第26話 幸せな朝
寝返りを打つと体のあちこちが錆びついたものでも動かしているようにギシギシと音がする。ゆっくり動かしてはみたがやはり痛みが走り、思わず「イタタ」とうなってユウジは目を開けた。
そこはいつも見る自室ではなかった。淡い水色のカーテンの向こうからは日の光がうっすらと差し込んでいる。
(……ここは、俺は、えっと)
自分は何をしていたのか。そばにあったやわらかいクッションにうつ伏せになり、それにしがみつきながら考える。
そうそう、自分は夜中までゲームしてたんだ。ジュースとお菓子を食べながらゲームをして、夜ご飯はリク先生のおごりでピザの出前を取ってもらって。そのあとはまたジュースを飲みながらゲームして。ひたすら、ひたすらゲームして。笑いながら対戦したり、冒険を進めたり、珍しく徹夜でゲームをしたんだ、すごく楽しかった。
(そしていつのまにか寝てしまったんだ……)
ここはリク先生の家だ、そう気づくと頭が覚醒した。
先生の姿を探すと、先生はすぐそこにいた。反対側を向いているから顔は見えないが自分と同じようにクッションを頭の下に敷いて床で寝ている。先生も寝落ちしてしまったんだろうか。
(フローリングで寝ると体、痛いぞ……大丈夫かな)
そう思いながら、その背中をジッと見つめる。
結局先生の家に泊まってしまった。先生とひたすら遊び尽くしてしまった、そうなればいいなぁと希望は持っていたんだけど、希望通りになってしまった。
(あーそうだ、叔母さんにメールしとこ)
傍らに置いてあったスマホを手に取り、叔母にメールを送った。泊まるかもしれないことは昨日のうちに伝えてあったから、そんなに心配はしていないだろう。
メールをしてから再びクッションに顔をうずめる。すると頭の中にまた別のことが思い浮かぶ。
(あぁ、そういえばマリアが話をしたいと言っていたんだよな)
それも昨日はしなかった。パソコンがないとできないから仕方がない。
(悪いマリア、今日帰ったら話を聞かせてくれ、悲しい話でないといいな……)
隣にいた先生が「う〜」とうなり、向きを変える。目を閉じた顔がこちらを向いた。見てるこっちが安らいでため息が出てしまうぐらいの、いい寝顔だ。
(先生、ホント童顔だよな、中身はたくましくて男らしいんだけど)
でも先生って寝返り打つ時は必ずうなるんだ、意外な発見。先生の新しい部分を見れて、ついニヤけてしまう。
そんな時、先生のまぶたがパッと開き、自分とバッチリ目が合ってしまう。
先生はクッションに頭を預けたまま笑っていた。
「……ごめんな、ユウジ。布団、敷いてやればよかったな。体大丈夫か?」
「あ、うん、大丈夫だ。たまに自分んちでもベッドじゃなくて床で寝落ちしてることあるし」
先生は「いててて」と体を動かした。
「そっか、ユウジは俺より若いもんなぁ。俺は体がギシギシするよ、いててて……あ、朝ご飯はパンでもいいか? 俺、朝はパン派なんだ」
先生の問いかけに「いいよ」と答える。その質問のやり取りが恋人っぽいなと思ってしまい、胸の中がめちゃくちゃギュッとして頭がポワッとした。
「あと、ユウジ」
先生は寝転がりながら言う。
「ご飯を食べたら、ちょっと行きたいところがある。お前にも付き合ってほしい。いい話じゃないと思うけど、スッキリさせないといけないことがあるから」
先生の意味深な言葉に「わかった」と言うしかなかった。
先生と一緒に向かったのは、まだ朝の空気が漂う近くの河川敷だった。川の周囲にはランニングする人、犬の散歩をする人、日曜日ということもあってのんびりとウォーキングをする人がちらほらといる。春の前の時期ということもあり、流れる風はまだ冷たい。みんな上着を着て思い思いに過ごしていた。
昨日の事件で酒臭くなった自分の上着は先生の家で洗濯をしてもらい、乾燥もしてもらったので今日はもう袖を通すことができている。おかげで寒い思いをしなくてすんだので「さすがだな先生」と感謝を伝えると。
先生は「だろ?」といつもの緑色のパーカーを着こなして笑っていた。
そんな感じで河川敷を訪れたリク先生は朝のランニングでもするのかと思いきや足早に歩き、河川敷の緑色の芝生の上で体操をしている一人の人物を指し示した。ジャージの上下を着たガタイのいい男の後ろ姿が見える。
「毎朝いつも体操してるんだ、休みでもな」
リク先生は男に近づく。男はこちらの気配を感じ取ったのか、こちらを振り向いた。
「おはようございます、恩田先生。お休みの日にお邪魔して申し訳ないです」
「おはようございます。いえ、とんでもないです」
朝から私に用ですか、と。恩田先生はリク先生が来るのがわかっていたみたいに落ち着いた口調で話す。
先生達、どうしたんだ、ちょっと嫌な感じだ。殺伐、険悪、そこまではいかないけれど、ピンと張り詰めた空気というやつ。自分がいてもいいのかな、と思いながら二人の様子を見ていると。
(あ……)
リク先生が不意に、こちらを見て笑った。だから大丈夫なんだと思って、リク先生の後ろで成り行きを見守ることにした。
「昨日の清宮の件で来ました。聞いてますよね、清宮から」
リク先生は笑みを消し、真顔で恩田先生と向き合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます