第18話 想いを口に

 次のゲームは自分からリクエストして格闘ゲームを選んだ。スティック型のコントローラーと四つあるボタンを使って操作する一般的な格ゲーだ。自分はこれが結構得意だったりする。

 ここで負けたら、この賭けは終わってしまう。だったら確実に勝てるゲームを選ばないとならない。


 二人でゲーム機の向かい合わせに着席し、キャラクターセレクトへ進む。ユウジはスタンダードなファイタータイプを選んだ。

 一方、リク先生が選んだのは外人の特殊部隊軍人。ガタイのいい筋肉マッチョのキャラだが……もしかして先生、自分の身長が実はコンプレックスで、そういう姿に憧れていたりするのかな。そう考えると、裏でほくそ笑んでしまった。


「よし、負けないからな、ユウジ」


 ゲーム機の向こう側にいるリク先生の姿は見えないが声ははっきりと聞こえる。ユウジも負けじと声を張り上げる。


「俺だって負けねぇよ、先生!」


 ボタンを押すとゲームが進み、画面表示と音声が『ファイト! 』と告げた。


「おりゃ、いくぞぉ、!」


 ボタンを連打し、攻撃を叩き込むと同時にスティックをガチャガチャと左右に倒し、攻撃を避けていく。尽きた方が負けとなる互いの体力ゲージが一進一退に減っていく。


「リク先生! ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ!」


 さっき自分がやられたように気をそらしてやろうと思い、先生に話しかけると。向こう側から「なんだっ!」という声が返ってきた。


「リク先生は、なんで先生になったんだ?」


 なんとなく思いついたこと言ってみた。自分が今、将来は何になりたいか、それを悩んでもいるから。

 その質問の答えが返ってきたのは、ほんの少し時間が経ってからだった。先生にしては珍しく、少し戸惑っているような、そんな感じがした。


「……先生の大切な人が、先生になりたかったからだ!」


 リク先生からは今の自分の姿は見えない……それはよかったかもしれない。

 なぜなら自分の表情は驚きに目が見開いてしまったからだ。


(それってもしかして、清宮の兄貴じゃ――)


 そう考えた途端、動揺してボタン操作を誤ってしまった。「あっ!」と声を上げた時には。リク先生が操る軍人キャラの必殺技が派手に画面で繰り出されていた。連続攻撃をくらった自分のキャラは完全にノックアウト。ファイターはむなしく、地に顔面から倒れている。


「あはは、油断したらダメだぞ、ユウジ!」


「く~! 次がまだあんだよ!」


 このゲームは三回戦ある。まだ一回負けただけだ。リク先生の答えについ動揺してしまった。だって、まさかそんな答えになるとは。

 次の試合に進み、次は油断すまいと決めた。

もう一度だと思って、ユウジはリク先生の動揺を誘う質問をする。


「それってさ、先生の恋人なのか⁉」


 聞いてはみたけど自分はわかっている。 ちょっとずるいよな、ごめんな先生。でも聞いてみたのは先生から直接答えを聞きたいから、というのもあるんだ。


「そうだ!」


 リク先生は言った。迷いなく、ためらいなく。その言い切った感じが少しだけ自分の胸を痛くさせたのは、言い切られたその相手がうらやましいな、と思ったからかもしれない。


「けど、その人はもういないから、な」


 リク先生がそう言った時、わずかな隙が生まれた。軍人キャラの防御ポーズがなくなったのだ。多分ボタンから手を離した――今だ!

 そこにすかさず、ユウジの操るファイターキャラが攻撃を繰り出す。急所を攻めた一撃が

相手の体力ゲージを一気に奪った。


「よっしゃー!」


 ユウジが声を上げると、ゲーム機の向こうから「やられた!」と、くやしげな声が上がる。先生に勝つにはこれぐらいの不意打ちがなければ、かなり難しい。ゲームしながらすごい質問してるよな、と思うけど。


 あと一回戦、これを勝てばゲーム対決はお互い一勝一敗となる、だから負けられない。


「いっくぞ!」


 この格闘ゲーム、最後の戦いが始まる。ユウジのキャラクターがグイグイと相手へ迫り、技とコンボを交互に繰り出していく。


 しかし先生の軍人キャラは軽やかにステップを踏んで攻撃を避ける。その度に聞こえる「ハッハー!」の笑い声がわずらわしい。

 なんとか先生の気をそらさないとな。

次は何を聞こうかと悩んでいると。リク先生の方から先に声が上がった。


「ユウジ! お前こそ好きな人とかいないのか?」


 現実からの予想外の攻撃に。ユウジはイスから転がり落ちそうになったが、スティックを握る手に力を入れて耐えた。このスティックは絶対離さないと心に決めてから、その問いに答えようとした。


「そ、そんなの! 好きな人なんて、そんなの、い、いな――」


 でも胸の中にある、この熱くて苦しい気持ちが、そうならば。好きな人と呼べる存在はいると決まってしまっているのだ。否定しようとしてもムダなことだ。


「……い、いなくはないけどな!」


「あはは、そっか! そうだよな! そういえばキエナ先生とタカヤは付き合うことになったんだってな? あいつ、学生に手を出すなんて大問題だぞ。まぁ、卒業が近いからバレなきゃいいとは思うけどな!」


 リク先生のその言葉に、ユウジは無意識に喉を鳴らした。バレなきゃいいって、そうなのか。じゃあ、自分と先生の関係もバレなきゃいいのか?

 もし、もし、俺がゲームをするだけじゃ足らないとか、もっと進展を望んでも、バレなきゃ大丈夫! と言ってくれるのか?


 卒業まであと少し、卒業したら。

 卒業してしまったら……もう先生とは会えないじゃん。先生とも遊べないじゃん。

 でもキエナ先生とタカヤは付き合ってるから。二人の関係は続いていくのか。


 じゃあ自分とリク先生が続くにはどうしたらいいんだ。このあせりはどうすれば。


(くそ、くそ……今は勝つしかないっつーの!)


 答えが浮かばない。先生と会えなくなるのはイヤだ、でもどうしたらいいのかわからない。    

 そんな自分の思いにイラ立ち、八つ当たりするようにボタンを連打していく。けれど正確に必殺技を打ち込んでいく。


 とりあえず叫んでみたくなった。先生の気を反らせ、びっくりするようなことを言ってみてやろう、と。自分の気持ちを言ってみろ、ぶつけろ、口にしてみろ。

 この想いの正体、自分でさらしてみろ。


「ちなみに、俺の好きな人はリク先生なんだぞ⁉」


 ファイターキャラの最大の必殺技が派手に決まった。防御をしていなかった軍人キャラが盛大に画面の外へ「オーマイガー!」と吹っ飛んでいく。

 画面には勝利を意味するWin!の文字が赤く輝いていた。

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