第31話 新たな一歩へ
「次はお前の番なんじゃないの」
帰り支度を済ませ、タカヤと共に下駄箱の前に来た時だ。不意にそんな言葉が横から聞こえた。
「何が」
「はぁ? 何がって……はっきり言わなきゃわかんねぇのか? リク先生のことだよ」
「あぁ、それか。終わったよ、全部」
下駄箱から靴を出して無理やり笑うと心がズキンと痛んだ。もう一度タカヤが「はぁ?」と高い声を上げたのが玄関内に響いた。
「終わっただと? 何がだよ。ゲームのことを言ってんじゃねぇぞ。お前だってリク先生が好きなんだろう。言われなくたってわかってんだからな」
タカヤに「リク先生が好きなんだ」とは言ったことがないのに。さすがタカヤ、俺の様子だけでわかっていたか。
さてタカヤの問いにどう答えるべきか。次はお前の番と言われてもこのことは、もう結果が出ているのだ。
「残念だけど俺の気持ちはリク先生に伝えてある。そしてそれはもうゲームオーバーになってんだよ」
先生はユウジの先生でありたい。その言葉ですでにクリティカルヒットをくらい、自分のシナリオは終了している。復活の呪文はないし、救ってくれる神様もいない。考えれば最初から無理ゲーだったのだ。
「でもよ……」とタカヤが言葉を続ける。
「それはそれとしてキエナ先生に言われたことはまだ終わってはいねぇだろ? それはどうすんだよ」
「あぁ、それな……確かにそっちはまだ終わってないんだよなぁ」
だがリク先生にアタックすることはもうできない。泣かせるためには親密さが必要なのに、それがなければどうしたらいいのか。
ため息をついていると、ふっと周囲の空気感が変わった。
「そうだよ、ゲームはまだ終わってないんだよ、ユウジくん」
「うわっ」
いつのまにかタカヤの隣にキエナ先生が立ち、タカヤは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「簡単にあきらめられたら困るね。僕は君に期待してるのに」
誰もが認める長身美形のカップル。並ぶ姿がちょっとうらやましいなぁなんて思う。それにしてもさっきの満面の笑みは、すごかったな。
「で、でもキエナ先生、俺、これ以上はリク先生にあんまり踏み込めない……それでもやればなんとかなるのか? 見込みはあるのか?」
キエナ先生は無感情に目を細める。
「そうだね……彼の心がそう簡単に動くとは思わない方がいい。でも少なくとも君のことに気持ちが傾いたことはあったと彼の様子を見て思うよ。もっともっと踏み込みが必要ってことかな、何年かかろうとも」
「な、何年……そっか」
そう言われても自信はない。告白して断られた直後だからかもしれないけど。それでもまだ望みはあるかもしれない。一緒に過ごした時間の楽しさ……自分は忘れてはいない。
(自分が楽しかったんだ、先生だってきっと……)
ユウジは靴を履き替え、顔を上げた。
「タカヤ、今日はちょっと色々考えたいから一人で帰るわ……お前はキエナ先生と仲良くしてろよ、じゃあな」
気持ちをどう持っていったらいいかわからなくて、タカヤから逃げるように立ち去ってしまった。人気のない静かな帰り道を歩きながら情けないなと思う。
最初はキエナ先生からの褒美欲しさに取り組んだ、ゲームという名の、この不思議な取り組み。簡単、できる、と息巻いていたのに。
「何年かかっても、かぁ」
つまり、リク先生の心を動かすには、それくらいの覚悟が必要ということ。すんなりクリアできると思っていたのはリク先生に対して失礼だった。先生だって様々な事情を抱えて生きてきたんだから。ゲームみたいにすんなりはいかないのだ。
(でもキエナ先生だって、最初は卒業までの一ヶ月でやれって言ってたよな。それくらいじゃ、全然ダメじゃんか、まったく……どうしたらいいんだよ。先生を好きなだけじゃダメなのかよ……何か回収必要なフラグ、ある?)
頭の中がグルグルして考えがまとまらない。悶々としながら歩いていると、自分の前に立ちはだかる一人の生徒がいた。
背の高くて目つきが悪いヤツ――清宮だ。
「何やってんだよ、おせーよ」
清宮はずっとそこで待っていたかのように、気怠そうに体を傾けている。
だが待っていたかと思いきや、急にきまり悪そうに目を泳がせ始めると「色々悪かったな」と言った。
「な、なんだよ急に気持ち悪いな」
「人が謝ってんのに、ずいぶんな言い方じゃねぇか」
そうか、清宮……もしかしたら恩田に何か言われたのかもしれない。だから謝ってきたのだ。
「別にお前が全部悪いわけじゃないだろ」
「……そうは言っても、なんだかんだとやっちまったのは俺だ。俺、卒業が近くなって思ったんだ。今まで迷惑行為だの馬鹿騒ぎだの、自分の好き勝手ばかりやってきたから。そろそろ嫌な思いをさせた親を喜ばしたいって……だからなんとか大学進学して、いい就職探してやろうと思って躍起になってた。だから周囲のこととか、色んなこと考えないでやってきた。悪事だろうがなんだろうが関係なかったんだ」
「……お前も大変だったんだな」
清宮は自分の親が大切だったんだ。兄――自分の子供を亡くして悲しんでいるだろう親。そして自分の素行でたくさん迷惑をかけただろう親を喜ばせたかった。それだけだ。清宮の優しさだったんだ、不器用すぎるけど。
ユウジは清宮を見上げ、ニッと口角を上げた。
「でもリク先生が言ってた。清宮の大学合格は恩田の推薦もあるけど、清宮自身も頑張ったことなんだってさ。だって面接とかは代わりにできないもんな」
そう、だから。これは無理やりに進めていた結果ではない。清宮自身の実力もあってこそ。
だからもういい、それぞれの私利私欲もあって色々起きていたけど。清宮と恩田のことは丸く収まったんだから。
「そういえば清宮、お前の兄貴って俺の名前と似てるんだって?」
何気なくそんな質問を口にしてみた。それは本当に何気なく、何も考えなしに出た質問だったのに。
清宮から返ってきたのは言葉を失う答えだった。
「あ? お前と? ……いや、全然違うけど、なんで」
なにそれ。ユウジは愕然とした。
なんでだよ、と聞きたいのはこっちの方だった。
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