第20話 勝ったのは
またいいタイミングで、お邪魔スライムが降ってくる。のんきな顔をして、見る者をのほほんとさせてくれるはずなのに。先に自分の耳に届いていた言葉のせいで気持ちが軽くなることはなかった。
悲しい真実だった。先生も家族がいない。両親と兄弟、みんな。いなくなってしまったんだ。自分と同じ、か。そうだったんだ……。
「もちろんユウジのこともわかっている。生徒の情報は担任になった時に知らされるからな。ユウジも大変だったろうな」
先生は器用に、こちらに攻撃を加えながら言葉を続ける。
「先生も小さい頃からだった。一人の時間……一人で過ごす時間が長いように感じて夜がやたらと怖かったことがある。大人になってからはその気持ちも薄れてはいったけど、な」
その言葉を聞き、心の中で「先生、薄れたなんて嘘じゃん」と返す。
(だからキエナ先生とたまに一緒に夜を過ごしていたんだろ……?)
頑張ってお邪魔なスライムを消していき、色のついたスライムを積んでいく。話を聞きながらのその作業は脳内のあちこちで何かがはじけまくっているようで非常に難しい。
「でもユウジ、人生はさびしいことばかりじゃないから大丈夫だ。世の中を生きていると意外なことがあったりする。驚くことも嬉しいこともたくさんある。何かに夢中になったり、誰かに夢中になったり……そうやって毎日を楽しく過ごしていけばいいんだ。お前は怖がらずに進むべきだ、お前がやりたいように、全力に」
全力……全力。
ユウジは画面を見て手を動かしながら、その言葉をつぶやく。今気づいたが、なんとかお邪魔スライムがほとんど消せているじゃないか。
俺がやりたいように、俺が望むように、全力か……。
「じゃあ先生、俺も、言いたいことがある」
ユウジは画面を見ながら大きく息を吸った。
「俺のことをずっと支えてくれた人がいて、その人はネットだけでつながっている人なんだけど、もしかしたら、その人はもうすぐいなくなってしまうかもしれないんだ。俺、それを思うとすげぇさびしい。だってその人は俺のさびしさを、夜の時間をずっと一緒にいてくれた人だから」
ユウジのコントローラーを触る手に力がこもる。画面のスライムがだんだんと色とりどりにつながってきている。
「俺、どうしたらいいんだろう。その人に離れてほしくないって言えばいいのかな。それともその人はもう俺と離れたいんだと思って、俺は新しく俺のさびしさを埋めてくれそうな、何かを探せばいいのかな……」
たとえば、その何かは。自分がもっと一緒にいたいと思う人で。自分はその人にアタックしてみればいいのかな。一緒にいて俺のさびしさを受け止めてくれって言ってみればいいのかな。
情けない話かもしれない。もうすぐ高校卒業して大人になるのに、さびしいとか、一人は嫌だとか。そんなことを言うのは情けないかも。
でも自分は、ずっと誰かに支えられていた。
それがマリアだった。
けれどマリアがいなくなってしまったら自分は何もなくなってしまう。新しく何かが必要なのだ。自分の心を満たしてくれる、何かが。
「よし、いけるっ!」
ユウジは勢いよくボタン押した。
すると画面のスライムがつながり、パァンとはじけて消えていく。一つの組み合わせが動くと他の連なったスライムが上下に動いたりして他のスライムとくっつく。それがまた消える、それが繰り返される。
ポヨン、ポヨンと。ぶつかって跳ねる、軽快な音が何度も続いて聞こえる。そう、それはつまり攻撃がつながった。何度も何度もつながったのだ。
気づけば自分の画面にはスライムがいなくなった、全部消えた。
「いけたっ!」
すっきりした画面を見てユウジは叫ぶ。先生側のゲーム機から重々しい音が聞こえる。大量のお邪魔なスライムが降ってきた音だとすると、全部の画面が埋め尽くされたようなぐらいの重い音だ。
積んだスライムが順番に消えていく連鎖攻撃、おまけに受け皿にいたスライ厶全てを消したという特殊攻撃が加わり、とんでもない量のお邪魔スライムが先生の方にいったのだ。
先生が大きくため息をついていた。
それはつまり、俺の勝ち。
「うっしゃ、勝った!」
初めてこのゲームで勝てた。運がよかっただけだけど。この負けられないタイミングで勝てたことには神様が味方してくれたように感じる。
リク先生はくやしがっているのか、まだ何も言葉を発しない。画面の向こうでどんな表情を浮かべているのかわからないが、落ち込んでいるのだろうか。
でもリク先生は、言ったことを違えるような人じゃない。賭けは自分の勝ちだ。
だから一つ願いを言える。
ユウジはゲーム機の向こう側にいる先生に向かって言った。
「リク先生、俺。先生の家に行きたい。行って先生とゲームやりたいな」
そして……そして俺、先生に、アタックしてみてもいいかな。
そこまでは口にしなかったが。ユウジは胸の中で自分に問いかけ、自分でうなずいた。
生まれて初めてくらいに、こんなにも胸の高鳴りというものを感じた気がした。
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