第25話 ユーちゃん

 ユウジは閉じていた目を開き、先生の方を見た。


(今の呼び方は、たまたまか? いや、でも……)


 ユウジの視線はゆっくりと動き、ガラステーブルの上にある閉じられたパソコンを捉える。きっと先生は仕事に使ったり、自分と同じく好きだというゲームに使ったりしているだろう。先生もオンラインゲームをやりこんでいるらしく、自分がやっているゲームのほぼ――いや、全てと言っていいほど、タイトルや内容を知っていた。


(先生のパソコン……先生のことがもっとわかったりする……?)


 好奇心が動いてしまい、先生が寄りかかる方とは反対の腕がパソコンの方に伸びる。しかしパソコンに触れようとしたところで「ダメだ」という理性が働き、自分の指は硬直したように止まる。


(人のものを勝手に見るなんて犯罪だ。パソコンだって携帯と同じだ。許可なしに調べるなんて、そんなことをしちゃダメだ)


 思い直してゆっくり手を下ろし、なんとも言い難い、重いため息を吐いた。興味と罪悪……今、自分の両肩に何かがあるとするなら、そんな名前の荷物だ。興味が強く働いていても勝手に人の中を調べるのはよくない、だからそんな気持ちは捨てなきゃ、けれど――。


(先生、今、ユーちゃんって言ったよな。それって、それってさ……)


 気になる。だが知りたいなら本人に直接聞いて見るべきだ。その方がスッキリする。知りたい欲求が先に立ったせいか、思わず口が動いて「リク先生」と呼んでしまった。

 するとリク先生が「ん〜?」と言いながら体を動かした。


「……あれ、ユウジか」


 自分がすぐ隣にいるのに気づき、リク先生は体を起こすと重たそうにまぶたを持ち上げた。そして苦笑いを浮かべた。


「あ~悪い悪い、先生寝ちゃったんだな」


 先生はそう言いながら「やっちゃったなぁ」と首を左右に倒してストレッチをした。


「お前のこと待ってたら、すごく眠くなっちゃって。酒の匂いでやられたんだと思う……はぁ、ダメだなぁ先生、酒だけは」


「別に大丈夫だって。先生の寝てる姿見てたら、なんか安心したし」


 考えもせず、自分の正直な感想を口走ってしまい、内心であせった。案の定、先生に「なんで?」と首を傾げられ、なんて答えようかと迷うハメになる。


「あ、え、いや……なんか気持ち良さそうだったから。見てるこっちもホッとするっていうか……あぁ、うん、そんな感じ」


 ごまかしてみたが、めちゃくちゃ恥ずかしくなってしまった。うっかりそこで視線を先生から外してしまったものだから。先生は自分が照れたのだと察したらしく。


「……へぇ〜?」


 言葉の語尾をわざと上げた。それがなんだか癪にさわり「なんだよ」と言い返したくなった。目を合わせられないから言わなかったけど。


「そっかぁ〜なんか恥ずかしいけど、ユウジもそうだったんだな」


 ……ユウジ“も”って、なんだ?


「実は――俺もさ、誰かが隣にいるなぁって、寝ててもどっかで感じてたみたいで。それに気づいたんだけど、そのまま安心して寝ちゃったんだよな。隣に誰かがいる感じがあったかくて、落ち着いて……すごく心地が良かった。今までそんなの味わったことなかったんだけど、すごく安心できた」


 ユウジは先生にバレないように、緊張をごまかしたくて深く息を吸った。途端に胸が痛んだ、緊張のせいだ。

 それは先生も同じことを思っていたということになる、自分と同じ境遇にあるせいか、考えや感じ方が一緒だということ。先生も隣に誰かがいないっていうのがさびしかったのかな、自分の過ごす時間に誰かにいてほしいと望んだりしていたのかな。


(俺でよければいつでも先生の隣にいてやるけど。いや俺がいてほしいと思っているんだけど……なんてな)


 急激に恥ずかしくなった。これ以上羞恥に襲われると、ついには変なことを口走ってしまいそうだ。だからとっさに、ついさっきの疑問を口にしてみた。


「せ、先生っ、あのさ、さっき寝言を言ってたんだけど……ユーちゃんって」


 リク先生は「へ?」と声を上げた後で「あ、それか」と小さく笑う。


「それは昔……付き合っていた恋人の名前だ。その人はもういないんだけど。俺その人のこと、そんなあだ名で呼んでたんだ。だから、つい名前が出ちゃったのかもな」


「あー、なるほど、そういうことか」


 ちょっと拍子抜けした答えだった。でもそれならいいか、とユウジは納得した。

(だってユーちゃんなんて俺のことを呼ぶのは、昔は両親もいたけど……今はマリアだけだし。まさか先生が、なんて一瞬思っちゃったよ……)


 けれどその“ユーちゃん”が清宮の兄のことを指したことでも自分と似たような点があるというのは嬉しいかもしれない。今度は自分が「ユーちゃん」って先生に呼んでもらえたら……そんな関係になれたら、嬉しいじゃん。

 あ、どうしよ。キエナ先生のゲームから、どんどん遠ざかってるかも。また作戦、考えておかないとな。


「さぁて目を覚まさないとな。ユウジ、気を取り直して遊ぶとするかぁ! 時間はまだまだあるしな!」


 先生は立ち上がると買ってきた飲み物とお菓子をテーブルにスタンバイし、テレビのスイッチを入れ、ゲーム機のコントローラーを二つ準備した。

 ドキドキ、ワクワクってやつだ。先生と好きなことをして過ごせる時間。


「……ユウジ、もし調子よかったら、徹ゲーとかしてっちゃうか?」


 それは願ったり叶ったりだ。

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