第16話 夜の恐怖
それを聞いた時、清宮と自分の接点をようやく見つけた気がした。自分も両親が死んだのは八年前、十歳の時だった。
二人は朝から仕事で「夕方には帰ってくるから」と言って出かけ、自分は学校があったから、いつも通りに学校へ行って遊んで帰って。家で宿題をやりながら両親の帰りを待っていた。
しかし夜の七時、八時となっても両親は帰ってこない。空腹でたまらなくて仕方なくカップ麺を一つ食べた。家の中がしんとしているのが嫌で、テレビの音量を上げた。暗いのが不安で全部の部屋の電気も点けた。
(どうしたんだろ)
寝る時間が差し迫り、さすがに大きな不安があった。叔母さんに電話してみようかなと思っていた時、家の電話が鳴った。出てみると相手は男で『警察です』と名乗った。
そこからは『坊や、大人の人に誰か連絡取れないかな』と言われ、叔母のことを教えた。叔母は色々やっていたのだろう、その時は叔父が迎えにきて『しばらくウチにおいで』となって。翌日に両親のことを聞いたんだ。
あれはショックだった、今でも思い出したくない、思い出さないようにしている。
……あ、どうしよう。自分の心が今、猛烈に寒くなっていく。
それは両親がいなくなった時に感じた、さびしさというやつだ。孤独で苦しいものだ。寒くて体が震えてくる。怖くて泣き出したくなる。
小さい頃、何度泣いただろう。昼間はまだ大丈夫。でも夜が、両親が帰らない時のことを思い出し、心が暗い泥沼にいるようで。いつも、いつも夜が嫌だった。
けれどそんな暗い気持ちを引き上げてくれたのは。自分にとってなんでも話せるマリアという存在。ネット環境という限定された空間だけの交流。でもそれが逆になんでも相談しやすかった。
マリアがいたから大丈夫だった、今まで、ずっと。もしマリアがいなくなってしまったらと思うと――俺、怖いよ……。
『大丈夫、ユーちゃんの側に、いつだっていてあげるから。よかったら一緒に旅に出ない? このゲームも楽しいし、他にもたくさんおもしろいのがあるから。一緒にやろうよ』
初めてマリアに会った時の会話。思い出すと胸の中がほわっと温かくなる。
あぁ、大丈夫、マリアがいるから……マリア、俺にはあんたが必要だよ……。
「清宮……リク先生がさ、笑っているのって。大切な人に、いつまでも笑っていてほしいって言われたから、らしいぞ」
いつかキエナ先生が教えてくれたことだ。リク先生が泣けない理由は大切な人に笑っていてほしいと言われたからだと。それがもしかしたら清宮の兄貴なのではないだろうか。
清宮はうなだれたまま、言葉を返す。
「だからって……だからってさ。あいつ、兄貴の命日には必ず墓に来んだよ。あいつ、墓参りしながらも笑ってるんだぜ? そんなの端から見たらさ……」
清宮の怒りもわからないではない。だけどリク先生だって、あの笑顔の裏で人知れず、悲しんでいるのかもしれない。恋人との約束があるからって、そう決めて。
「清宮、お前。リク先生のこと、ホントに気に食わねぇとか、ないのか?」
清宮に聞いてみた。今なら清宮は真実を語ってくれるような感じがしたから。
清宮は首を横に振った。
「そんなんじゃねぇ、確かにあいつがヘラヘラ笑ってばかりなのは癪に障る時もあるけど、そんなもんは大したことじゃねぇんだ、そんなものは……」
清宮のつぶやきは力なく消えていく。その様子は見ている方が苦しくなる。
……何かがあるんだな、清宮。お前に一体、他になんのわだかまりがあるっていうんだよ、俺はお前のことは助けてやりたいよ、だって似たような境遇なんだから。
だけど今の俺には、お前を止められないんだな――。
「……じゃあな」
去っていくその背中からは、先程までの威勢は感じられなかった。
せっかく訪れた週末だというのに。心は冷たいシャワーでも浴び続けているかのようになかなか熱くなってくれなかった。それでもせっかくの機会だ、出かけないわけにはいかないと自分に気合いを入れた。
待ち合わせは繁華街の、つい最近も遊んだゲームセンターの前。午前十時前という時間もあって通りを歩く人々はまだ本格的ではないが、これからだんだんと増えていくというところ。
約束の時間になるまでの間、ユウジは通りを行く人々を眺めていた。一つ気になることがある。ここは繁華街、ゲームセンターの前。いつしか恩田に布告された『ゲームセンター、繁華街への立ち入り禁止条例』はまだ時効にはなってないはずだ。
それなのに、なぜリク先生は待ち合わせと遊ぶ場所に、ここを選んだんだろう。気にしなかったのか、そんなわけはないよな。
そんなことを思いながらボーッとしていると通りの向こうから見慣れない姿が足早に駆け寄ってきた。今日もつば付きの帽子をかぶっていて、この間も着ていた緑色のマウンテンパーカー、下はベージュ色のチノパンツ。いかにも街に遊びに来ました、という活発そうな若者スタイルだ。
笑顔でやってきたリク先生に「先生の方が補導されそうだな」と言うと先生はフンと鼻を鳴らした。
「なんだ? それは先生が不良みたいということか?」
「違うよ、中学生が遊んでんのかと思われる」
先生いじりをすると、先生はいつもの通りに「うるさいなー」と笑っていた。その笑顔を見ていると胸の中に漂っていた気分の悪いものが、スッとどこかへ流れていくような気がした。ちょっとだけ気分が熱くなった、さすが先生だ。
今日はリク先生とゲーセンで遊んだ後は一緒に昼飯を食べる約束をしている。先生と長く過ごせるのだ、気持ちを切り替えなくては。
ゲーセンの中に入り、シューティングやレースなど大型ゲーム機が並ぶエリアに向かいながら、ユウジは声をかけた。
「リク先生、まだ恩田の戒厳令、引っ込んでないだろ。大丈夫なのかよ?」
「大丈夫だ、恩田先生が今日は部活の付き添いで遠方にいることはリサーチ済みだ、安心しろ」
はっきりと確証のある答えをリク先生は述べる。先生がそんなこと言っていいのかとも思うが、この先生ならそうだよな、という気もする。
とにかく今日はリク先生との時間を楽しまなきゃ損だ。ゲームして、たくさん話をしよう。
そういえば当初の目的であるキエナ先生のゲームのこと、最近ちょっと頭から抜けていた。それも念頭においておかなければならない。
それにリク先生には聞きたいことも色々あるから。
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