第19話 ラストはパズル

「こら、ユウジっ。勝ちたいからって、そんなこと言うんじゃない……先生、びっくりして手が滑ったじゃないか」


 一勝を勝ち取ったことでガッツポーズをしていると。ゲーム機の向こう側にいたリク先生が立ち上がり、そんな抗議の声を上げた。困った顔をしていて少し頬が赤い気がするのは気のせいだろうか。


「あぁ、もうくやしいな……まぁ仕方ない! ユウジ、次行くぞ。次は先生の好きなゲームでやるからな」


 先生はそう言うと、そそくさと次のゲームへ移動してしまった。何やらあせっている様子を見て、もしかして機嫌を損ねてしまったかな、とユウジは首をかしげる。


 なんとか勝ちたいと思って、思わず口にしちゃったけど。でも本当は、あの言葉は先生に、ちょっと伝えてみたかった。どんな反応をするかなと思って……嫌だったかな、わかんねぇや。


 ユウジも立ち上がり、リク先生のあとを追う。そしてさっき言った言葉をもう一度、頭の中で思い返してみる。


(俺の好きな人はリク先生……)


 つい口にした言葉だが、その言葉が自分の中では妙にしっくりきている。ゲーセンに入る前にあった胸の中のモヤモヤしたものが上から柔らかいタオルをかけられて、ふんわりと丸められたみたいに今は落ち着いてしまっている。

 きっと自分の気持ちに整理がついたからだ。


(俺はリク先生のことが好きなのか)


 自分の胸の中で問う。この好きの意味はなんなのか。離れたくないと思うこの気持ちを、もっと深く深く、掘り下げた意味……。


 先生が次に向かったのはさっきと同じようにイスに座り、機械を挟んで対戦するゲームだった。


 画面を見てみると赤青黄緑の丸いスライムがつぶらな瞳でこちらを見ている。このスライム達を色別にくっつけて消去していくと、相手に透明なお邪魔スライムを送ることができる。先に画面がスライムで埋め尽くされた方が負け。対戦型パズルゲームというやつだ。


「最後にしては地味じゃない先生?」


「何言ってんだ、先生は数学教師だぞ。こういうゲームは得意なんだ、今度は負けないからな。ユウジはそっち」


 先生に促され、また先生とゲーム機を挟んで向かい合わせに座ると、画面上の目をぱちくりさせているスライムと目が合う。

 パズルかぁ、とユウジは肩をすくめた。


(パズルゲーム、実はちょっと苦手なんだよ。オンラインでも何回かマリアと対戦したけど一回も勝ったことがないし。頭を使うものは苦手だ……)


 けれどさっきは自分の得意ゲームで勝利したのだから。今度は先生が選んだゲームでなければ不公平というものだ。


(やるしかないぞ、先生というボスを倒すためには)


「いくぞ、ユウジ!」


 お金を投入し、先生の声を合図にゲームがスタートする。

 画面に映るのは最初はすっからかん状態のスライムの受け皿だ。その中に上から二個ずつ降ってくるスライムを器用に積み上げていかなければならない。何度も続けて消すことができるほど相手に与えるダメージも大きい。

 だから一種類ずつではなく、まとめて二種類以上は消していかないと勝つことは難しい、特にパズルゲームが得意だという相手には。


 何種類連鎖消しするには積み上げが重要だ、運もあるが完全な推測力が試される。それができる頭は自分にはない、自分は適当に積み上げていくしかない。


(かなり不利かも、くそ、もっとパズルゲームやっとけばよかったかな……)


 画面を埋め尽くされたら負けてしまう。埋め尽くさない程度にたまにスライムを四つ合わせて消していき、ちょっとずつ先生にお邪魔スライムを送って妨害していく。


 先生も負けていない。どれぐらい積んでいるのかはわからないが、ちょいちょい中程度の攻撃がきて、自分の受け皿に透明な目玉を持つヤツが増えていく。色つきスライムを積むスペースがだんだんとなくなってきた。様々な色がバラバラのせいで色を繋げることが難しくなってもきた、ヤバい状態。


(やばいやばい、先生の気をまた何かでそらさなきゃ。セコいけどこのままじゃ絶対に勝てない。セコいのも、悪知恵も作戦だと前にマリアも言っていたし)


 でも何を言えばいいだろう、何か聞いてみようか、また。普段聞かないようなことを。

 ユウジは考える。手はコントローラーを動かし、目は画面を見ているから、あまり深いことは考えられない。

 思いつきを口にしていく。


「せ、先生ってさ、兄弟とかいんの?!」


 言ったあとで、なんてつまらんことを聞いてるんだと思い、こっちの気が狂いそうになった。

 しかし先生からは。戸惑いを感じさせないが妙に勢いのある言葉が返ってきた。


「先生、兄弟はいないんだ。前はいた、今はもういないけどな」


 そこから先生が少しの間、言葉を止める。それでも無情にも。先生からの攻撃で自分の画面には、お邪魔なスライムがボヨンと上から降ってくる。


「ユウジ、先生もな、お前と同じなんだ」


 お邪魔なスライムの視線を見つめ返しながら先生の言葉に耳を傾ける。


「先生も両親がいない。兄弟含めてみんな、昔事故があって、亡くしてしまったんだ」

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