第28話 対決

 いやはや、とんでもないことになった。この前のプレミアム購買のお祭り騒ぎに続き、またもや昼休みのグラウンドは生徒達であふれ、にぎやかになっている。

 今から一世一代のイベント……か、どうかは微妙だが、そんなものが始まる。イベントが大好きな栄高校の生徒達は何かが始まると内容がどうであれ、それに夢中になる傾向がある。客観的に見てる分には楽しめるがイベントに関わる当の本人にとっては騒がれて複雑な気持ちだろう。


(タカヤ、頑張れよ……)


 みんなが出て行って誰もいない教室。窓を開け放ちって窓枠に寄りかかり、ユウジは三階の窓からその光景を眺めていた。

 グラウンドの中心には二人の男が立っている。一人は教師。半袖のワイシャツからのぞく腕がたくましいのは筋肉ゴリマチョラーの異名を持つ恩田だ。

 そしてその前に立つのは制服のジャケットを脱ぎ、白いワイシャツの長い袖をまくった人物。背が高く、青い髪が特徴の人物は自分の親友タカヤだ。

 二人は向き合って何かをしゃべっているようだ。さすがにこの距離では会話は聞こえない。


(タカヤもこんなことになるなんて思わなかったろうな)


 親友の不運とも言うべきか、それとも宿命か。どちらにしろタカヤも決めたことだから文句は言うまい。けれど頑張ってほしい、愛する人を勝ち取るために。


「あ、ユウジいたいた~探したぞ」


 ふと聞き慣れた声がして、ユウジはビクッと肩をはずませる。自分を驚かせた人物はいつの間にか、すぐ横に来ていた。陽に照らされたまぶしい笑顔。それを見るだけで胸の中が温かくなり、心臓がはねる。


「なんだぁ、ユウジはこっから高みの見物か。応援、行ってやんなくていいのか」


「タカヤにはさっき言ったよ、一キロ走頑張れよって。でもタカヤ、運動が得意ってわけでもないんだよなぁ……まぁ、あきらめないでやればなんとかなるかもしれないし」


 リク先生はうんうん、とうなずく。


「そうだな、相手がどんなヤツだろうとあきらめない気持ちが肝心だ。しかしキエナを巡ってあそこまでするとはなぁ。あいつそんなに魅力的かな? ユウジもキエナみたいな感じがよかったりするのか」


「……へっ……?」


 突然なんてことを聞いてくるんだと思い、唖然としてしまった。心臓が口から出そうになったぞ、今のは。

 いやいや、これは何気ない会話だ、ただの会話だ、裏なんかない普通の会話だ。だから別に緊張するほどのことじゃない。サクッと答えろ、それぐらいの答えなんて。


「え、えーと……」


 でも緊張のせいか、すぐに返答ができない。リク先生はそれが気になったのか、こちらの反応を伺うように「ん?」と首をかしげていた。


「あ、いや、その……別に、キエナ先生は確かにきれいだと思うけど、別に俺はタカヤ達のような、そういう面では気にしてないかな、と」


 しどろもどろになってしまったが答えを聞いてリク先生は「そっかー」と言っただけで話は終わり、グラウンドに視線を向けていた。

 自分もグラウンドを見ながら早鐘が鳴る心臓を落ち着かせようと必死になった。


 ことの発端は昨日のこと、河川敷で恩田がキエナ先生を好きだという、まさかの大告白を聞いてしまった。だから仲の良いリク先生にずっと嫉妬をしていたのだと。

 けれどリク先生に取ってキエナ先生は……そこそこ深い関係はあったにせよ、親友という間柄だ。


『キエナ先生は私にとっては大切な友人ですから、そのような気持ちはありませんが。ちなみに彼には最近お付き合いを始めた相手が栄高校の中にいますけどね』


 リク先生は、なぜかその情報を漏らしていた、誰とまでは言わなかったが。

 恩田は『そうですか、わかりました』とだけ言うと、清宮とユウジにしてしまったことをもう一度謝ってから河川敷を離れていった。


 そこからは一度先生の家に戻り、のんびり朝ごはんを食べてから、自分は自宅に帰った。自分の家で過ごし、パソコンのゲームをつけっぱなしにしていたが。いつまでたってもマリアがゲームに入ってこなかった。

 忙しいのか、もしくは昨夜に話せなかったから怒って入ってこないのか。夜になっても話せないマリアに対して焦りを感じつつも夜は更けて、いつしか眠りについて。

 翌日の学校で、とんだ展開になっていた。


『今日の昼休みに恩田先生がタカヤと対決するらしいぞー!』


 教室にいたらそんな話が飛んできたもので、驚いて口の中のお茶を吹き出してしまった。恩田は誰に聞いたか知らないがキエナ先生と付き合っているのはタカヤだと知り、勝負を挑んだらしい。生徒間でタカヤ達二人の交際は話題になっていたから仕方ないとは思うが……。

 決闘とまではいかなくても。そんな感じで今、戦いが始まろうとしている。

 かわいそうだけど頑張れよと思いながら、リク先生と共にグラウンドを見守る。


 二人の男が陸上のスタートラインに立つ姿をキエナ先生はどんな顔をして見ているのか。多分、いつもみたいに微笑を浮かべているのかもしれない……というか、恩田が勝ったらどうすんだろう。

 周囲を野次馬の生徒達に囲まれる中、一キロ走がスタートした。

 二人の男が足元の砂を蹴ると土煙が舞い上がった。

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