第27話 恩田の真実

「恩田先生、あなたは清宮の担任です。ですから清宮がしでかしたことはあなたにはお伝えしておかなければならない。いえ、むしろもう知っているのではないですか。清宮が私の大切な生徒である、このユウジにしたことを。そしてそれはなぜであるかという理由を」


 隣に立つリク先生は、さっきまで一緒にクッションでゴロゴロしてゲームをしてはしゃいだ人物とは違った。今、隣に堂々と立っているのは自分の担任である一人の男。

 一方、リク先生の前に立つ恩田は唇を引き結び難しい表情でリク先生を見ていた。


「恩田先生。清宮の大学受験の合格は、あなたの推薦によるものが大きいですよね。清宮を信じていないわけじゃないですが、正直言うと清宮の素行では希望した大学にすんなりと受かるのは少し難しい。よほどの後押しがない限りは」


「……その証拠はあるのですか。あなたのおっしゃっていること。それは外れていれば名誉毀損にもなります。あなたはそれを覚悟でおっしゃっているのですか」


 恩田の問い詰める言葉にもリク先生は表情を変えず、微動だにしない。


「証拠ですか? 正直に言えば証拠なんてありません。でも私は、まだ経験は浅くても教師です。このユウジが教えてくれたこと、清宮の様子を見ていれば察しはつきます」


 ユウジは昨日のことを思い返す。清宮に酒をかけられ、リク先生に助けられたあとのことだ。清宮に恩田の話を振った時、清宮が微かに困惑した様子を見せたのだ。

 それらのこと、清宮の様子……それだけで先生は清宮に何か事情があることをすぐに察してくれた。

 それだけでわかるなんて、リク先生はさすが教師だと思う。いや清宮との付き合いが長いから、わかったことかもしれないけれど。


「外れていたら私のことを校長でも教育委員会でも言いつけて下さってかまいません。ただあっていたなら認めてください。恩田先生は清宮に大学推薦をするから代わりに何かを言いつけていたのでありませんか。例えばこのユウジに、何か悪事を働くようにとか」


 リク先生は臆さずに述べる。その様子に大丈夫だとは思いつつも少し不安になる。


(外れていたらどうすんだよ、リク先生。恩田にそんなことを言ったのが問題になったら 、リク先生が教師としていられなくなっちゃうんじゃないか……)


 先生がそうならないために自分も何かを恩田に言ってやりたい。だが決定的なことは自分にはわからないから。結局何も言えず、助け舟を出すことができない。

 もどかしくて下げていた拳を握りしめた時だった。リク先生はチラッとこちらを見ると、また笑った。安心しておけ、と伝えるような頼もしげな笑み。それを見たら余計に何も言えなくなった。

 リク先生は再び前を向く。


「恩田先生、私は本気です。なんでしたら今すぐに教頭や校長の前に出てもいい。私とあなたの勝負は、これで決着にしましょう」


 勝負という言葉を聞き、頭の中には今までの、この二人のことが思い浮かんだ。何かにつけてこの二人はよく戦い合っていた。この前行われたプレミアム購買での対決もそうだったが他にも体育祭とかマラソン大会とか。この二人が運動能力に秀でているということもあるのかもしれないが二人はいつも戦っていたのだ。


 そして必ずリク先生が勝っていた。その反対で負けた恩田は、いつも苦しそうにリク先生を見ていた。


「……申し訳ありませんでした」


 恩田は両手をまっすぐに太ももの横に置き、深々と頭を下げた。


「先生のおっしゃる通り、私は清宮の大学推薦を進める代わりに、清宮にあることを頼みました。それはあなたが目をかけている生徒を、

あなたが悲しむように陥れてほしいということでした」


 恩田先生は頭を下げながら続ける。


「教師としてとんでもないことをしました……私は、あなたにずっと負けていたのがくやしかった。あなたと共に学校に配属されてから一度も勝てたことがない。自分は体力、筋力には自信がある。絶対に負けないと思っていたのに、あなたにはどうやっても勝てない……それが、くやしくてたまりませんでした」


 未だに頭を下げる恩田先生を見て相当くやしかったんだということを感じた。確かに得意なことで一度も勝てないとなると、くやしいよな。


「恩田先生」


 今度はリク先生が口を開く。


「私はあなたに負けないようにするために、これでも必死だったんです。私も負けず嫌いで頑固ですから、あなたに絶対負けたくなかった。だからこそ勝てたんです。全力でやったのと、ちょっとの運で。あなたとは何度も戦ってきた。この数年間、すごく楽しかったです、私は」


 リク先生は、笑っていた。


「だからこそ、ライバルであるあなたにそんなことをしてほしくありませんでした。戦うなら正々堂々と戦いたいです、これからも。だから、あなたを咎めるつもりはありません。その代わりユウジに謝ってください。あと清宮にも。彼もまた自分の思いもあって、あなたに協力したんでしょうからね」


 頭を上げた恩田は一度目を閉じると、ユウジの方を向き、真っ直ぐに見てくる。そして先程と同じように深く頭を下げた。


「ユウジ、本当に申し訳ないことをした……申し訳ありませんでした」


 初めて大の大人に頭を下げられた。なんだか居心地が悪い。別にそんなに大惨事にはなってないから。だから「別にいいっすよ」と軽く答えると、リク先生はフフッと笑った。


「清宮にも明日、きちんと謝ります。そして……先生、私からも、あなたに一つ言いたいことがあります」


 恩田先生は頭を上げると、あらためてリク先生を真剣な目で見つめた。


「私は実はキエナ先生のことが好きなんです……! そういった面でもあなたに嫉妬心と敵意を向けていましたっ!」


 リク先生とユウジは顔を見合わせた。


「……えぇぇ⁉」


 朝の河川敷に甲高い声が二人分、響いてしまった。

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