もうマリアに会えないのか。マリアは自分との関係を終わりにしたいのか。それならそれで、そう言ってもらえた方が楽だと思う。このまま何も言わずに時間が過ぎていくのは嫌だ。


 それでも本当はマリアにずっといてほしい。これからもずっと、ずっと一緒にいられたらいいのに。でもそれができないと言うなら、どうか自分を突き放してほしい。すっかりマリアへ依存している自分を手痛いぐらいに、どうか突き放してほしい。


 そしてマリアの持っている最大の秘密を、最後に教えてほしい。あんたがずっとそばにいてくれた、その本当の理由を。

 もう何回もメッセージを送ったけど、これが最後でいいからとばかりに、ユウジはもう一度メッセージを送った。


『マリア、あんたが前に進むというなら俺にもそのきっかけをくれ。じゃないと俺はいつまでたっても前に進めない。次のゲームに進むことができない。マリア、頼むよ』


 力を込めてキーボードを打ち、そんなメッセージを送って一時間が経つ。目を閉じ、ゲームをつけっぱなしにして。静かなハープ調の曲が流れる森の中でマリアを待つ。


 病的に何回も「マリア、マリア」と名前を口にしている。それだけ自分の中でマリアの存在は大きいということだ。早く、早く話がしたい。終わるきっかけをくれ、マリア……。


『ユーちゃん』


 パソコン上にメッセージが上がった時のほわん、というやわらかい効果音が響いた。それは待ち望んでいたような、聞きたくなかったような音だ。

 自分が操る男キャラクターの前に、白いローブを揺らすキャラが立っている。なんだかこれから神様のお告げを受けて旅に出る勇者のような、そんな荘厳な雰囲気を感じる。やっと、やっと現れてくれた。


『マリア、ずっと待ってたんだぞ。なんで出てこなかったんだよ』


『ごめんね、ユーちゃん。ずっと考えていたんだ、君の前に現れるべきか、それともこのまま消えたままでいるかをね』


 久しぶりのマリアのメッセージは見ていて胸が痛くなり、鼻の奥がツンとした。


『マリア……マリアはもう俺といるのは嫌なのか。もうゲームも一緒にしたくないのか』


『違う、そうじゃないんだ。だけどユーちゃんは、もうじき高校を卒業するんだろう、大人になるんだろう。だったらいつまでも私が一緒じゃダメなんだよ。私にこだわって生きているのはよくないんだよ』


 そんなことを言ってほしくない。ユウジは唇を噛み締めた。


『ユーちゃん、君はずっと私が一緒にいられると思う? この先、ユーちゃんにも大切な人ができるかもしれない。そういう人がいるのに、いつまでも私と一緒にいるわけにはいかないでしょう』


 そんな人なんて、そんな……。

 リク先生の笑顔がふと頭の中をかすめていく。好きになってしまった人、一緒にいたいと思っていたけど、断られたからダメなんだ。

 けれどマリアの真実を引き出すことができたら、もしかしたら――。


『マリア、あのさ……マリアはずっと俺と一緒にいてくれたよな、この八年間……マリアとはゲームしかしてないけどさ。でもマリアがいてくれたから俺はここまでこれたんだ。孤独に負けずに。毎日を楽しく過ごすことができたんだよ。マリアは……どうなんだ? 楽しくなかった?』


 マリアからの返事はすぐに返ってきた。


『そんなわけない、私も楽しかった。ユーちゃんのおかげでずっとさびしくなかった』


 お互いに同じ境遇で。夜の孤独な時間をお互いにカバーし合ってきたから。


『マリアはこれからどうすんの』


『わからない、けど前に進んでみる。誰にも縛られずに、固執することなく、前に進んでみる』


 悲しくて、さびしい。 無意識に声が震える。

 でもマリアが決めたことなら自分がそれを止めることはできない。自分は真実をつきとめることしかできない。

 だから最後にもう一度だけ――。


『マリア、最後にもう一度だけ俺とゲームしてくれないか。一番最初にやったゲーム……シューティングスターやろうよ』


 ユウジの送ったメッセージに、マリアはすぐに『いいよ』と答えてくれた。


 二人で今やっているゲームから退出すると、別のゲームに二人でログインした。それはリク先生ともつい最近やったことがあるシューティングゲームだ。これは自分とマリアが初めて対戦した思い出のゲームでもある。


(これが最後になるのかな、マリアとゲームをやるのは。でもこれで、もしかしたら“真実”につながるかもしれないから)


 アーケード版とは違い、銃型のコントローラーはない。キーボードを使って操作をするからアーケード版より難易度は高い。

 画面いっぱいに広がった黒い空と散りばめられた星がきらめく宇宙空間に、自分とマリアが操る飛行機型の機体が二機現れる。軽快な音楽が流れ出し、スタートの文字が現れた瞬間、マリアの操る機体は盛大に充填されていた銃弾を全部放ち、漂ってくるエイリアンを倒していた。


 グラフィックは少し違うが、やることは一緒だ。ザコを倒していき、エリアごとの中ボスを倒してラスボスを目指すのだ。


(あいかわらずやり方が派手だなぁ)


 マリアの特攻攻撃に自然と笑ってしまう。最近、マリアとこのゲームをやっていなかったが、マリアはいつもそうだ。弾のリロードは初期は三回だけなのに、まずは始めると全弾を発射して一気に敵を撃破する。そしてリロードし、また全撃ちする。その後は弾倉が敵を倒して運良く現れるまでは、こまかい攻撃でしのいでいく。


 この攻撃方法を見て、ユウジは「やっぱり」とつぶやく。

 つながった、やっぱり、つながった。

 最後のマリアとの戦いは、シューティングゲームを得意とするマリアが先にラスボスを倒して終わった……マリア、ホントに。


『ユーちゃん、今までありがとう』


 そんなメッセージを見て、ユウジは小さく鼻をすすった。


『……こちらこそ、ずっとそばにいてくれてありがとうな、マリア』


『楽しかったよ、ありがとう……バイバイ』


 消えたマリアのメッセージと、マリアが退出しましたのテロップを見送ってから。

 ユウジは目を閉じ、深く息を吐いた。


 マリア、ありがとう。

 でもまだ終わってないんだ。まだ最後の勝負、俺はするから。


「勝てるかな……あの人に」


 ユウジはしばらく、静かな宇宙空間の画面を見つめ続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る